クルマの描写は要る/要らない? 垣根涼介が語る「物語の中のクルマ」
2018/06/18
『午前三時のルースター』で文壇デビュー。大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞のトリプル受賞した『ワイルド・ソウル』をはじめ、映像化された『ヒートアイランド』や『君たちに明日はない』など、多くの代表作を持つ垣根涼介さん。「クルマは人となりを表す」を持論に、自身の小説の中に数多くのクルマを登場させている。なぜ、クルマの描写にこだわるのか? その考えを聞いた。
編集者には「クルマの描写は要らない」と言われる!?
――ガンメタリックのマツダ・RX-7。通称FD。~~無数のスポット補強。新しく載せ替えた13BエンジンへのT-88タービンの追加。実走を積んだデータの、ロムの読み込み。ガスケットやパッキン類の交換。徹底したポート研磨。特注品のエグゾースト。コクピット内にも鳥籠のようにロールケージを張り巡らしてある――
これは、クライムエンターテインメント小説『ワイルド・ソウル』の一文だ。細かいクルマの描写は、垣根さんの作品ならではのものだ。
「こういうクルマの描写は、必ずしも小説に必要ではありません。それを分かっていても、好きでやっています。だから、編集者にはいつも文句を言われますよ。『ここ、要らないです』って(笑)」
先のRX-7の描写は、麻薬密売組織の構成員であり、日系二世のコロンビア人・松尾の愛車を評したもの。チューンを施してモンスターマシンとなったRX-7は、松尾の内に秘めた衝動とも重なる。
「いわゆる“キャラクター紹介”なんですよ。こういう人なら、こういうクルマに乗るよねという。これは設定とかでなく、もう当たり前の話。例えば、最近の強面の人は黒のゲレンデ(メルセデス・ベンツ Gクラス)に乗ってそうだし、マイルドヤンキーはアルファードに乗ってそうでしょ? 『こういう人はこんなクルマに乗って、こうイジるかな』と、すんなり思い浮かびます」
キャラクターのイメージを、乗っているクルマで表現する。それは、クルマ好きの作家だからこそかもしれない。
分かる人にしか分からない。でもそれでいい
垣根さんほどクルマのディテールを描写する作家は、なかなかいない。その細かい描写は、自分と同じクルマ好きな読者へのメッセージでもある。
「クルマが好きじゃない人には分からないかもしれない。分かる人にしか分からないけど、それでいいんです。分かってくれる人に届けば、その人はきっと僕のファンになってくれるはず」
コアな部分での共有。物語としての魅力でファンになった人は多いだろうが、こうしたディテールに惚れてファンになった人も、また少なくない。
しかし、あくまでもクルマは物語に登場するアイテムの一つ。決してメインになるものではないと垣根さんは語る。
「クルマをメインにした小説は書いたことないし、これからも書きません。というのも、クルマという物体をメディアで表現するなら、映像が圧倒的に向いているからなんです。文章では、その魅力は伝わりきらない。僕はアイテムの一つとして好んで出していますが、あくまでサブ扱いなんです」
クルマの魅力を伝えてくれる映像作品。その中でも映画『バニシング・ポイント』と『バニシングin60』には、作家としても個人としても感銘を受けたという。
「この二つの映画は最高でしたね。『バニシング・ポイント』は作中に出てくるダッジ チャレンジャーを買おうかと思うくらい、カッコよかった。 『バニシングin60』も、1974年の作品ですが、これまた良い。CGを一切使わずに、ガチンコでやっているのがすごい。ホントにクルマをぶつけて、グシャグシャになった状態で運転していて(笑)」
小説でも映画でも、物語の中で躍動するクルマはひとつの表現。イキイキとしたクルマの描写の裏には、作家のクルマへの思いが感じとることができる。
クルマは読者に向けたサービス
『サウダージ』に登場した高木はトヨタ A80スープラ、『ヒートアイランド』の桃井はスバル インプレッサに乗っている。なぜこのキャラクターがこのクルマなのかは、読んでもらえば分かってもらえるはず(笑)。結局、クルマに関しては僕が書きたいから書いているだけ。「やっぱりFDだったらT88タービンを付けて回すのが一番かっこいいんだけど、ちょっとトルクがなぁ」みたいに考えているのが好きなんです。
PROFILE
垣根涼介:小説家。リクルートに入社後、商社と旅行代理店勤務を経て、2000年に「午前三時のルースター」で小説家デビュー。2004年に発表した『ワイルド・ソウル』(新潮社)は大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞で3冠を受賞した。『ヒートアイランド』(文春文庫)などエンターテインメント小説を執筆してきたが、 近年では『光秀の定理』(KADOKAWA)や『室町無頼』(新潮社)など時代小説も手がける。
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