いつか乗りたい車は“アガリの1台”に? いやいや、一分一秒でも早めに手に入れた方がいい医学的理由
2020/10/23
急ぐ理由は人間側にもアリ
車というものに対して「完全に興味ゼロ。動けばいいです」ぐらいに考えている人は別として、多少なりとも前向きな興味をお持ちの人ならば、きっと「そのうちぜひ乗りたい車」の1台や2台はあるはず。
だが同時に「そのうち」をとっとと実現させず、延々と先延ばしにしている人の数も多いものと思われる。
もちろん、先延ばしにする理由や背景があるのはよくわかる。
単純に「今はちょっとお金がない」という場合もあるだろうし、「なんとなくきっかけ待ちなんです」ぐらいの人もいるはず。あるいは「将来、いわゆるアガリの車(最後に乗る車)として買おうと考えている」という人もいるかもしれない。
それらすべての理由はよく理解できるが、そうはいっても、もしかしたら我々は若干急いだ方がいいのかもしれない。
「いつか乗りたい」と思っている車が燃費イマイチなガソリン車であれば、そのうち法律や条例が変わって乗ることができなくなるかもしれず、免許返納の年齢だってどこかでボーダーラインが引かれる未来が来るかもしれない。
さらにいわゆる絶版名車であれば、中古車の相場がアホほど高騰してしまったり、そもそも流通が枯渇してしまう可能性もゼロではない。
だが……、急ぐべき理由はそういった外的要因だけでなく、実は我々人間の側にもあることにお気づきの人は、どれくらいいるだろうか。
手に入れても、運転を楽しめなくなる可能性がある
この問題について詳しく教えてくれたのは、鳥取大学医学部保健学科の浦上克哉教授。認知症および関連疾患研究のオーソリティである。
「認知」なんていう言葉を聞くと、「いやいやそれは60代後半の人の話で、今時、還暦の人だってバリバリの現役なんだから」なんて声が聞こえてきそうだ。
でもそもそも機能の低下は誰にでも訪れ、それが思ったより早いものだとしたら……。今後ぼんやり描いている未来のマイカー計画に大いに影響を与えそうだ。詳しく話を聞いた。
鳥取大学医学部
浦上克哉 教授
日本認知症予防学会を設立し初代の理事長を務める。認知症の研究を続けつつ、外来での診察や治療、ケアにあたっている。自身もけっこうな車好きで、現在の愛車は日産 フーガ。
インタビュアー
伊達軍曹
外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。
人間の身体機能や認知機能は「思ったより早く低下する可能性がある」という話を聞きましたが、実際はどうなんでしょうか?
もちろん個人差はありますので一概に線を引くことはできませんが、一般的にイメージされているよりも早いタイミングで、人間の各種機能が衰えてしまうこともあるというのは事実だといえるでしょう。
具体的には?
まず体力と筋力でいいますと、仮に全盛期の体力・筋力を100とするならば、60代では「約半分」となるのが一般的です。また視力に関しても、止まっている物を見る視力がさほど低下していない人であっても、動く物を見る視力すなわち動体視力は中年期以降、如実に低下します。
ううむ……。
あとは、これまた一般論として「反応時間」も遅くなりますし、それに加えて「注意力」も衰えるのが普通です。高齢者の方が交通事故を起こした際に「反応時間の遅れ」についてよく言われますが、実際はそれに加えて危険を危険だと察知する力、つまりは注意力も年齢とともに低下しますので、俗に言うダブルパンチでリスクが増していくわけです。
それらに加えて「若年性認知症」というのも気になるところですが……?
そうですね、研究によれば「50代の約15%は認知症予備群」と考えられています。
ゲゲッ! 私は今52歳で、最近、以前は絶対にやらかすことがなかった「ウインカーの出し忘れ」を100回に1回ぐらいはやっちゃうのですが、これって認知症予備群ってことなんですかね? ここのところ「物忘れ」もちょっとひどくなってますし……。
前提としてですが、「認知症予備群」と「単なる老化による物忘れ」は違います。それを見分けるのはなかなか難しいのですが、まず認識していただきたいのは、「年を取ると必ず認知症になるわけではない」ということ。そして「物忘れ等は年齢とともに必ず増えていくものである」ということです。そのうえで、まぁ記者さんの場合はおそらく「単純な老化による物忘れ」の一種ではないかと思われますが。
ううむ、そうだといいんですが。その他、中年以上の人は私を含め、長距離を運転すると妙に疲れてしまう人が多いと思うのですが、これってそもそも何が原因なんでしょうか?
