マセラティのCEOがフェラーリへの納車を“わざわざ”SNSにポストした意味とは?【スーパーカーにまつわる不思議を考える】
カテゴリー: マセラティのニュース
タグ: アルファ ロメオ / フェラーリ / マセラティ / EDGEが効いている / マセラティのニュース / 越湖信一
2025/06/20

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それゆえに車好きにとって興味深いエピソードが生まれやすい。
しかし、あまりにも価格がスーパーなため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。今回は、かつて「うまくだまされた」取材経験から、CEOが“わざわざ”ポストしたメッセージが示唆するマセラティの今後を考察する。
友好関係をアピール、その先には“大事件”がある?
「本日、私は光栄にも、マセラティのモーターバレーにおける隣人であるフェラーリのマラネッロ本社に招待され、マセラティとアルファ ロメオをフェラーリの経営陣に向けた、まとまった台数の納車をおこなった。これは初めてのことで……」
先日、マセラティとアルファ ロメオのCEOであるサント・フィチーリ氏によって、このようなメッセージが“わざわざ”本人のアカウントからポストされているのを発見した。
これは業界でもそれなりのニュースとなった。もっとも、「フェラーリは顧客に夢を与えなければならない」という家訓から、(公式には)フツウの従業員がフェラーリを所有するのは禁止されている。
だから、従業員はカンパニーカーとしてマセラティやアルファ ロメオなどステランティス・グループ各社の車が与えられ、その車をマラネッロに乗り付けることは当たり前のことでもあった。しかし、その場合でも単にリース会社から車のキーが従業員に手渡されるだけで、“わざわざ”マセラティのCEOがマラネッロに納車した、ということを“わざわざ”ポストするというのは極めて不自然である。
それゆえ、マセラティとフェラーリの蜜月期到来も近い! というような臆測が流れるワケである。少なくとも、このポストは「両社の関係性は密なもので、良好な関係にある」ということをアピールするためになされたことは間違いあるまい。それをして、マセラティがフェラーリ傘下へと移籍するという大事件の前兆とまで言うのは考えすぎかもしれないが、続いて何らかのアクションが待ち構えている可能性はあるのではないかと筆者は想像するのだ。

移管を隠すための“新工場建設”アナウンス
その件で、筆者が出くわした「うまくだまされたな」と感じた一件のことも思い出した。
2024年、マセラティからフォーリセリエ(オーダーメイドもしくはカスタマイズ)・ビジネス効率化のため、モデナ工場内に新たなペイント工場を建設するという発表があった。そこで、2025年4月、筆者はまもなく完成すると説明された建設中の現場を取材に行ったのだ。
ところが、それから1ヵ月後にある事実が判明した。そのペイント工場建設は(フォーリセリエ・ビジネス効率化のためというよりも)ミラフィオーリ工場にあるグラントゥーリズモ&グランカブリオのアッセンブルをモデナ工場へと移管するための作業のひとつであったようなのだ。工場移管の正式発表前に、ジャーナリストへそんなことを話すワケにいかない担当者の立場はよくわかる。そんな微妙な時期に工場の統廃合がリークされたなら大きな労働争議になる恐れすらあるからだ。果たして、本当に取材時に工場移転が決まっていたのかどうかはわからないが……。
何を言いたかったかというと、冒頭の不思議なコメントは、次に何が起きるかを示唆するものとして十分に重要なモノであるに違いないということだ。マセラティにとっては、厳しい経営判断を求められる、まさに正念場にある。


ところで、このフォーリセリエ向けとされたペイント工場だが、新設ではなく増設である。実はモデナ工場内には、すでにペイント工場は設けられている。モデナ工場で生産されているMC20やGT2ストラダーレなどのために2019年に建設されたものであるから、そんな古いものではないし、ロボットによる最新のシステムでもある。
たしかに、これまで特別なペイントをセレクトしようものなら、ライバルブランドと比較して、納期も長ければコストにも割高感があった。それを解消するためという説明ではあったのだが、筆者は正直なところ、3つに分散したマセラティの製造工場からフォーリセリエ・モデルのペイントのためだけにモデナ工場までホワイトボディを運び、ペイント後にまた送り返すという工程が、効率化につながるのか? という疑問があったのだが、その裏には工場移転という伏線があったというわけだ。
マセラティにとってミラフィオーリ工場のラインをモデナに移すのは現在の販売規模を鑑みれば、正しい判断かもしれない。マセラティの生産拠点がモデナ工場のみであった時点での生産ピークは2008年で年間8586台であった。クアトロポルテⅤやグラントゥーリズモが好調だった時期である。アッセンブル作業も当時からみれば効率化されているから、2008年以上の生産台数をモデナ工場で確保することは可能であろう。これに加えて、現在、マセラティの売り上げを支えているグレカーレを生産するカッシーノ工場の生産キャパシティを加えれば十分ではないかと思うのだ。
それにつけても、2013年にセットアップされたトリノのグルリアスコ工場はすでに捨て去られたし、2016年に改修され、つい先ごろグラントゥーリズモ&グランカブリオ向けのラインが完成したばかりのミラフィオーリ工場も同様にスクラップにされる。多額の投資を行った2つのファクトリーが、ごく短期間でスクラップにされてしまうのはあまりに寂しいしもったいない。
タヴァレスの後任として、先日、イタリアFCAサイドの人物であるアントニオ・フィロサがステランティスのCEOに就任した。何よりマセラティに対して、将来を見据え、地に足を着けたマネージメントを切望する。


自動車ジャーナリスト
越湖信一
年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。