ジキルとハイドのような二面性をもったスーパーカー

思い起こせば2003年の東京モーターショーにコンセプトカー、「アウディ ルマンクワトロ」がやって来たときのこと。その車は、フルLEDヘッドランプなどいくつかの部分で非現実的だったけれども、結局、ほぼそのままのカタチで翌年、正式デビューを果たしている。ご存じ、アウディR8だ。ただし、生産モデルには、ルマンクワトロと大きく違う点があった。それは、エンジン。コンセプトカーのエンジンはV10であるとの説明があったが、生産モデルに積まれたのはV8。

傘下のランボルギーニによる新型車ガヤルドが登場したのも2003年。こちらが先にV10を積んだ。R8に積むことも前提としていたはずだが、ブランドの位置づけの問題か、はたまた直噴化のスケジュールが間に合わなかったか。結果として、420psのV8を積む。もちろん、リアルスポーツカーとしてV8の意義は大きい。ミッドに積むわけだから、バランスなどを考えるとそちらのほうがいいという考え方もある。実際、V8でも性能的には十分だったし、猛りのなさが妙にアウディらしいスーパーカーという特徴さえ得た。けれども!スーパーカーとして受け入れるには、物足りないエンジンフィールであったことも事実。

今回のV10搭載によって明らかになったのは、やはりR8はそもそもV10を積むように設計されていたということだ。その証拠に、ボディ回りには一切、手を加えていないという。ただ、8気筒から10気筒へと積み替えたのだ。基本、ランボルギーニガヤルドLP560-4由来の、525psデチューン版直噴V10がすっぽり収まっている(まだ少し余裕もあった)。結果、R8 5.2FSIは、前期型ガヤルド(520ps)を上回るパフォーマンスを見せる。0→100km/h加速、なんと4秒切りの3.9秒。ガヤルドは、4秒だった(ちなみにLP560-4は560psで3.7秒だから、ヒエラルキーは保たれた)。

というわけで、ついに“本当のR8”が降臨、スペインはマルベッラで開催された試乗会に参加した。マラガに近く、スペインでも有数のリゾートだが、建設中のヴィラやリゾートマンションがそのまま放置されていたり、大通り沿いのホテルやレストラン、別荘が売りに出ていたりと、不況の波が押し寄せている。リーマンショック以降、アメリカやイギリスの資本がさーっと引き上げたためらしい。

そんな中でのR8。いささかKYな気分だけれども、エンジン音を聞けば沈んだ気持ちも消え去って、がぜんヤル気満々に。そうそう、こういう感じがスーパーカーには必要なんだ。百年に一度の不況だろうが、離婚の危機だろうが、すべて俗世を忘れさせ、瞬時に人を前向きにしてくれる力。それをエンジンの音一発で感じさせてくれる車こそが、スーパーカーなのだと思う。

ゆっくり走っている分には、フツーのアウディ気分でいられる。ランボルギーニやフェラーリのように、不用意かつ不必要にドライバーを煽ったりしない。熱くなることを決めるのは、あくまでもドライバー。そういう長所は、V8から引き継いでいる。ところが。ひとたびドライバーが心のスイッチを戦闘モードに切り替えたなら、V10を得たR8は一流スーパーカーの本性を見せる。爆音(ただし、V10らしく少しこもった音だ。しかも、外で聞くほうが格段に素晴らしい!)とクワトロシステム(といってもトルセン式ではなくビスカス式、つまりはランボルギー二方式)のトラクションをともなって、猛烈な加速を見せる。

やっとスーパーカーらしいスリルが出てきた、という感じ。“このまま踏み続けるとマジでヤバいよ”という感覚がスーパーカーなのだ。V8では、その感覚が薄かった。前足のさばきもなかなかしなやかで、自然な動きを見せた。アシはマグネティックライドで、基本的に固められているが、アタリが素直なぶん、むしろ気分のいいライドフィールである。その確実な手応えゆえ、どんどん攻め込んでいっても扱いやすいという印象が変わらない。サーキットに試乗の舞台を移しても同じ。よくできた電子制御システムのおかげで、ぶざまなスピンも起こらない。けれども、十分に速く、ドライバーをきっちり楽しませてくれる。

タウンユースからサーキットまで。そのコンセプト自体はV8にも共通するものだが、そこにエンジンによる官能性能が加わった。おそらく、日本では2000万円を超える価格になりそうだが、その差額を払う価値は十分にある。

今回登場した車、メーカーたち

アウディR8

V8モデルの価格は下落傾向にあるがタマ数は少ない

ライバルの車たち

ランボルギーニガヤルド

1000万円強で狙える初期モデルはコストパフォーマンス高

フェラーリF430

不況の煽りを受けて相場は若干下がったものの、依然高値安定

アストンマーティンDB9

一時期のアストンマーティンブームが落ち着き、中古車相場も小康状態

ポルシェ911

NAモデルの普及でスペシャル感は薄れたが、ターボモデルは永遠のヒーロー

フォトコレクション

写真:目力がさらに増している|試乗by西川淳

目力がさらに増している

スワロフスキーのようなヘッドライト内LEDも、目立ちたがり屋を刺激する。その数、一挙に倍の24個。しかも、ヘッドライトもフルLED。パッシングには相当威力を発揮するらしい

写真:細かいところに変更が加わった|試乗by西川淳

細かいところに変更が加わった

後ろから見ても、かなり雰囲気が異なる。LEDライト下がハイグロスブラック仕立てとなって、左右がつながった。ガヤルドとの血縁さえ感じてしまう。エンドパイプは楕円に

写真:2シーターだが十分な居住性|試乗by西川淳

2シーターだが十分な居住性

V10エンジンが低く猛々しくアイドリングしている。掛かった瞬間の音は相当にでかい。ただし、キャビンに入ってドアを閉めれば、それほどうるさくはない。アウディらしさ、である

写真:V8オーナーからは羨望の眼差し|試乗by西川淳

V8オーナーからは羨望の眼差し

インパネ回りで大きな変更は加えられていない。あえて言うならタコメーター内に「V10」と記されていることぐらいだろう。快適で獰猛なスーパーカーに仕上がっている

写真:コンセプトカーがようやく現実化|試乗by西川淳

コンセプトカーがようやく現実化

今回のV10搭載によって明らかになったのは、やはりR8はそもそもV10を積むように設計されていたということ。補器類は変わっているが、エンジンベイのスペースには余裕アリ

Report / 西川 淳