▲やや精度には欠けたかもしれないが、独特な魅力があった往年のフランス車。写真はプジョー 405ブレーク ▲やや精度には欠けたかもしれないが、独特な魅力があった往年のフランス車。写真はプジョー 405ブレーク

「圧倒的な歌唱力」の圧倒的なつまらなさ

過日、ラジオ番組内で某シンガーが小沢健二の「いちょう並木のセレナーデ」を歌っていた。元フリッパーズ・ギターのギタリストにして現在はシンガー・ソングライターである小沢氏が94年に発表したアルバム「LIFE」に収録されたバラードというか、文字どおりセレナーデ(恋人や女性を称えるために演奏される楽曲。小夜曲)である。仕事に集中しつつ聴いていたため、何というシンガーがなぜカバーしていたのか、そのあたりの事情はわからなかったが、結論としてあまり魅力的ではなかった。

いや、そのシンガーが下手だったわけではない(※ちなみにいえばそのシンガーはハナレグミではない)。むしろかなり上手だった。歌唱力だけでいえば小沢健二氏の10倍ぐらいは上だろう。音程はドンピシャ。声質も、94年当時の小沢氏の細くあやうい声とはまったく違う、骨太な素晴らしいものだった。そのシンガー氏は、その気になればボーカル教室の先生になれるだろう。そしてたぶん、94年当時の小沢氏はなれない。

▲オレンジ色のCDが、同曲が収録されていた「LIFE」。小沢健二氏のその他音源とともに筆者撮影 ▲オレンジ色のCDが、同曲が収録されていた「LIFE」。小沢健二氏のその他音源とともに筆者撮影

しかし筆者にとっては、ある意味上手ではない小沢氏が歌う「いちょう並木のセレナーデ」の方が500倍ぐらい魅力的に聴こえるのだ。いや「筆者にとっては」ではない。なにせ「LIFE」は78万枚も売れたアルバムだ。78万人全員ではないにせよ、かなり多くの人があれを「イイ!」と感じたのだ。

このことからわかるのは、歌は、音程がドンピシャだからといって人の心を打つわけではないし、教科書的な発声ができれば自動的に感動するものでもない、ということだ。

では何が人を感動させるのかといえば、もともとの楽曲や歌詞、演奏のレベルが高いのは大前提として、「ゆらぎ」「あやうさ」のようなものの有無なのではないかと考えている。

例えば初期のザ・ビートルズだ。あれもリバプール出身の若者が、非常に上手だが、同時にやや荒削りな演奏と歌唱をしたからこそ世界中の人々に響いたのであって、王立音楽大学出身のプロ演奏家が同じ曲を超絶ドンピシャに演奏および歌唱したところで「ああ、いい曲ですね」で終わっていたはずだ。

また本邦でいえば荒井由実(現・松任谷由実)氏の名曲「卒業写真」も、常に微妙にフラットするユーミンの声だからこそ人の心に引っかかり、そして心と歴史に残ったのだ。とある女性歌手があの曲をカバーするのを聴いたことがある。上手だが、正直つまらなかった。その後あのカバー曲が大ヒットしたという話も聞かないので、多くの人は筆者とほぼ同じ感想を抱いたのだろう。

▲1962年にレコードデビューし、1970年4月に解散した英国のロックバンド、ザ・ビートルズ(手前4人) ▲1962年にレコードデビューし、1970年4月に解散した英国のロックバンド、ザ・ビートルズ(手前4人)

これと似たようなことは車についても言える。

最近の車はどれも「ドンピシャ」で、ほとんど非の打ち所がない。アクセルを踏めば、大したスポーツモデルじゃない車種でも鬼のように速く、ハンドルを回せば(ある意味)勝手にグイグイ曲がってくれる。それでいて巡航時の乗り心地はひたすら快適であり、ついでに燃費もまずまず良好である場合がほとんど。まさに文句のつけようがなく、「音程」が微妙に外れているような箇所などどこにもない。

だが、どうにも心に残らないのだ。

や、この「心に残らない」というのはCDの売上枚数のような客観的エビデンスがあるわけではないので、単に筆者ひとりの感想にすぎない可能性もある。が、そう感じているのは決して筆者ひとりではないだろうとも思っている。「ゆらぎ」や「あやうさ」のようなものがない物質や事象、生物には、人間は基本的にはあまり惹かれないからだ。

そして今、もしも車を通じて「素敵なゆらぎ」「チャーミングなあやうさ」を堪能したいのであれば、選ぶべきは89年ぐらいまでのラテン車、つまりフランス車およびイタリア車なのではないかと思う。

▲ちなみにコレはフランスで1972年から販売された第一世代のルノー サンク ▲ちなみにコレはフランスで1972年から販売された第一世代のルノー サンク
▲こちらはイタリアのアルファロメオ スパイダー。1960年代から1996年まで販売された ▲こちらはイタリアのアルファロメオ スパイダー。1960年代から1996年まで販売された

別に同年代のドイツ車がいけないわけではないのだが、ドイツ車の場合は80年代モノであってもある意味かなり完成されていたため、ゆらぎやあやうさのようなものは感じにくい。しかし同年代のフランス車/イタリア車は、ハッキリ言ってゆらぎまくりだ。正直「あやうさ」もかなりあるかもしれない。筆者自身も87年式のルノー サンクバカラには何かと苦労した。サンクのおかげでエンジンの押しがけが上手になってしまったほどだ。

だが、サンクに乗って本当に良かったと今でも思っている。ルノー サンクに限った話ではないが、あの時代の車たちの得も言われぬ有機的なデザインと、機械なのになぜか有機的に感じられる走行感覚、たまに壊れるけど叩いたら直ったりする生き物感は、まるで小沢健二の「ハズしそうで実はハズさない音程」であり、ユーミンの「1/4音ぐらいの微妙なピッチのズレ」だ。だから、クセになるのだ。

古めの輸入車を推す理由は単なる懐古趣味や予算の問題ではないことを説明したつもりだが、伝わりにくかったかもしれない。もしもそうだとしたら、ぜひ店頭などで実際に往年のラテン車を見ていただければと思う。筆者がここで書く以上の雄弁な何かが、見れば確実に伝わるはずだから。

▲ハイドロニューマチックの乗り味と有機的なデザインがステキすぎるシトロエン GSA ▲ハイドロニューマチックの乗り味と有機的なデザインがステキすぎるシトロエン GSA

ということで今回のわたくしからのオススメは、厳密に89年以前である必要はないのだが、いちおう便宜的な区分けとして「89年以前のイタリア車/フランス車」だ。

text/伊達軍曹