ferrari

感性を震わす多くのスーパーカーを作る会社も、もちろん山あり谷ありのドラマティックな道を歩んできた。買収、経営者交代、資金不足、リコール問題。そして、現在も絶え間なく状況は変わり続けている。まさに、波乱万丈なスーパーカーメーカーの「今」を自動車ライター古賀貴司氏が分析。

今回は、フィアット傘下のフェラーリに立ち始めたCEO交代の波について解説する。
 

唐突なCEO変更や有力候補がリストから消えるなど、混乱の数年間

2018年7月、フェラーリのCEO(フィアット・クライスラーCEO兼務)を務めていたセルジオ・マルキオンネが急死したことを受けて、フィリップモリスの会長で2015年から取締役だった、ルイス・カミレッリがCEOに着任した。そんなカミレッリ氏だが、昨年12月半ばにフェラーリ社のCEO職、フィリップモリス社の会長職から退く、と唐突に発表した。

カミレッリ氏は、どうやら最近新型コロナウィルス(COVID19)に感染し、一時は入院するも容体は安定し自宅療養中だったという。新型コロナウィルス感染は辞職理由ではなく、あくまでも「一身上の都合」とのことだった……。次のフェラーリCEOが見つかるまで当面、同社の会長であるジョン・エルカンが兼任することが明らかになった。

ジョン・エルカンは、端的に言うとフィアット社創業一族でフィアット・クライスラー(現、ステランティス)会長も兼任。そしてフェラーリ社、ステランティス社の他、エコノミスト社(有名経済雑誌「ECONOMIST」の版元)、ユベントスFC(サッカーチーム)、CNHインダストリアル(トラックメーカーのIVECO、シュタイヤー・トラクター社などを所有)などの大株主であるEXOR社(ジョン・エルカンを含む家族の資産管理会社)の会長兼CEOでもある。さらに、EXOR社筆頭株主であるジョヴァンニ・アニエッリB.V社(EXOR社と同じくジョン・エルカンを含む家族の資産管理会社)のCEOでもあるのだ。
 

ferrari▲前CEOであるルイス・カミレッリ。元会長を務めていたフィリップモリス社はタバコブランドのマールボロで有名。これはフェラーリのF1マシンとも深い関係にあった
ferrari▲今年で45歳となるジョン・エルカン。フィアットCEO就任には34歳と、同社の歴史上最年少での会長就任だった
ferrari▲こちらは2020年時点での「取締役および監査役のリスト」。ルイス・カミレッリは代表取締役および業務執行役員となっている

既存のフェラーリ社取締役からCEO候補はいないものか、とちょっと気になったのでフェラーリ社の有価証券報告書を眺めてみることにした。すると、明らかになったのは実に華やかな面々であった。

まず、フェラーリ社の副会長・社外取締役を務めるのはエンツォ・フェラーリの息子、ピエロ・フェラーリ。フェラーリ社の株式10.23%を保有し、万が一株式を売却する際はEXOR社が優先購入権を持っている。面白かったのはフェラーリF1チームへ部品供給を行うCOXA社の会長職に就いているだけでなく、フェラーリ社に技術コンサルティングを行うHPE社の大株主でもある、ということ。また、イタリアの老舗ボートメーカー、フェレッティの副社長で、13.2%の株式を保有している。

“オーナー系”で輝かしいのはLVMH(ルイヴィトン・モエヘネシー)の副社長を務める、デルフィーネ・アルノー(LVMH大株主一族)やジャーディン・マセソン・グループ(HSBC銀行創設メンバー、マンダリン・オリエンタル・ホテル所有など)の創業一族、アダム・ケズウィックらが取締役として名を連ねていることだろう。正真正銘の華麗なる一族だ……。

もちろん非オーナー系も華やかで、アップルのインターネット・ソフトウエア・サービス担当上級副社長のエディ・キュー、シャネルのCOOジョン・ギャランティック、イヴ・サンローランCEOフランチェスカ・ベレッティーニ、現存する中で世界最古の歴史を持つモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行(モンテパスキ銀行)の会長、マリア・パトリツィア・グリエコ(元オリヴェッティCEO、NTT DATAが買収したバリュー・チーム元CEOなどを歴任)など豪華絢爛な顔ぶれ。
 

ferrari▲ピエロ・ラルディ・フェラーリ。F50の企画を立ち上げた人物でもあり1988年のエンツォ死後、役員となるなどフェラーリとの関係は深い

気になったのは、近い将来フェラーリ社のCEOになるのではないか、ともてはやされたラポ・エルカンの名前がいつの間にか取締役から消えていたことだ……。

ラポ・エルカンはジョン・エルカンの弟で、2001年からヘンリー・キッシンジャー(アメリカの元国務長官)の秘書を務めた後、フェラーリとマセラティのマーケティング部で下積み。2003年からはフィアットのマーケティング・ディレクターとして、プントや500の発表で頭角を現した。だが、2005年にはコカインの乱用疑惑が持ち上がった頃にフィアット社を退職。

ラポ・エルカンはアニエッリ家の御曹司という顔だけでなく、イタリアを代表するファッショニスタの一人として認知されていたが、いつしか“お騒がせセレブリティ”として紙面をにぎわす機会が増えたのは事実。だが、転んでもただでは起きなかった。

2007年には「イタリア・インディペンデント」というメガネ&サングラス・メーカーを仲間2人と設立し、傘下に「インディペンデント・アイディア」という広告代理店も立ち上げた。そして、2013年にはイタリア証券取引所に上場まで果たしている。

そうこうしているうちに、ラポ・エルカンはフェラーリの「テイラーメイド」プログラムでアドバイザーとして登場し、デニム生地のシートをまとった599の発表で脚光を浴びた。そして、2016年4月からはフェラーリの取締役の一員として名を連ねていた。

ついにお騒がせセレブが更生したかと思いきや、同年11月にアメリカで誘拐されたと嘘をつき家族に1万ドル(たった!?)支払うよう電話し逮捕(後に嫌疑不十分で釈放)。そんな事件があっても、ラポ・エルカンは2017年、2018年と各年度末まで取締役の責務を全うした。

気になるのは2019年4月12日(つまりは任期を満了することなく)、かつてのCEOであるアメデオ・フェリーザとともに退任していることだ。じっくり有価証券報告書を読み込むまで知らなかったし、何があったのかまったくニュースになっていない。破天荒ではあるものの、注目度の高いセレブリティが率いるフェラーリ、見てみたいという思いが募るばかり……。
 

ferrari▲青いスーツを身にまとっている左の人物がラポ・エルカン。レース会場にも顔を出すことがしばしばあり、2011年をピークに各種メディアでは次期CEOと噂されていた
ferrari▲2016年の役員報酬のリスト。ラポ・エルカンは社外取締役として名を連ねている
ferrari▲2019年の役員報酬のリスト。赤線を引いた部分には「ラポ・エルカン氏とアメデオ・フェリーザ氏は、2019年1月1日から同年4月12日まで社外取締役でした」と記載されている
文/古賀貴司(自動車王国)、写真/フェラーリ