▲表通りからのアプローチを経ると、緑豊かな周辺の景色に溶け込むM邸が現れる。木製のルーバーなどが、クラシカルな愛車たちにマッチしている ▲表通りからのアプローチを経ると、緑豊かな周辺の景色に溶け込むM邸が現れる。木製のルーバーなどが、クラシカルな愛車たちにマッチしている

オーバルタイプ1とタテ目が棲むガレージハウス|明野岳司・明野美佐子(明野設計室一級建築士事務所)

今回訪れたM邸は、東京都国立市の中心エリアにある。武蔵野の面影を色濃く残す文教地区として、都内でも指折りの住みやすい土地だ。

目指すM邸は大通りのバス停からすぐの距離にあるが、旗竿地の恩恵として通行人からのプライバシーはしっかり守られている。また、車などの騒音もほとんど入ってこない好立地となっていることも特徴だ。

コンクリート敷きのアプローチを通りM邸を正面に見たとき、一瞬タイムスリップをしたかのように錯覚をした。

オーバースライダーを開け放ったガレージの中で、冬の日差しを浴びて佇む2台の車。それは1955年式フォルクスワーゲン タイプ1と1975年式メルセデス・ベンツ 280(W114)。どちらもオリジナルコンディションを保っているようで、長い年月を経ながらも威風堂々とガレージ内に鎮座していたのだ。

280は、地元の谷保天満宮で開催されたクラシックカーイベントでひと目惚れし5年前に購入したもので、希少な右ハンドルということもありお気に入りの1台。

片やタイプ1は、すでに17年所有をしているそうで、現在は完全にオリジナル状態に戻すべくフルレストアを予定しているとか。なるほど、ガレージ内に所狭しと並べられたパーツは、すべてレストアのための準備だったようだ。

なにしろMさんは熱烈なタイプ1フリーク。4年に一度、ドイツのヴァドカンべルクとへシュシュオルデンドルフで開催される2つのクラシックカーイベントには必ず参加し、それをライフワークとしているほど。

そこでは、各国のVWフリークとの再会を楽しんだり、愛車のパーツを買い付けることが目的だという。タイプ1も280もどちらもすこぶる健康状態は良好で、躊躇なく日常の足としているところがすごい。

ガレージ内部は、奥行き・幅ともに十分な広さをもつ。正面から入って左手にはMさんの書斎があり、広い開口部をもつガラスの引き戸で繋がっている。「この部屋は、帰宅したときに、仕事とプライベートとを切り替えるための大切な空間です」と、Mさん。

「車やカメラの雑誌を読んだりしながら、仕事モードの頭をクールダウンして気持ちを整えています。ミニカーやカメラのコレクションなど、好きなモノに囲まれて過ごす時間をもてるので、この空間には、とても満足しています」

書斎に入ると、そこはまさに「好きなモノ」でいっぱい。ガレージ側引き戸の脇にはハンモックが備え付けられており、これもMさんの癒やしのアイテムのひとつだという。

「疲れたときに、ハンモックに揺られてボーッとしています。布団に寝るのとは違い体重が均等に分散されるので、他では得られない心地よさがあるんです」と、Mさん。このハンモックを取り付けために壁にフックが必要になるため、壁の内部には補強工事が施されている。

過ごしやすさを追求した優しい空間の集合体

設計を担当したのは、建築家の明野岳志さんと明野美佐子さん夫妻。Mさんが明野夫妻に自邸の新築を依頼した経緯はシンプルで、M夫人と明野美佐子さんが従姉妹という関係から、「新築するなら明野さん夫妻に……」は必然だったという。そんな明野夫妻がM邸を設計するにあたり苦労された点を明野岳志さんに聞いてみた。

「まず、旗竿地という地形からガレージのレイアウトはすぐに決まりました。設計するうえで難しかったのは、ガレージ内に柱を設置することなく5m以上という広いスパンの開口部を設けることでした」

正面から観察した際とガレージ内部に入って感じた開放感は、柱の有無が大きく影響していたというわけだ。明野さんは続けて、

「これは木造建築において、強度を保つために厳しい条件となるため、構造設計ではいちばん苦労した点です。ガレージ内部に柱を入れられれば簡単なのですが、そうすると車が出入りする際の自由度が制限されてしまいます。その解決策として、書斎入口の壁を二重にすることで強度を確保しました。また、その形状もできるだけ目立たないように工夫しています」

一見シンプルに見えるガレージだが、じつは建築家のこだわりが注ぎ込まれた空間であった。

ガレージと書斎以外でMさんが気に入っている点は、2階に繋がる「円形状の階段がもたらす空間」だという。この独特の形状により、「直線で画一的な階段と比べて、1階にいても2階にいても視覚的に空間のゆとりを感じる」そうだ。この点に関して明野さんは、

