BMWアルピナ B8 4.6リムジン ▲4世代前のBMW 3シリーズをベースとするアルピナモデルに、4.6LのV8エンジンを押し込んだBMWアルピナ B8 4.6リムジン。写真はアウトグランツが販売する走行10.1万kmの1996年式で、価格は「ASK」

洗練と破天荒、そして永遠のバリューのミクスチャー

こちらは5月27日発売の雑誌カーセンサーEDGE 7月号に掲載された、自動車評論家・永福ランプ(清水草一)さんの人気連載「NEXT EDGE CAR」の、担当編集者から見た「別側面」である。アナログレコードで言うB面のようなものと思っていただきたい。

なお「NEXT EDGE CAR」というのは、「今現在はまだ名車扱いされていないが、近い将来、中古車マーケットで名車または名品と呼ばれることになるだろうモデルを探そうじゃないか」というのが、そのおおむねの企画趣旨である。

今回の題材は、E36こと4世代前のBMW 3シリーズをベースとするアルピナモデルに、なんと4.6LのV8DOHCエンジンをねじ込んだ「アルピナ B8 4.6リムジン」。

それは「洗練」と「破天荒」、そして「永遠のバリュー」とが渾然一体となった、素晴らしい何かであった。
 

BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲E36型BMW 3シリーズのコンパクトなボディに、最高出力340psの4.6L V型8気筒エンジンを搭載したハイパフォーマンスセダン。量産車の3シリーズにV8エンジンが搭載された初のモデルだった

アルピナ。それはBMWをさらなる高みへとシフトさせる自動車メーカー

希少車ゆえ、メーカーと車自体に関するご説明から始めよう。

ご存じのとおりドイツのアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社は、BMWをベースとする独自の完成新車を製造している自動車メーカー。

ハイパワー&ハイパフォーマンスであるアルピナの各車だが、そのテイストは、同じハイパワー&ハイパフォーマンス車であるBMWのMモデルとはずいぶん異なる。Mが「ある意味、暴力的なパフォーマンス」を魅力とする車であるとするならば、アルピナは「洗練の極み」こそが最大の魅力となる。

足回りはあくまでもしなやかで、エンジンの回転感覚も「世界最上質の絹」のようにシルキー。インテリアの志向も、スポーティではあるのだが「レーシー」ではなく、どちらかといえば「エレガント」に寄っている。

こういったアルピナならではのマジックタッチを可能としているのは、「手作業による部分」がかなり多いからにほかならない。

ピストンなどの重量公差(基準値に対するばらつきの許容範囲)は、そもそもBMWの車も小さいわけだが、アルピナの場合はさらに上を行く「1/1000g」。ようするにほとんど公差ゼロのようなものだ。

そのように極めて精度の高い部品を使い、ブッフローエの工場で熟練技術者が1人で1基ずつのエンジンを責任をもって組み上げているがために、「洗練の極み」といえるマジックタッチが生まれているのだ。

しかし、そのようなこだわりをもって製造されているプロダクツであるため、アルピナ車は大量生産にはまったく向いていない。

そのためアルピナの年間生産台数は、ひと昔前は700~800台ほどでしかなく、最近であってもせいぜい1500台前後。ちなみに大量生産メーカーであるBMW社の年間生産台数は、年間200万台以上である。
 

BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲アルピナ B8 4.6の生産台数は、ごく少数作られたのクーペと合わせても200台強で、取材車両はシリアルナンバー060。日本に正規輸入された数はわずか33台だった

M60型V8エンジンを4.6Lに拡大して搭載

そして、そんなアルピナが1990年代、少数のみを製造した特異なモデルが、今回ご紹介する「アルピナ B8 4.6リムジン」だ。

E36こと4世代前のBMW 3シリーズに搭載されたエンジンは直列6気筒または4気筒であり、そのアルピナモデルも、同じく直列6気筒の3L級エンジンを搭載していた。まぁコンパクトな3シリーズゆえ、当然の話である。

しかし、普段は「洗練の極み」を目指し、実行しているアルピナ社が何を考えたのかは知らないが、B8 4.6リムジンには「4.6LのV型8気筒DOHCエンジン」が搭載されることになった。

BMW 5シリーズや7シリーズに搭載されていたM60型4L V8エンジンのボアとストロークを極限まで広げたうえで鍛造クランクシャフトや特製ピストンなどをぶち込んで4.6L化し、それをE36型のコンパクトなエンジンルームに押し込んだのである。

ちなみにその最高出力は340psで、トランスミッションはゲトラグ製の6MT。足回りの基本構造は直6のアルピナモデルであったB3 3.2と同一だが、さすがにスタビリティコントロールのASC+Tは専用のものに替えられている。

……と、そんな(ある意味)アルピナらしからぬ破天荒な思想とエンジンが、今となっては「可憐の極み」といえるサイズ感であるE36型3シリーズのボディに組み合わされたとき、生まれるのは「なんとも魅力的なアンバランス感」と「怒涛の超絶加速」だ。

この2点を「単なるアンバランス」「過剰な性能」と感じるのであれば、アルピナ B8 4.6リムジンという車をわざわざ選ぶ必要はない。

だが、その2点を「素晴らしい!」と感じるのであれば――さらに言えば、さすがに30台少々しか正規輸入されなかったという「超希少性」も魅力と感じるのであれば――この1996年式アルピナ B8 4.6リムジンは、貴殿にとってはこのうえなき素晴らしいお買い物となるだろう。
 

BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲搭載エンジンはBMWのM60B40型V8 4Lを4.6Lまでに拡大し、圧縮比も10.8:1まで高めたもので、最高出力340ps/5700rpmと最大トルク48.9kgm/3900rpmをマークする
BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲アルピナカラーのステッチが入った純正ステアリングホイールは、美しい状態に補修されている
BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲フロントシートは、新車時のオプション装備だったレカロ社製の電動タイプ

前回取材した16年前より価格はむしろ上がっている!

さらに、アルピナ B8 4.6リムジンという車は、ある種の永遠の命というか「永遠の価値」のようなものも、その身に宿している車だ。

つまり、人気の超希少車ゆえに価格がまったく下がらないのである。

実は筆者は今回の個体を16年ほど前にも、こちらの販売店「アウトグランツ」にて取材および試乗している。

16年前も、このB8 4.6の――さすがにややフロントヘビーではあるが――圧倒的な動力性能と圧倒的な存在感、そして中古車価格には度肝を抜かれた。

そしてあれから16年。アルピナブルーの1996年式B8 4.6リムジンは、16年の歳月と10万km以上の距離を重ねたことで、さぞかしボロく、さぞかしお安くなっているのだろうと思っていたのだが……まったく変わっていなかった。というか、車両価格はむしろ16年前よりも高くなっていた。

もちろん、16年前に取材した際のこの個体の走行距離は(記憶によれば)1万km台か2万km台だったため、そこから10.1万kmまでごく普通に16年間使用された車が、内外装ともに無傷であるはずがない。

そのため、16年後にアウトグランツに戻ってきたアルピナ B8 4.6はあちこちを補修され、ボディの再塗装も受けている。

しかし、きちんとした補修をすればおおむね元通りに戻るのが自動車というものであり、そういった補修を――大金をかけて――行うだけの価値を感じさせるのが、アルピナ B8 4.6リムジンのような希少名車である。

そして丁寧に補修されたB8 4.6は、補修されたことと、折りからの「ちょっと古い車ブーム」と相まって、16年前以上よりも高い金額を、そのプライスボードに掲げることになったのだ。
 

BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲ゲトラグ社製の6速マニュアルトランスミッション
BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲純正装着品である17インチの「アルピナ クラシックホイール」も、ご覧のとおりの状態にリペア済み
BMWアルピナ B8 4.6リムジン▲この16年間でボディの塗装は若干劣化してしまったため、今回の「出戻り」を機にアルピナブルーに再塗装された。写真ではストロボの関係で黒ずんでしまっているが、ヘッドライトユニットも「……新品か?」というぐらいの輝きを、洗浄によって取り戻している
 

で、もしもあなたがこちらのアルピナ B8 4.6リムジンを購入し、5年から10年ほど愛用した後に売却するとしても――またもや同じことが起こるはずなのだ。すなわち、あなたは高値でそれを売却でき、そして、それに然るべき補修が施されたのちに、また誰かの手に渡るのである。

もちろん、これをお読みのあなたが「一生B8 4.6に乗り続ける!」というのも、それはそれでかなりステキな選択だ。

だがいずれにせよ、この種の車には「永遠の命」のようなものが宿っている。

本気で永遠を欲する人は、ぜひ販売店に価格を確認してみてほしい。様々な事情により「ASK」となっているそのプライスは、16年前より高いとはいえ、この車の価値から考えるならば、まったくもって割高ではない。
 

文/伊達軍曹、写真/大子香山

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伊達軍曹

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。