クラシックカーは格好いいだけでいい。マスタングに乗って実感したこと
2017/08/29
僕らが生きる世界は物質文明だ。だからモノにこだわるのは、この世界の真髄、醍醐味でもある。クルマは個人が選ぶ最も高価な「モノ」の1つ。ならば、そのこだわりはなおさらである。今回登場する岩田翼さんは、ヒットする商品やメディアを作るクリエイター。そんな彼がクルマを選んだら、流行り廃りとは無縁の古いアメ車にたどり着いた。
この物語はクルマにまつわる、人間ドラマだ。
いつのまにか名刺代わり。そんなクルマある?
「聞いてますよ。マスタングに乗っているイワタさんでしょ?」
「あ、はい」
初対面なのにそう言われてドキッとした。
いまどきメルセデス・ベンツに乗っている誰それ……なんて、わざわざ言われないだろう。仮にフェラーリに乗っている……なんて噂が流れたら、それはそれで軽い営業妨害かもしれない(笑)。
とにかく予期しなかったことに、いつのまにか古いマスタングが僕の肩書きになっていた。
国道とバイパスに挟まれた、埼玉の小さな町に生まれた。当時は本当に何もなくて、子どもの頃の楽しみといえば、音楽とファッションだけだった。
ソウル、R&B、ヒップホップ、ニュージャックスウィング……。とにかく片っ端から聴いた。Sublimeや Red Hot Chili Peppersなどなど。少ない情報源でも「いいな」っと思うものは選り好みせず貪欲に聴いた。その流れは今も続いている。
当時身に着けていたのは、例えばRUDIE'S(ルーディーズ)。春日部発祥のオリジナルブランドだ。東京で服を買っている友達もいたが、どうにも馴染めない。もちろん憧れはあった。でも、僕は自分の物差しでジャッジしたかった。
18歳になるとクルマの免許を取るのがお約束だった。クルマがなければ、どうにも不便。モテないし(笑)。友達は高校を出てすぐ自分のクルマを持ち始めた。
「すっかり出遅れちゃったな」
周りを見ると当時で言うVIPカー、セダンが幅を利かせていた。人気があったのはセルシオだったが、僕が食いついたのはアメ車だった。
キャデラック、アストロ、インパラ……。乗せてもらうと“MVの中の人”さながらの気分。いいな、僕もいつか絶対アメ車に乗ってやる。
クルマへの情熱は押し隠したが、音楽とファッションはタガが外れた。欲しい服はたくさん。CDやヴァイナルも買いあさった。まだまだ吸収したいものがあり、湧き出る欲求を満たすために職に就いた。
月収が魅力で、スプリンクラーを施工する現場監督になった。勉強もしたが、素人の僕でも務まったのは職人たちと反りが合ったから。パッと見はとっつきにくそうだが、休憩中にクルマの話をするとメッチャ面白い。今風に言うとマイルドヤンキー? そこが合わなくて辞めていく同期や後輩もいた。でも僕にとっては、生まれ育った町の友達と付き合っているような感じだった。
毎日、深夜まで働いた。服と音楽への乾きは潤ったが、自分の時間はまったくない。本当に、これでいいのか?
転職することにした。服と音楽。ざっくり言えば、カルチャーの世界で生きていく道を探した。
「ん? これ、できそうな気がする」
ある求人を見て、そう思った。オリジナルのコラボアイテムの企画に携わる仕事。雑誌とアパレルブランドと読者を結ぶ。繋げるのは、自分の感性。正真正銘の業界未経験者だけど、根拠のない自信があった。
採用面接には、自作の拙いポートフォリオと、「本気でやってみたいんです!」という空回り気味の情熱を持ち込んだ。面接官と話が盛り上がって、その会社で働けることになった。
仕事に夢中になった。オンもオフも好きなものに囲まれる生活。朝から深夜まで働く生活サイクルは以前と同じだが、まったく苦にならない。
ある朝、家の外で町の空気を吸ったとき、企画がひらめいた。ところが、先輩たちからはダメ出しをされた。
「それ無理だよ、たぶんムリ」
それは「24カラッツ」。EXILEがよく着ていることで有名なブランドだ。ストリートカルチャーの一翼を担う「エクストララージ」とのコラボが実現すれば、今までにない特別感が出せると踏んだ。しかし、業界に詳しい先輩には両者の客層が違うため、異質に映ったようだ。
でも確信があった。カルチャーやストリートを引率するエクストララージはもちろん、24カラッツも間違いなく“ホンモノ”だ。難しいのは重々承知だが、実現さえできれば「良いモノができる!」に違いない。
とはいえ業界にそんなツテも実例もない。ビジネス文書をメールで送っても何も動かない予感がした。そこで知り合いの、そのまた知り合いの……という、もはや知人でもなんでもないツテを使ってアタックした。普通に考えて無謀。無理筋だったけれど、出入りする店が同じだったり、共通の知人がいたりと、思わぬところから話題が盛り上がった。
数多くの人に協力してもらい、ついに「面白いですね、やりましょう!」の一言をもらえた。千載一遇の機会を逃さず、24カラッツ×エクストララージ×某ストリート雑誌のコラボが実現。金色のロゴが入った黒いジャージがリリースされ、誌面を賑わせた。
仕事が上手く回り出し、そろそろアメ車に乗る機が熟したと思えた。お金ではなく、完全に気持ちの話。すぐにネットで検索したら、いきなり意中のクルマにヒットした。まるで僕のことをずっと待っていたように……。
「なぜこんなところに?」
見つけたのは、濃いネイビーのマスタング。渋い。掲載していたのは正規ディーラーだった。1960年代の旧車が認定中古車であるわけもない。問い合わせると、ディーラーのメカニックが個人的に所有しているクルマだった。なるほど。
実車を見て即決した。
レロレロレロ……。
V8サウンドが優しくカラダをグルーヴさせる。お気に入りの音楽を聴きながら走る。それだけで平凡な道がお気に入りの道になった。終電がなくなっても家に帰れるのはありがたい。仕事の打ち合わせにも乗って行くようになると、アメ車好きが意外にも多いことに気づいた。
「これ何年式? 故障しない? メチャクチャ格好いいね!」
仕事の打ち合わせ以上に盛り上がることも。そんな流れから、仕事の紹介をしてもらう機会が増えた。先方に伺うと、ニコリと言われる。
「聞いていますよ、マスタングのイワタさんでしょ!」
いつのまにか、こいつがボクの名刺代わりになりつつある。悪い気はしない。何を着ているかで第一印象が変わるように、乗っているクルマでセンスも推し量られる。だから、こいつはただただ格好よければ、それだけでいい。そう思っている。
クルマ選びの最適解は既成概念にとらわれないこと
燃費がいい、室内が広い、走りがいいクルマ。道具としては上等だろうが、そんな選び方は少し画一的。大枚をはたいて買った服が誰かとカブったら? それは全力で避けたいと考える方だ。新旧とかどこの国製とか、既成概念にとらわれない。そのクルマが欲しいか欲しくないのか。シンプルに突き詰めたら、自分の最適解にたどり着けた。
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