■これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
大人が選ぶスポーツカー。二度と出ないであろう4気筒を積んだエントリーモデル
——さて、今回の「名車への道」なんですけど、最近では2000年代に入ってからの車が多かったんですが、まだまだビンテージと呼ばれる年代にも「名車予備軍」が存在すると思うんですよね。
松本 もちろん、そうだろうね。多少流通しているモデルだと、なおいいよね。そう考えるとやっぱりポルシェなんじゃないかなぁ。できれば1990年代までのモデルを紹介したいよね。
——なぜですか?
松本 この年代のポルシェが凄いのは、業績が悪化するまで、黎明期からの哲学をずっと貫いて作っていたことなんだよ。
—— 販売が不調でもこだわって作っていたと?
松本 そうだね。だからこそ価値があるんじゃないのかな。明らかに空冷時代と水冷時代では本質的な質感が違うんだよ。
——ということは、今回松本さんに車を選んでもらいましたが、空冷時代のポルシェということですか?
松本 古いポルシェだと、すでに全モデルが名車みたいに思いがちだけど、まだ「名車予備軍」として紹介したいモデルがあるんだよ。
——なんとなく分かってきました。
松本 やっぱり?僕は356とナローに長く乗っていたんだけど、歴史的なポルシェとしてこの2台の絶対的な違いって、空冷4気筒からポルシェ専用の6気筒ユニットになった点だと思うんだよね。
——ふむふむ。確かにそうですね。
松本 でも、6気筒にしたことで911の販売価格は356よりも大きく上昇してしまったんだ。確かに356よりもさらに特化したユーザーを対象に911(開発当初の車名は901)を販売しようとしていたんだけど、顧客があってこそのスポーツカーだから、356で築いた実績、つかんだお客さんもなくしたくはなかった。そこで、356と911の差を上手に埋めるモデルを作ることにしたんだ。
——なるほど。それが今回のモデルですね。
松本 もう分かったでしょ? それが今回の912なんだよ。
——良いと思いますね。ナローが高騰して、脚光を浴びてきてると言われてますしね。
松本 そうだね。価値を分かってくれる人が多くなったのは良いことだよ。ただ、912もどんどん手の届く金額ではなくなってきているよね。
——でも、まだ911に比べれば……。
松本 まあそうなんだけど、昔の価格を知っているだけにねぇ……。
——あ、こちらが今月の車ですね。めちゃくちゃキレイじゃないですか!やっぱりカッコイイなぁ。
松本 この車の良さって「本当はナローの911が欲しいけど、デザインが一緒の912でもいいや」とか、そんなことではないんだよね。
——分かる気がします。ちゃんと良さを知って買えば、それだけの価値があるってことですよね?……。
松本 そういうこと。
——じゃあ基本的なことから教えてください!
松本 まず、911ボディの4気筒モデルを912と言って、開発コードは902として進めていたそうなんだ。
——911の開発コードがたしか901ですよね?
松本 そう。それで最初は911で使っていた水平対向6気筒エンジンをベースにした4気筒モデルを試作していたんだ。でも、最終的には356SCで使われていたタイプ616ユニットを改良した616/36というエンジンが採用されたんだよ。
——じゃあ完全に911系とはエンジンが違うわけですね。
松本 そうだね。356SCのスーパー95をベースにしているんだけど、このエンジンの95馬力仕様はかなりパワーがあって、911のボディだとちょっとピーキーすぎたんだ。そこで快適性を重視して性能を少しデチューンさせてるんだよ。
——デチューンってどうやってやってるんですか?
松本 まあ専門的に言うと、圧縮比を9.5から9.3に落として、新しいソレックスのキャブレターに変更したんだよ。これで数百回転低いところで最大トルクが発揮されるようになって、ものすごく運転しやすくなったんだ。
——なるほど。ただエンジンをポンって流用したわけじゃないんですね……。
松本 当たり前じゃない、ポルシェだよ?ちゃんと912のキャラクターに合った専用のパーツを使ってのチューニングが施されてるんだ。ちなみに、最高出力はSCのスーパーナインティファイブより5馬力デチューンした90馬力だね。
——この軽いボディなら確かに十分な数字に感じますね。
松本 ちょっと話は変わるけど、912って数字は917のレーシングエンジンにも使われているんだ。4.5Lの12気筒ユニットで、映画『栄光のル・マン』に登場したポルシェのエンジンね。だから912っていうとそっちを思い描く人も多いんだよ。
——そういえば、前に松本さん912の変な仕様を見たとか言ってませんでした?
松本 そうそう、よく覚えてるね。ボクは昔、912のパトカーを見たことがあるんだよ。1971年頃かな?
——本当ですか?
松本 今の人が聞いたら「え?1.6Lのポルシェがパトカー?」って思うかもしれないけど、けっこうパンチがあって当時の国産車より速いんじゃないかな?国産車はエンジンがちゃんと回らないと速くないけど、616/36ユニットはピックアップが良くて加速が良いからね。パトカーで使えるほどの十分な性能だったんだよ。当時、カメラを持っていればねぇ。
——それって見間違えってことはないんですか?
松本 ないよ(笑)。だってその後、どこかのイベントで見かけたもの。メーターは後期型が付いていたから67年以降のモデルだと思うんだよね。簡素だけど逆にスパルタンでいい内装だったよ。ちなみに、911も912もこの当時のシートはレカロ製ね。
——ビンテージカーになっちゃった911に気を使って乗るより、912を気軽に楽しく乗る。いい考えですよね?
松本 本当にそのとおりだね。いずれにしても、ポルシェはブランドとしてのポジションを確立したわけだから、911のエントリーモデルなんてもう作らないでしょう。912は肩で風切っていないポルシェって感じがするし、「物を知った人が選ぶ大人のスポーツカー」っていう感じがして、個人的には好きなんだけどなぁ。
ポルシェ 912
356より高価になってしまった911の廉価版として、1965年に登場。スタイルやメカニズムは911と同一ながら、エンジンを356SCと同じ1.6L水平対向4気筒に変更している。エンジンは最高出力を95psから90psへと変更するなど、安定性を高めるためデチューンされた。
※カーセンサーEDGE 2021年10月号(2021年8月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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