スズキ マイティボーイ▲ネオクラシックやヤングタイマーと呼ばれて、近年注目が集まる80~90年代車。ただ、その中でも「軽自動車」、しかもこんな荷台付きの「ピックアップ」だったら、相当ハズしが利いてません?

All or Nothingじゃツマラナイ!

日曜日、郊外の大きなショッピングモールに行くと、駐車場の一角に電気自動車用の充電スタンドが設えてあって、青いBMW i3と黄色いHonda eが仲良く並んで充電中だった。

やがては、駐車場のほとんどで充電できるようになるのだろう。

そうした車会(しゃかい)の変化を、もちろん否定するつもりはないけど、右も左も電気自動車になってしまったら面白くないなぁ、とは思う。

豊かさとは、選択の幅の広さなり。電気で走る車もあれば、ガソリンで走る車もある……多様化の時代に、All or Nothingじゃツマラナイ!

似たようなデザインの新型車が増える中で、車選びの選択肢を広げてくれるのが中古車だ。自動車は時代を映し出す鏡だから、ふり返ればそれぞれの時代に存在した個性的な車と出合うことができる。

もちろん、走行性能を新型車と比べたら見劣りはする。だけど、スペックでは語れない“味わい”という性能が中古車にはある。そして、その性能は時代をさかのぼるほどに、どんどん濃くなっていくようだ。
 

スズキ マイティボーイ
スズキ マイティボーイ

イカしていれば、実用性なんて……

1980年代に、スズキ マイティボーイという軽自動車が存在したのをご存じだろうか?

ベースとなったのは、かわいらしさで女性に人気があった4人乗りのセルボ。そのセルボのBピラーから後ろの屋根を切り取って荷台を設えて、強引に2人乗りのピックアップトラック風に仕立てたのが、マイティボーイである。

発想の源は、60~70年代にアメリカで人気を博した2ドアピックアップスタイルのシボレー エルカミーノあたりだと推測するが、あちらはV8エンジン搭載で全長5m超。つまり実用的でありながら、速くてイカしたトラックだった。

一方、われらがスズキのマイティボーイは550ccで28馬力、全長は3m。荷台の長さは66cmしかない(普通車のトランクの方が、まだ広い!)。つまり、まったく実用的ではなく速くもなかった……。

だけど、イカしてはいた。

キャッチコピーは「スズキのマー坊とでも呼んでくれ!」

イカしてさえいれば、実用性なんて二の次だ……時は80年代、バブル景気前夜。まさに自動車は時代を映し出す鏡である。
 

スズキ マイティボーイ▲奥行きが66cmしかない荷台。アタッシュケースを置いてみたけど、これなら車内にだって置けるし……。サーフボードを立てて海に行ったらモテそうだ
スズキ マイティボーイ▲ユニークな和製エルカミーノのホイールベースは2150mm。サーフボードを積んだら、まるでチョロQみたい、と子供たちにもモテるだろう

スズキのマー坊とでも呼んでくれ!

ちなみに、マイティボーイの新車時の販売価格は45万円。こんなピックアップ(?)、世界中を見渡しても存在しないだろう。もちろん、この先にも。だからこそ今、乗ってみたい。利便性やら効率ばかりが重要視される時代には、非実用的だからこそ贅沢なのだ。

つまりは、スーパーカーみたいなもんで。

30年前のマイティボーイでロングドライブとなると、さすがに現実的とは言い難いかもしれない。だけど、例えば都心を走り回るシティコミューターだと割り切れば、28馬力しかなくたって、荷台が66cmしかなくたって別に困ることはない。

シートの後ろには子供が横向きに座れるくらいのスペースがあるから、じつは荷物の置き場に困ることもない(となると、ますます荷台の存在理由が不明になるけど)。

むしろ、5MTを駆使しながら小さなエンジンをブン回して走れば、今どきの車では味わえない痛快な楽しさがある。ミニマムなボディサイズもいい。なによりも街中で注目の的だから、思わず窓を下ろして叫びたくもなる……。

スズキのマー坊とでも呼んでくれ!

故障が心配? 昭和の時代のわが国の工業製品をバカにしてはいけない。取材車両のようにきちんと整備されていれば、30年たった今でも、まだまだ元気いっぱいに走り回ってくれる。老け込んだのは乗り手の方だ。
 

スズキ マイティボーイ▲排気量543ccの直列3気筒 SOHCエンジン(28ps/6400rpm)。ちなみにボディサイズは全長3195mm×全幅1395mm(車両重量520kg)
スズキ マイティボーイ▲シートの後ろに広いラゲージスペースがあるので、荷物の置き場に困ることはない。マイティボーイで唯一(?)の実用的な装備である

モノづくりの鼓動を絶やすことなく……

じつは最初にマイティボーイと対面したとき、エンジンをモーターに換装してコンバートEVに仕立てたら面白いんじゃないか、と思った。使い道のない荷台もバッテリーを積み込むにはちょうどいいんじゃないか、と。

だけど、マイティボーイのボンネットを開けて、小さなエンジンがトクントクンとけなげに鼓動しているのを見て、その音を聴いて、そんなアイデアは消えた。

電動へとコンバートすれば、古い車に新たな生命を与えて乗り続けることができる。それもひとつの方法だろう。しかし同時に、この国のモノづくりの鼓動を絶やすことなく大切に時を重ねていくのも、また価値のあることだろうと思う。

なによりも、エンジンは楽しいから。

ショッピングモールに行くと、充電スタンドに電気自動車が並んでいる。その反対側には、小さなマイティボーイがちょこんと座っている……。

そんな、豊かな駐車場がいいな。
 

スズキ マイティボーイ▲くたびれていた純正シートは張り替え済み。まるでスナックのスツールみたいな色合いが、きっと昭和生まれには懐かしく、たぶん平成生まれには新鮮(?)なはずである
スズキ マイティボーイ▲マイティボーイのベースとなったセルボの純正ステアリング(ターボ用)を移植。5MTを操って街中を走り回れば、楽しさは280馬力のスポーツカーにだって負けない。28馬力しかないけど……

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スズキ マイティボーイ×全国
文/夢野忠則 写真/阿部昌也
夢野忠則

ライター

夢野忠則

自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は2008年式トヨタ プロボックスのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。