これまた個人差が大きい話ですが、一般論として、前述のとおり体力と筋力は年齢とともに衰えます。また動体視力や注意力も低下します。そのように、運転に必要な各種の機能が落ちている状態で安全な運行をしようとすると、どうしても気を使う、若い頃と同じ距離を走るにしても「使う労力が増える」ということになりますので、必然的に疲労度も増す――ということですね。
年を取ってくると、若い頃なら普通に楽しめた車を楽しめなくなる……ってことが結構ありそうなんですね。涙です。認知症予備群の件についてもぶっちゃけ心配ですし。本当に欲しい車、乗りたい車があるなら「できるだけ早めに買っとけ!」ということなんですね……。
まぁ年を取ると「新しいモノの操作に慣れるまでに時間がかかる」ということもありますので、そう言えなくもないでしょう。
ふむう……。
また車の運転、特に「自分が本当に好きな車を買い、それを運転する」という行為は、認知症の予防にはある程度効果的だと考えられますので、そういった意味でも「好きな車を買う」というのはオススメできる行動ですね。
そ、そうなんですか!
はい。もちろん、認知症の予防というのは「これさえやっておけば絶対に大丈夫!」というような話ではありません。しかし、研究によれば「運動」と「知的活動」「コミュニケーション」を行うことが非常に重要であることはわかっています。
運動と知的活動とコミュニケーション……。それぞれ具体的にはどんなことをすればいいんですか?
まず「運動」。これは有酸素運動や筋トレ、ストレッチなどですよね。そして「知的活動」というのは、要するに「頭を使って指先を動かすこと」のすべてが該当します。記者さんが今、話の要点をノートにペンでメモしているのも「知的活動」ですし、ゲームや縫い物なども知的活動に該当します。
そしてコミュニケーションというのは、文字どおり……?
字義どおりのコミュニケーションですね。いろいろな人とおしゃべりをしたり、関係を持ったり。特に「役割」や「生きがい」を持つことは認知症の予防にはとても効果的で、逆に社会的に孤立している人は認知症になりやすいことがわかっています。
となると「車の運転」って本当に効果的っぽいですね?
そうですね。「運動」という面ではやや足りないかもしれませんが、まあ両手両足を動かす行為ではありますし、「頭を使って指先を動かす」という知的活動であることは間違いありません。そして「コミュニケーション」ですが、好きな車を通じて同好の士とやりとりをすることも多いでしょうし、車好きであれば、自分が買った車ないしは買おうと思っている車が「生きがい」になることだってあるはずです。
認知症予防にバッチリじゃないですか!
そうなんですよ(笑)。車の運転には、認知症予防につながる要素がいっぱいあるんです。また人間は生きがいを持って知的活動を行えば、BDNF(brain-derived neurotrophic factor)という神経栄養因子が弱った神経細胞を活性化してくれますし、憧れの車を我が物として「嬉しい!」という歓びを感じることができれば、エンドルフィンという物質が脳内に発生し、これまた神経細胞を活性化してくれます。
買って乗ってるだけでもろもろ予防できるなんて、車、いいことずくめですね!
もちろんそれだけで済むという単純な話ではないのですが、「良い影響が考えられる」と言うことはできるでしょう。一般的には65歳以降に発症する老年期認知症が圧倒的に多いわけですが、最近の研究によれば、認知症というのは明確に発症する前に、10年から20年、あるいは30年ぐらいかけてゆっくり進行するとされています。
そうなんですか?
はい。そういった意味で40代ぐらいから予防に努めるのは決して早すぎる話ではありませんし、もしも車がお好きな人であるならば、「好きな車、憧れの車の購入と運転を予防の一助とする」というのは理にかなっています。
自動車メディアの人間として心強いです!
睡眠を十分に取り、よく噛んで食べて、歯をしっかり磨き、やるべき日課と生きがいを持ちながら、人とコミュニケーションを取りつつ生活する――等の基本はもちろん大切にしたうえで、お好きな車に乗ってみてください。「出不精になる」というのも認知症にとっては非常によろしくないのですが、好きな車、憧れていた車であれば「出かけてみよう、走ってみよう」という気分になれますよね? そういった意味でも、「好きな車を所有する」というのはオススメなんです。
せっかく念願のモデルを手に入れても、その運転を楽しめないというのはあまりに悲しい。
逆に早く手に入れることで、認知症リスクの低下の一助にもなるなら、「いつかは乗ってみたかった1台」を、繰り上げて手に入れるプランに早々にシフトすべきかもしれない。
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