車は単なる移動の道具ではなく、大切な人たちとの時間や自分の可能性を広げ、人生をより豊かにしてくれるもの。車の数だけ、車を囲むオーナーのドラマも存在する。この連載では、そんなオーナーたちが過ごす愛車との時間をご紹介。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

▲ブルーバードのデザインも走りも個性も、すべてが気に入っています、とオーナーの永田尚之さん ▲ブルーバードのデザインも走りも個性も、すべてが気に入っています、とオーナーの永田尚之さん

48歳のブルーバードから降りてきた25歳の青年

取材場所で待っていると、やがて姿よりも先に音が近づいてきた。

それは昭和生まれにとっては懐かしい、久しぶりに聞く野太い排気音だった。エグゾーストノートなんて気取った言い方は似合わない、もっと無骨で、まさに昭和の音だ。

日産(ダットサン)ブルーバードSSSクーペ。1971年というより、あえて昭和46年式と記したくなる国産旧車ファン垂涎の510(ゴーイチマル)である。

まず驚いたのは、車としての程度の良さ。

外装内装、エンジンルームの中に至るまで、とても半世紀近くも前の車とは思えない。もちろん機関も完調である。

そして、さらに驚かされたのは、その「ザ・昭和」のような車から颯爽と降り立ったのが25歳のスマートな若者だったこと。

永田尚之さん。生まれは、平成5年!

▲今どきの車のエンジンルームには手の出しようがないからつまらない。これから少しずつ手を入れていく予定だという ▲今どきの車のエンジンルームには手の出しようがないからつまらない。これから少しずつ手を入れていく予定だという

エージシューターならぬ、エージドライバー

ずいぶん渋いチョイスですね、と誰もが最初にそう言うに違いない言葉をかける。

「車好きが集まる休日の大黒PAでも注目の的です。渋いというより、僕にとってはいちばん楽しい車を選んだ結果なんですけどね」

それにしても、なぜゴーイチマルだったのだろうか。

「他の人とかぶるのが嫌だったんです。直線的で美しいボディラインに、L型エンジン……。数年前、雑誌で見つけたゴーイチマルにひと目ぼれしました」

車を見ながら話す永田さんはとても楽しそうだ。

愛車への想いがひしひしと伝わってくる。

確かにこの1971年式のブルーバードは、同じ旧車でも中古車市場でプレミアがつく箱スカやZよりさらに少ない。

他人とかぶるのが嫌といえども、25歳の青年としてはかなり思い切った選択だと思う。

ゴルフで18ホールを自分の年齢以下の打数でホールアウトした人を「エージシューター」と呼ぶが、自分の年齢よりも古い車に乗る永田さんは、さしずめ「エージドライバー」か。

達成するのは、どちらもなかなか難しい。
 

▲芸術品のように美しいキャブ仕様のエンジン。ボディはドンガラ状態からフルレストアが施されている ▲芸術品のように美しいキャブ仕様のエンジン。ボディはドンガラ状態からフルレストアが施されている

高価だけど、高い買い物ではなかった

永田さんは車の運転が大好きで、以前は日産 スカイライン(R32型 タイプM)でサーキットを走ったりもしていた。

しかし、インジェクションではないキャブレター車だったらもっと運転が楽しいだろうなと思い始めた。

そして「カッコよくて、しかも誰ともかぶらない車はないか」と探した結果、510型のブルーバードを知った。

とはいえ、50年前の車だ。

まずは車がきちんと走ってくれないことには、運転を楽しむどころではない。不安はなかったのだろうか?

「台数はすごく少ないですけど、カーセンサーを見続けてるとなんとなく相場観みたいなのがわかってくるんですよね」

物件を見つけては検討したり思いとどまったりをしているとき、旧車好きな人たちのネットワークを通じてフルレストアされたこの車に出会った。

「それなりの値段はしましたけど、即決でした。ここまで程度のいいものはもうないだろうと思って」

その「それなりの値段」を出せば、国産・輸入車を問わずかなり高年式で希少な車も手に入れることだってできる。

「最近の車にも、輸入車にも興味はないんです。昭和の日本のモノづくりのクオリティって素晴らしいと思うんですよね。そんな時代の車を満喫できるってすごくラッキー。だから高い買い物じゃないのかなって思います」

普段は機械部品を鋳造する仕事をしている永田さん。

年月がたっても価値をもち続けるモノに対しての敬意を感じた。

▲昭和の匂いが漂う無骨なインテリア。ミッションは箱スカの5速に換装されている ▲昭和の匂いが漂う無骨なインテリア。ミッションは箱スカの5速に換装されている
▲天井の内張までもきちんとレストアされている。細部の仕上げが旧車の味わいを深めてくれる ▲天井の内張までもきちんとレストアされている。細部の仕上げが旧車の味わいを深めてくれる

価値の基準は自分で決める

奇抜なデザインも過剰な装備もいらない。ましてや自動運転なんてまったく興味がない。

クラッチとマニュアルシフトを操りながら、誰も乗っていない車を自在に走らせているときがたまらなく楽しい。

多くの情報が氾濫し、そして驚くような早さで過ぎ去っていく今だからこそ、流されることなく価値の基準は自分で決める。

そして、自分が楽しいと思えるモノやコトを大切にしている永田さん。

もしかして、昭和の時代に生まれたかったですか?

「昭和40年代には憧れます。でも、まわりにゴーイチマルがたくさん走っていたら、きっとつまらないでしょうね」

「だから、令和の「時代に期待することにします」

きっと彼らがモノの作り手の中心になれば、便利さを追求するだけでなく、ココロをわくわくさせてくれるモノが増えていくことだろう。

▲意外にも前のスカイラインよりは彼女のウケがいいらしい。理由は「固いバケットシートじゃないから」 ▲意外にも前のスカイラインよりは彼女のウケがいいらしい。理由は「固いバケットシートじゃないから」

どんなクルマと、どんな時間を?

焦らず、良い個体との出会いを待つ

ダットサン(DATSUN)は、1980年頃まで使われていた日産のブランド名(2013年から新興国向けブランドとして復活)。ダットサン・ブルーバードは1959年に初代310型が発売され、永田さんの510型は1969年登場の3代目となる。

スーパーソニックラインと称された流れるようなスタイルに、L型エンジンを積んだSSS(スーパー・スポーツ・セダン)は特に若者に人気を集めた。ラリーカーとしても実力を発揮し、ブルーバード510型は初代フェアレディZとともに北米市場における日産(ダットサン)躍進の礎となった。

希少車選びの常だが、見た目だけで判断しないこと。こだわり続ければ、必ず出会いはやってくる。
 

▲直線的でありながら流れるようなスーパーソニックライン。三角窓がないのも当時は斬新だった ▲直線的でありながら流れるようなスーパーソニックライン。三角窓がないのも当時は斬新だった
▲進行方向に光が流れるウインカーが最高なんです、と永田さん。機能の進化を競うだけではなく、車好きが運転を楽しめる車を作り続けてほしい。絶対、マニュアルシフトで!と笑った ▲進行方向に光が流れるウインカーが最高なんです、と永田さん。機能の進化を競うだけではなく、車好きが運転を楽しめる車を作り続けてほしい。絶対、マニュアルシフトで! と笑った
text/夢野忠則
photo/阿部昌也