「空間をデザインしていくうえでは、動線における視覚的な印象も大切です。例えば来客があった場合、M邸のリビングルームは2階にありますから、玄関からアクセスする際にはこの階段の存在が大きなアクセントになっているはずです」

ちなみに1階はMさん、2階は奥さまが中心となり明野夫妻とともに造り上げたという。Mさんは大切な愛車とともに過ごせる空間を、奥さまは住む人にとって快適で実用性の高い空間を。お互いに納得できるカタチにしたM邸。M夫妻の家への思いと建築家の情熱とがシンクロしたM邸は、トリック的なトピックスこそないものの、M夫妻が妥協せずに「住みやすさ」を追求した魅力的なガレージハウスであった。

▲まるで一枚の絵画のようなガレージの風景。最新モデルにも通じるブランドのアイデンティティが感じられるアングルだ▲まるで一枚の絵画のようなガレージの風景。最新モデルにも通じるブランドのアイデンティティが感じられるアングルだ
▲冬の日差しが、ヴィンテージ感を強調する。2台とも、いつでも出動可能なコンディションが保たれているところがスゴイ▲冬の日差しが、ヴィンテージ感を強調する。2台とも、いつでも出動可能なコンディションが保たれているところがスゴイ
▲旗竿地独特のアプローチが、愛車とのドライブを楽しむ時間へ切り替わるスイッチの役割を果たしている…という印象▲旗竿地独特のアプローチが、愛車とのドライブを楽しむ時間へ切り替わるスイッチの役割を果たしている……という印象
▲自動車やカメラなど、趣味関連の書籍が溢れる書斎▲自動車やカメラなど、趣味関連の書籍があふれる書斎
▲オーバースライダーは木製を選択。クラシカルな愛車たちのイメージにもピッタリ合致する▲オーバースライダーは木製を選択。クラシカルな愛車たちのイメージにもピッタリ合致する
▲写真部だったという学生時代からのコレクション。ライカやローライフレックスなど、マニア垂涎のクラシックカメラが防湿庫に保管されている▲写真部だったという学生時代からのコレクション。ライカやローライフレックスなど、マニア垂涎のクラシックカメラが防湿庫に保管されている
▲自然光がたっぷり入るリビングルーム。周囲の住宅との視線がかぶらない▲自然光がたっぷり入るリビングルーム。周囲の住宅との視線がかぶらない
▲「来客時、買い物から帰ってきてもリビングを通らず(ゲストと会うことなく)にキッチンへ行けるところが気に入っています」と奥様▲「来客時、買い物から帰ってきてもリビングを通らず(ゲストと会うことなく)にキッチンへ行けるところが気に入っています」と奥さま
▲Mさんのお気に入り、円形状の階段。2階へアクセスするたびに、その動線の楽しさが味わえる▲Mさんのお気に入り、円形状の階段。2階へアクセスするたびに、その動線の楽しさが味わえる
▲Mさんは根っからのタイプ1フリーク。書斎に飾られるミニチュアカーも、タイプ1が中心だ▲Mさんは根っからのタイプ1フリーク。書斎に飾られるミニチュアカーも、タイプ1が中心だ

【施主の希望:要望は2点だけ。あとは信頼する建築家におまかせ】
■「あまり細かい要望はなかったですね。とにかくガレージに愛車2台が入ることと、車たちを自分の部屋(書斎)から眺められること、の2点が主な依頼内容です。それ以外は、ほとんど家内に任せた感じです」とMさん。ガレージに関しては、当初、打ち合わせの中では床下にピットを作りたいと相談したこともあったが、柔らかい地盤や、ピット内の転落防止のためのフタが予想以上に重く、ガレージの使い勝手が悪くなることから断念した。

【建築家のこだわり:目に見えないコダワリを秘めた実用的なガレージ】
■ガレージフロアは排水性を考慮して勾配をつけることが一般的だが、「愛車のメンテはできるかぎり自分で……」というMさんの思いをくんでフロアをフラットにし整備性を高めている。また、ガレージの壁全面に12㎜厚の合板を下地に入れることで、今後棚や自転車用のキャリアなどの設置も可能としていることも特徴。とくに車両後部の壁面に棚などを設置することも考え、あえて輪止めを設置していないこともガレージの機能性へと繋がっている。

■主要用途:専用住宅
■構造:木造在来工法
■敷地面積:226.33平米
■建築面積:93.16平米
■延床面積:162.35平米
■設計・監理:明野設計室一級建築士事務所
■TEL:044-952-9559
 

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2018年3月号(2018年1月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています