S邸・3通りの世界観がバランスする家+玉造清之|EDGE HOUSE

施主夫妻のセンスが光る、手作り感覚のホビーハウス

海辺まで歩いて数分。海に魅せられたS夫妻の家は、純和風と南国風、そして巧みなヤレ感をもつガレージが共存。そこは心地よい風と暖かい光に満ちた、極上の空間であった

ビンテージ、純和風、南国風が心地よく絡み合う

取材日は東京都内で木枯らし1号が吹いた日で、冷え冷えとした日だった。ところが、訪れたS邸は季節外れの日差しに恵まれ、まるでそこだけ夏へと逆戻りしようとしているかのようだった。

目的のS邸は海辺から徒歩で数分の距離。もともとサーフィンやフラなど海が大好きなSさん夫妻が、ぜひ海の香りがする家を持ちたいとこの地を選んだという。ウッディな外観と、ガレージから顔を覗かせるS123型メルセデス、通称「イチニッサン」のコンビネーションは、まさに海沿いの生活をイメージさせるもの。見ているだけで、なにかワクワクする楽しそうな雰囲気を湛えている。ガレージ内に置かれているS123をはじめ、工具類などはすべて使い込まれた風合いを持っている。それらの「ヤレ感」が、このS邸のキャラクターと合致していることに、ガレージのさらに奥に足を踏み入れてから気付いた。

ガレージと住空間を結ぶ動線は、土蔵のような格子窓付きの扉で仕切られている。その先は、土間が広がり奥の庭へと続く。まるで京都の町家の「通り庭」を歩いているようだ。さらに掘りごたつを設えた和室、網戸を設えた庭に続く扉からは心地よい風が流れている。

ヴィンテージ感覚のガレージと、純和風の土間。これらのコンビネーションがS邸の特徴だと思いながら2階へ上がって驚いた。現れたのは自然光がたっぷり入る明るいリビングルーム。裸電球に照らされた長い土間から一転して、そこには、まぎれもなく南国の風が吹いていた。高い天井を生かしたロフトもあり、開放感はバツグン。広い窓はウッドデッキへと繋がり、周辺に高い建物がないことも幸いして、青い空へと直結しているような感覚だ。

S邸の大切なアクセントでありキーワードともなっている土間は、実は数台あるオートバイを庭に置くための動線として作られたもの。もともとSさんから依頼したものではなく、設計を担当した玉造清之さんが提案したプラン。当初は、土間の存在をイメージできなかったS夫妻だが、土間があるからこそ1階を静謐な純和風空間に仕上げることができた。必然的に1階は、古道具屋や古材屋で入手したアイテムで統一され、タイムスリップをしたような本格的な和空間となったというわけだ。

玉造さんは、湘南地区を中心に自然や趣味と調和した暮らしを目指す建築設計事務所「ソラシオ」の代表。とくに自然素材にこだわり、帰りたくなる家、懐かしさを感じられる家作りに定評がある。

そんな玉造さんとSさんとの出会いは、SさんがソラシオのHPを見つけて、玉造さんにメールを送ったのがキッカケ。

「ガレージ、自然素材、湘南…というキーワードで検索したらソラシオが出てきました」とSさん。自邸の設計を依頼する際の希望事項そのままで検索したというわけだ。そのメールを見た玉造さんは、「メールアドレスに3100という数字が入っていたので、この人は絶対にアメ車好きだ…と直感しました」

3100とは、1950年代のシボレー・ピックアップ。アメ車フリークの玉造さんらしい反応だが、その時点でこのお二人は共通の感性で繋がっていたのだろう。

「Sさんは、それまでにいろいろな建築家を回って打ちのめされていたので、当初は希望を言わなかったんですよ」

と、玉造さん。ビルトインガレージも広いリビングルームもすべて「もう少し予算があればねぇ」と断り続けられてきたSさんは、玉造さんに会った頃には心が折れかけていたらしい。

しかし、ガレージ内の壁を板張りにしたり、1階2階の壁を塗ったり、エントランスのタイルを敷き詰めたりという作業をSさん自身で行うことで、少しずつ夢が実現していくことがわかった。もちろん玉造さんも、建築費を抑えるための最大限の努力を惜しまなかった。やはり、湘南の海やヴィンテージものを愛するという共通の感性がみごとなコラボレーションを生んだのだろう。その結果、Sさんが希望する、ピットを備えるビルトインガレージ、広いリビングルーム、それに繋がる広いウッドデッキ、湘南に似合う佇まい…そんな素敵な家が誕生した。

間取り図|EDGE HOUSE

「S邸・3通りの世界観がバランスする家」
建築家:玉造清之

構造:木造 敷地面積:121.44㎡
建築面積:60.67㎡ 延床面積:120.07㎡
設計・施工:株式会社solasio
tel:0466-35-7770

文・菊谷 聡 text / KIKUTANI Satoshi
写真・茂呂幸正 photos /MORO Yoshitada

玄関|EDGE HOUSE

裏庭側から玄関方向を見る。まるで伝統ある町家のような佇まい。施主が古材屋で厳選した扉や家具が、みごとに組み合わされている

ガレージ|EDGE HOUSE

S123が鎮座するガレージは、多様なサイズのサーフボードやレストア中のモーターサイクル、キャンプ道具など趣味のアイテムで溢れている

リビングルーム|EDGE HOUSE

1階とはガラリとイメージが異なる2階。高い天井には大きな梁が巡り、白壁と自然木、そして観葉植物のバランスが南国風の空間を作り出す

1階和室|EDGE HOUSE

1階奥には掘りごたつを備える和室を設置。部屋の隅には焼酎の瓶が並べられ、まるで洒落た料理屋の個室のよう