「きっと、あなたのココロが走り出す。」“Your Heart Will Race.”そんなテーマをもつ東京モーターショー2015の見どころとして各メーカーのコンセプトカーたちは外せない。コンセプトカーは今すぐには手に入らないけれど、今買える車たちだって、その時代時代の人々が考えた素敵な未来を具現化するために生まれてきたのだ。今回は最新のコンセプトカーがもつテーマに通ずる「今、手に入る車たち」をセレクトした。

▲「Fire Knight(炎の騎士)」と付けられた赤色や、力強いボディラインが印象的 ▲「Fire Knight(炎の騎士)」と付けられた赤色や、力強いボディラインが印象的

「グランツーリスモ」上の仮想スポーツカー。しかしただのバーチャルではない

英国のモータースポーツイベント「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード2014」にて公開されたNISSAN CONCEPT 2020 VISION GRAN TURISMO(日産コンセプト2020 ビジョン グランツーリスモ)が、いよいよ東京モーターショーにもやってくる。グッドウッドで公開された際のボディ色はグレーだったが、今回は「Fire Knight(炎の騎士)」と呼ばれる鮮やかなレッドを身にまとっての登場となる。

日産コンセプト2020 ビジョン グランツーリスモは近未来のハイパフォーマンスカーの可能性を示すバーチャルスポーツカーで、「プレイステーション3」の専用ソフトウェアである「グランツーリスモ」シリーズを開発したソフトウェア会社「株式会社ポリフォニー・デジタル」と協力し、最新作「グランツーリスモ6」の「ビジョン グランツーリスモ」プロジェクトにおいて制作したもの。

同プロジェクトは英国ロンドンの日産デザインヨーロッパ社の若手デザイナーたちが「自由に夢のスポーツカーをデザインする」というスタディの一環からスタート。そして日産テクニカルセンターのエンジニアによる技術的なフィードバックを織り込んだうえで作り上げられた。日産テクニカルセンターの空気力学技術チームが密に協力した結果、バーチャルなモデルでありながら、実際の空力性能に裏打ちされたエモーショナルなボディラインが実現している。

日産デザインヨーロッパ社バイスプレジデントの長野宏司氏は、「現実世界ではこのようなスポーツカーを所有することはできないかもしれませんが、このモデルが『グランツーリスモ』に収録されることで誰でもこのクルマを運転することが可能となり、そして日産ブランドがお約束するわくわくするイノベーションをご体験いただけます」と語っている。

でも、バーチャルより「リアルな夢」がどうしても気になるなら?

なるほど確かに素晴らしい試みであり、ステキなデザインである。そして単にステキな仮想デザインとではなく「日産エンジニアの叡智や空力技術が実際に集約されている」という点にも、かなり引かれるものがある。

しかし、ステキであることを認めさせていただいたうえで、一つだけ言いたいことがある。日産デザインヨーロッパ社の長野氏は「現実世界ではこのようなスポーツカーを所有することはできないかもしれませんが」とおっしゃるが、本当にそうだろうか?

いや確かにそうなのだろう。もしも日産コンセプト2020 ビジョン グランツーリスモをバーチャルスポーツカーではなくリアルなスポーツカーとして生産し、そして市販するとなると、よくわからないが1億円ぐらいにはなってしまいそうだ。そんなスポーツカーを手に入れるのは、まさに長野氏がおっしゃるとおり「できないかもしれません」だ。それは本当にそのとおりである。

しかし「夢のマシン」をリアルに手に入れることをあきらめ、バーチャルに向かうという姿勢については若干の言いたいこともある。日産コンセプト2020 ビジョン グランツーリスモやブガッティ ヴェイロンほどではないにせよ、「夢」に相当するようなスポーツカーを実際に手に入れることは決して不可能ではないはずだし、実際にそれを行っている人も世の中には多数いるのだ。

例えばフェラーリF355である。

▲348シリーズの後継として94年に登場し、99年9月まで販売されたV8ミッドシップのフェラーリF355。端正なフォルムと高回転域での素晴らしすぎるエンジン音などにより、今なお絶大な人気を誇っている ▲348シリーズの後継として94年に登場し、99年9月まで販売されたV8ミッドシップのフェラーリF355。端正なフォルムと高回転域での素晴らしすぎるエンジン音などにより、今なお絶大な人気を誇っている
▲ミッドに搭載されるのは最高出力380psを発生する3.5L V8DOHC40バルブエンジン ▲ミッドに搭載されるのは最高出力380psを発生する3.5L V8DOHC40バルブエンジン

V8フェラーリは実は庶民でも所有できなくはないんです!

自動車評論家の清水草一氏が23年前に起こした「革命」により、それまでは「庶民にとっては圧倒的な高嶺の花。夢見るだけムダ」と認識されていたV8フェラーリが、「実は庶民でも買おうと思えば買える現実的な夢」へと転換した。その転換および購入のメカニズムについて詳細に触れる紙幅はないが、要するに「ある程度の頭金を頑張って貯めたうえで長期ローンを組む。そしてもしもローン支払いが困難になった場合でも、人気のV8フェラーリは鬼のようにリセール価格が高いため、売却してしまえば経済的な打撃は極めて少ない」というのがそのエッセンスだ。

それを真に受けた(?)一般サラリーマンが次々とこの手法でF355に代表されるV8フェラーリを購入し、そして実際かなりの幸せを手に入れ、全員ではないだろうがほとんどの人が経済的な打撃も受けなかった。それにより「庶民にとってのV8フェラーリ購入術」の有効性は実証され、そしてもはや古典の域に達した。街を走っているフェラーリF355や360モデナを見て、あなたは「お金持ちが乗ってるんだろうなぁ……」と思っていたかもしれないが、実はそのうちの何割かは「年収数百万の、ごく普通の勤め人」だったりするのだ。

もちろんフェラーリF355はスーパーカーとしてはもはやかなり設計の古い車であり、性能だけでいえば日産コンセプト2020 ビジョン グランツーリスモとは比べるべくもない。しかし「バーチャルで手に入れる超高性能」と、「リアルに手に入れる人生の夢」のどちらに価値があるかといえば……まぁ人それぞれなのだろうが、筆者としては後者のほうも大切にしたいとは思っている。

text/伊達軍曹
photo/フェラーリ