▲筆者の個人所有車だった88年式シトロエン2CVチャールストン。当然エアコンもクーラーもなし。この車で最高気温34度のある日、ド観光地である湘南・鎌倉を目指してみました ▲筆者の個人所有車だった88年式シトロエン2CVチャールストン。当然エアコンもクーラーもなし。この車で最高気温34度のある日、ド観光地である湘南・鎌倉を目指してみました

噴き出る汗、霞む視界。これは本気でヤバいかも!

エンスーへの道を困難にするものの一つに「エアコン問題」がある。高尚な旧車イベントなどに行って「ほぉ、素敵な車にお乗りですなあ」と一目置いてもらえるような車は、大抵エアコンレスである。ということで、エンスーを志す者はいきおいエアコンレスな往年の名車をチェックし始めるが、同時に思うのは「ところで、もはや亜熱帯ともいえる日本の夏をエアコンなしの車で乗りきれるのだろうか?」ということだ。

もっともな不安である。30年前ならいざ知らず、ここ最近の日本の過酷な夏を下手にエンスー気取りで過ごそうとすると、悪くすれば熱中症などで命を落としかねない。ということで「エアコンレスな車で夏の渋滞にハマると人はどうなるのか?」ということを筆者があなたに代わって実際に確かめてみた。車は88年式のシトロエン2CVチャールストン。東京地方の最高気温が34度だった某日、湘南は鎌倉を目指した。

まずは都内の幹線道を走り、高速道路入り口を目指す。エアコンがないため信号待ちなどの際は当然クソ暑いが、かなりの微速であっても前進している限りは、前方のエアダクトやサイドウインドウから心地よい風が入ってくる。三角窓を採用していたBMW2002などもそうだが、昔の車というのは「自然風の取り込み性能」に関してだけは現代の車の追随を許さない。実験開始から5分でいきなり結論めいたことを書くのもアレだが、渋滞がほぼ皆無な地方ならば、エアコンレスなエンスー旧車でも十分に日本の夏を乗り切ることができるだろう。

▲微速であっても走ってさえいれば、前方の穴からナイスな風が入ってきて結構涼しいものです ▲微速であっても走ってさえいれば、前方の穴からナイスな風が入ってきて結構涼しいものです

逆に言うと、恒常的に渋滞が発生する地域ではかなりキツい。写真下は都内プチ渋滞の名所である環八・三本杉陸橋を渡る際のものだが、ここまでビタッと止まってしまうと、シトロエン2CVの意外と優秀な前方エアダクトもまったく役に立たない。車内は一瞬にして「……サウナか?」と言いたい状況になり、手元の温度計は約36度を指す。ほとんど体温並みの車内温度であり、ひたすら汗が噴き出る。

▲渋滞にはまり完全に止まってしまうと車内はいきなり蒸し風呂状態に…… ▲渋滞にはまり完全に止まってしまうと車内はいきなり蒸し風呂状態に……
▲このときの車内温度は手元のレトロな温度計によれば約36度。……暑い! ▲このときの車内温度は手元のレトロな温度計によれば約36度。……暑い!

とはいえ渋滞といっても数百メートルに過ぎないということと、出発から間もないゆえ気力・体力もまだ十分あるということで、三本杉陸橋のプチ渋滞は特に問題なく乗り切った(まぁ暑いは暑いですけどね)。そして第三京浜玉川ICから自動車専用道路に入ると、車内はもう快適そのものだ。窓全開のためうるさかったり周囲の排ガスが臭かったりするのには若干閉口するが、それでも、エアダクトとサイドウインドウから入ってくる程よい涼風は、田舎のおばあちゃんの家の縁側でスイカを食べていた幼少期を思い出させる。エアコンや扇風機の風とはまるで異なる「ナチュラル・ボーンな風の偉大さ」を改めて思い知ったテスターであった。

この快適な状態は、高速道路を降りて海沿いの一般道を走行する際に頂点に達する。左手から注がれるひんやりとした潮風と(海沿いの風って本当にひんやりとしているのだ! これは、基本的には窓を常時閉めている現代の車に乗っているとなかなか気づかないことだ)、磯の匂い、窓越しではなく生で拝む真っ青な空を感じながら自分好みの車でのんびり走るという行為は、まさに至福。「あぁ、生きてて良かった! 父よ、母よ、生きとし生けるものよ!!!」と、なぜか大げさな感慨が襲ってくる。

▲太陽の熱と海からの冷たい風が渾然一体となり、本気で気持ちイイですよ ▲太陽の熱と海からの冷たい風が渾然一体となり、本気で気持ちイイですよ

しかし至福の時というのは残念ながら長続きしないもので、主たる観光エリアに近づいた88年式シトロエン2CVチャールストンの車内は、次第に「地獄」と言いたいほどの様相を呈してくる。

ものの見事にビタッと止まった観光地渋滞のなかで車内温度はひたすら上がり、手元の温度計は約41度に。ドバイあたりのカラッと乾燥した41℃ではなく、鎌倉のジメジメッとした41度である。ドライバーの毛穴という毛穴から汗が噴き出し、思考能力も若干低下してくる。スポーツ飲料をガブ飲みするが、いくら飲んでも足りない。車をこの場に乗り捨ててエアコンの利いた特急電車で東京に帰りたくなる。が、そうもいかないのでひたすら耐える。タオルで全身の汗を拭く。スポーツ飲料をガブ飲みする。耐える。タオルで全身の汗を拭く。スポーツ飲料をガブ飲みする……という無限ループにいい加減嫌気がさした頃、やっと車列が動く。ダクトと窓から入る涼風で生き返ったが、すでに気力も体力も尽きたテスターは鎌倉見物をすることもなく、ほうほうの体で帰路を急いだ。

▲前方で何がどう詰まっているのか、観光地ではよくあるほぼ停止状態の渋滞がついに…… ▲前方で何がどう詰まっているのか、観光地ではよくあるほぼ停止状態の渋滞がついに……

▲車内温度は約41度に上昇。こうなると何も考えられず、頭が少々クラクラします ▲車内温度は約41度に上昇。こうなると何も考えられず、頭が少々クラクラします

途中申し上げたとおり、渋滞がないに等しいといえる地域ならば、シトロエン2CVやそれに準ずる車であっても、それ1台で日本の夏を乗り切ることは十分可能だ。もしもそういった地域にお住まいの人が2CV的な車を探しつつも逡巡しているのであれば、「大丈夫だから買っちゃいなさいよ!」と強く背中を押したい。しかし、「プチ」であっても渋滞が発生するエリアに住んでいるのであれば、それ1台での生活はほぼ無理と言いきって構わないだろう。…最悪の場合、熱中症で死んじゃいますよ。

ということでエンスーの夏は、エンスー車のほかにもう1台以上のエアコン付きフツー車と、その駐車場が絶対的に必要となる。そう考えると、エンスーへの道を困難にしているものの本質とは「エアコン問題」では決してなく、「財力の問題」と言えるのかもしれない。

▲取材当日、テスターが飲み干したスポーツ飲料のごく一部。実際はこの4倍ぐらい飲みました ▲取材当日、テスターが飲み干したスポーツ飲料のごく一部。実際はこの4倍ぐらい飲みました
text/伊達軍曹