▲地下に設けられた多目的室。ガレージに収まる愛車が、まるで絵画の1枚と思えるほど部屋と一体感がある ▲地下に設けられた多目的室。ガレージに収まる愛車が、まるで絵画の一枚と思えるほど部屋と一体感がある

前後両面にガレージをもつ斜面の家|板橋友也(アーネストアーキテクツ株式会社)

訪れたI邸は前後が細い路地に面し、それぞれの路地に対して異なるガレージをもっていることが大きな特徴だ。場所は東京都渋谷区。都内でも屈指の人気エリアだが、近隣は閑静な街並みで高級住宅が建ち並ぶ。

このI邸は、5台の愛車を収納できるガレージを備え、地下に造られた趣味の空間をはじめ、あらゆる場所から愛車の存在が感じられることをテーマにしている。

また、玄関のある1階から地下に至る動線において、つねにガレージとの繋がりをもたせていることも特徴の1つである。

Iさんがこの土地を選んだのは、南北の両面が道路に面しており、それぞれにガレージを備えることができるため、多数の愛車を持つIさんにとって好都合だったから。

もう1つの理由は、高台に位置しており、近隣の街並みが一望できる環境であった点だ。

土地を決めたあと、IさんがWEBや雑誌でガレージハウスをリサーチしている際、アーネストアーキテクツの作品に出合ったことが、設計を依頼するきっかけだという。

設計を担当された板橋友也さんにI邸の特徴を伺ってみた。

「この土地は、表裏の道路それぞれに高低差があるので、どちらのガレージにもフロアレベルに高低差が生じます。そのため、住宅の構造も、この高低差を利用したスキップフロアで構成されているのが特徴です。吹き抜けをもつ玄関部分を建物の中心に配置し、全体を『コの字型』とすることで各階の空間が中央の吹き抜けを介して互いにリンクするという構造を提案しました」

このように『コの字』状の造形により十分なプライバシーを保ちながら、吹き抜けの存在により邸内の気配を各部屋から感じられる点も特徴となっている。苦労した点について、

「やはり高低差のある敷地において、邸内の各階を複雑に巡るスキップフロアを、いかに成立させるかです」

11層のフロアが計算し尽くされた動線で結ばれる

ルーフバルコニーを入れると、フロアは全部で11層にも及ぶ。必然的に階段も多くなるので日常生活では不便に感じることもあるのではと思いきや、

「生活動線が巧みに考えられているので、不自由は感じません」と施主のIさん。1階から3階までのアクセスを容易にするためにエレベーターを設置して利便性を高めているとはいえ、計算し尽くされた動線により不便さを感じないのだろう。

その他、傾斜地という立地は車高の低いスポーツモデルの場合、車庫の出入りに気を使いがちだが、ガレージ内部に緩やかな傾斜をつけることでスムーズなアクセスを実現している。

そのガレージは前述のとおり2つ。表側にはフェラーリ 458と奥さま専用のMINI クーパーの2台。裏側にはフェラーリ 512BB、ロールス・ロイス コーニッシュⅡ、同ファントム・ドロップヘッドクーペの3台が収まる。これだけでもそうそうたるコレクションなのだが、この他にもロールス・ロイス レイス、ベントレー ベンテイガ、カウンタック LP500Sを別の駐車場に保管しているという。

まさにカーガイと呼ぶに相応しいIさんだが、これまでメルセデス・ベンツ SL 63 AMGやアストンマーティン DB9、フェラーリ カリフォルニアなどのスポーツモデルも乗り継いできた。

車選びのポイントは「乗って気持ち良いか」

その気持ち良さとは、加速フィーリングなど走りの質はもちろん、内外装のデザインや素材感、色遣いなどのディテールにまで及び、購入の重要な決め手となるという。そのため新車の購入には、基本的にフルオーダーで自分好みの1台を作り上げるというこだわりようだ。

そんなIさんだけに、板橋さんは内装のデザインには相当気を使ったことは想像に難くない。

「Iさんは、家具などのインテリアについても強いこだわりをおもちです。当然、趣向に合わせて仕上げ材の素材感などは十分に配慮しました。設計にあたってもIさんは明確なテーマをおもちでしたので、こだわりに沿った的確な提案ができたと自負しています」

板橋さんは続けて「Iさんは建物だけではなく、ダイニングテーブルやソファ、書斎用のデスクやチェアといった家具を選ぶときも、本当に楽しそうにされていたことが印象的です。きっと愛車をオーダーする際に、そのインテリアを決めていく過程と同じような感覚だったのでしょう」

打ち合わせを重ねるなかで、Iさんの趣味性や嗜好性を正確に把握できたことが、自信に満ちた提案に繋がっていったのだろう。事実、設計のファーストプランでほぼ決定していることからも、板橋さんの入念なコミュニケーションが奏功したことが窺える。

竣工して間もなく1年と日は浅いが、設計段階から明確なイメージに基づいて造り上げられたI邸は、長く住み慣れた邸宅のごとく家具や調度品がしっくりと馴染んでいる。厳選された愛車をはじめ、好きなものに囲まれ、かつその存在をつねに身近に感じられる空間は、Iさんにとってかけがえのない場所となっている。

自身のこだわりを妥協なく追求する施主。そのこだわりに対して期待を超えた空間をデザインし提供する建築家。互いの思いがシンクロした結果生まれたI 邸は、少し近寄りがたいほどの凄みとオーラを発していた。

▲ガレージから多目的室を眺める。家具や調度品はIさんがこだわり抜いてセレクトした愛着のあるものばかり▲ガレージから多目的室を眺める。家具や調度品はIさんがこだわり抜いてセレクトした愛着のあるものばかり
▲裏手のガレージ。坂道の途中に建てられているため、ガレージからのアプローチは絶妙な勾配がつけられている▲裏手のガレージ。坂道の途中に建てられているため、ガレージからのアプローチは絶妙な勾配がつけられている
▲エントランスと表側のガレージの様子。2台収容可能としており、広く取られた間口により出入りはしやすい▲エントランスと表側のガレージの様子。2台収容可能としており、広く取られた間口により出入りはしやすい
▲屋上のバルコニーは右手奥側にもスキップフロアで繋がっている。周囲の視界を遮るものがないため開放感抜群▲屋上のバルコニーは右手奥側にもスキップフロアで繋がっている。周囲の視界を遮るものがないため開放感抜群
▲趣味に没頭できる地下のゴルフシミュレーター。Iさんはスイングチェックを日課として欠かさない▲趣味に没頭できる地下のゴルフシミュレーター。Iさんはスイングチェックを日課として欠かさない
▲愛車は、どれもベストコンディションが保たれているが、Iさんは日常の移動手段としても使いこなしている▲愛車は、どれもベストコンディションが保たれているが、Iさんは日常の移動手段としても使いこなしている
▲Iさんが「一生乗る!」と絶賛するフェラーリ 458。左の白いドアを開けると地下室へ向かう階段にアクセスできる▲Iさんが「一生乗る!」と絶賛するフェラーリ 458。左の白いドアを開けると地下室へ向かう階段にアクセスできる
▲高低差のあるガレージ同士を繋ぐ階段。ガレージ内の移動が容易なので、車の入れ替えなどがしやすい▲高低差のあるガレージ同士を繋ぐ階段。ガレージ内の移動が容易なので、車の入れ替えなどがしやすい
▲1階から地下へ向かう階段。ガレージのコンクリートとは対照的に、床材の木の温もりが感じられる空間▲1階から地下へ向かう階段。ガレージのコンクリートとは対照的に、床材の木の温もりが感じられる空間
ガレージハウス

【施主の希望:一軒家だからこそ実現できる理想のガレージハウスに】
■「まず、当時所有していた愛車が5台収められるガレージがあることをお願いしました。その他には、ゴルフのトレーニングができる(ゴルフシミュレーターが置ける)練習部屋があること、そして大きなお風呂が欲しい、などですね。以前はマンションで暮らしていたので、天井の高さをはじめ、(構造における制約が少ない)一軒家でこそ実現できるようなことを望んでいましたし、板橋さんには設計においてチャレンジしていただきました」

【建築家のこだわり:スキップフロアを活用し、つねに愛車の気配を感じる】
■「I邸は南北に高低差があることから、互いのガレージのフロアレベルが異なります。そのため、この高低差を利用してスキップフロアとしたことは工夫の1つですね。これにより、地下に設けた多目的室からは、愛車たちを見上げる形で眺めるという非日常の空間が出来上がりました。また、両ガレージともに各フロアとの繋がりをもたせています。愛車たちの存在を、より身近に感じていただきたいという思いで実現したこだわりの空間です」

■主要用途:専用住宅
■構造:鉄筋コンクリート造+木造(複合構造)
■敷地面積:178.99平米
■建築面積:94.62平米
■延床面積:449.94平米
■設計・監理:アーネストアーキテクツ株式会社
■TEL:03-3769-3333
■施工:アーネストホーム株式会社、株式会社登志工務店

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2018年6月号(2018年4月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています