▲野球場で投手をブルペンからマウンドへ送迎する「リリーフカー」。この度(けっこう無理を言って)このリリーフカーに“試乗”をすることが叶った▲野球場で投手をブルペンからマウンドへ送迎する「リリーフカー」。この度(けっこう無理を言って)このリリーフカーに“試乗”をすることが叶った

リリーフカーに乗ってみたい!

我々は「リリーフカー」についてあまりにも無知である。

リリーフカーとは、プロ野球の試合において救援投手(リリーフ投手)が出てくる際、ブルペン(投球練習場)からマウンド近くまで、その投手を乗せて走る車のことだ。以前はあちこちの球場で使われていたが、最近は数えるほどのスタジアムでしか使用されていないと聞く。

アレはそもそもどういう構造になっているのか? チューニング(あるいは性能を抑えるデチューン)はされているのか? ドライブフィールは? 後席の乗り心地は?

それらについて、自分は何ひとつ知らない。

そんなことでは自動車メディア人として、そして野球ファンとしても失格だと思い、自分は神奈川県の横浜スタジアムに飛んだ。同スタジアムがリリーフカーとして使用している現行型日産 リーフに、特別に試乗させてもらうためである。

スタジアムで落ち合った日産自動車の担当者や株式会社横浜DeNAベイスターズの担当者とのごあいさつもそこそこに、さっそく「ブツ」を見せてもらう。

▲左が株式会社横浜DeNAベイスターズ事業本部 営業部の関根一途さん、右が日産自動車 日本マーケティング本部の笹瀬園子さん ▲左が株式会社横浜DeNAベイスターズ事業本部 営業部の関根一途さん、右が日産自動車 日本マーケティング本部の笹瀬園子さん
▲こちらがリーフのリリーフカー(ダジャレではない) ▲こちらがリーフのリリーフカー(ダジャレではない)

……これか。これが、白熱しまくっている9回表とかに、横浜DeNAベイスターズの守護神(絶対的な救援投手)である山崎康晃選手を乗せて走っている、あの日産 リーフか! (「崎」の本来の漢字は「立」の方のサキなのだが、機種依存文字のため本記事では「崎」となることをお許し願いたい)

山崎投手らを乗せるための日産 リーフは、右翼側ポールの右奥に位置する「ブルペン」内に常時駐車されている。

▲この奥がブルペンでリリーフカーが駐車してある ▲この奥がブルペンでリリーフカーが駐車してある

「当社は横浜DeNAベイスターズさんと同じくここ横浜を拠点としており、リーフのバッテリーは横浜で、車両は横須賀で生産しております。そしてここ横浜にはDeNAベイスターズさんのホーム球場である横浜スタジアムがあり、横須賀にはファーム球場があります。

そんなこんなで非常に共通点が多い弊社とDeNAベイスターズさんですので、『ここヨコハマから、ともに“頂点”を目指しましょう!』という意味合いで、車両提供等のサポートをさせていただいております」

そう教えてくれたのは日産自動車 日本マーケティング本部の笹瀬園子さん。なるほど。そして笹瀬さんいわく、数ある日産車のなかでもリーフが選ばれた理由は「揺れが少なくて静粛性も高く(=投手に負担を与えない)、排気ガスが出ない(=選手にも観客にもやさしい)から」だという。

確かに、考えてみればリーフ以上にリリーフカーに適している日産車はないだろう。GT-Rで登場するのもカッコいいが、その場合は乗り降りがちょっと大変そうだ。

というかコレ、車体の構造やチューニングはどうなっているのだろうか?

「屋根とボディ左側面をカットし、後席の高さをググッと持ち上げているというのはありますが、モーターや足回り、運転席まわりなどは市販バージョンそのままです」

Photo:篠原晃一

なるほど、ではプロパイロットも付いているのですね?

「はい。ベース車はプロパイロット搭載の「Gグレード」です。高速道路のような白線があればマウンドまでプロパイロットで行けますよ(笑)。まあグラウンドに白線を書くわけにもいかないので、プロパイロットは使ってませんが……」

そう言われて見てみると、タイヤも純正装着のダンロップ エナセーブがそのまま付いている。……人工芝上でのグリップ性能に問題はないのだろうか? などの疑問も抱きつつ、いよいよ試乗に移ろう。まずは「リリーフカーを運転する立場」としての試乗だ。

ブルペン脇で待機中のリーフに乗り込んでイグニッションをONにし、セレクターを「D」に入れる。そして鮮やかな緑がまぶしい人工芝のグラウンドに乗り入れる。ちなみに後席に座って撮影中のカメラマンが、ヤマサキヤスアキだと思い込むことにする。

Photo:篠原晃一

リーフは発進直後から極太トルクを発生できるEVであり、それをデチューンしないままリリーフカーに起用しているため、その気になればグワッと強烈な加速をすることも可能だ。しかしもちろん「大切な救援投手にストレスを与えるわけにはいかない!」という感じで慎重に、そろりそろりとアクセルペダルを踏む。

だがそのあたりの制御は日産リーフの得意とするところであるため、あくまでしっとりとスムーズに、10~20km/hほどでリーフはごくフラットに進んでいく。日産の笹瀬さんが先ほど言っていたとおり、これは確かに揺れが少ない。この盤石なライドフィールであれば、これから試合に入っていく救援投手の集中を邪魔することもないだろう。

ちなみに横浜DeNAベイスターズの関根さんによれば、山崎投手は「リーフはエンジン音がなくて静かだから、ブルペンからマウンドまでの移動中にお客さんからの声援がとってもよく聴こえて、気持ちが高ぶる」とおっしゃっているそうだ。ヤマサキヤスアキの好投の陰にリーフあり……なのかもしれない。

10~20km/hほどでの低速走行を試した後、外野エリアにて30~40km/hほどでの定常円旋回なども試してみた。

後席の高いところにカメラマンを乗せていて、なおかつ車両の左側面はぶった切られているため重量バランスは崩れていると思うのだが、そこでもリリーフカーの挙動は盤石だった。そして純正エナセーブの人工芝上でのグリップも、少なくともその速度域まではノープロブレムであった。

Photo:篠原晃一
Photo:篠原晃一

では最後に、誠に僭越ながら「救援投手の立場での試乗」に臨んでみよう。つまり、栄えあるリリーフカーの後部座席に座り、栄えあるハマスタのマウンドへと向かうのだ。すみません。

横浜DeNAベイスターズのレプリカユニフォームは持っていないため、失礼ながら自前の草野球用ユニフォームを着込み、これまた自前のグローブを左手にはめ、ブルペンで待機する。すると内線電話で出番が告げられ(と、脳内でイメージし)、勇んでリリーフカーの後席に乗り込む。

Photo:篠原晃一
Photo:篠原晃一
Photo:篠原晃一
Photo:篠原晃一

※ブルペン内での様子をフィールド上で再現しています

同僚である救援投手らからの拍手を受けながら(これはカーセンサー編集部の人たちが実際に拍手してくれた)グラウンドへと続く扉を抜け、マウンド付近へと進む。

そして……この視界は強烈すぎる!

Photo:篠原晃一

リリーフカーの日産 リーフは、後席に座る救援投手の姿が観客からよく見えるよう、かなりかさ上げされた位置にある。そのため、目論見どおりお客さんから救援投手の勇姿がよく見えるわけだが、それは逆に言えば「乗ってる人間からも、お客さんがよ~く見える」ということを意味している。

通常のオープンカーの後席の、イメージとしては1.5倍か1.8倍ぐらい高い位置に座り、大観衆の視線を一身にあびる救援投手。ハマスタに集まる大勢のDeNAベイスターズファンからは「頑張れ!」「頼んだぞ!」「神様仏様ヤスアキ様!」のようなエナジーが強烈に集中するのだろう。嬉しいが、それはそれでプレッシャーである。

そして、相手チームのファンからは、遠いレフトスタンドからではあるものの「……打たれろ」「……たまには失投しろ!」的な怨念のエナジーが飛んでくるのだ。たぶん。

そんな状況のど真ん中で日産 リーフのかさ上げされた後席に座る男の胸中とは、果たしていかなるものなのだろうか?

「よし、やってやるぞ!」と心を昂ぶらせているのか。

それとも「……やべえ、ハラ痛くなってきたかも」とビビっているのか。

あるいは「はい、今日も仕事ですね」とばかりに淡々と構えているのか。

一介の素人である自分には、そのあたりの正確なところなどわかるはずがない。

ただプロ野球の一軍選手とは、そして「ここぞ」という場面で出てくる救援投手とは、常人とは異なる強じんな精神でもって超絶ハードな「仕事」をこなしている超人なのだということ。

それだけは、日産 リーフのリリーフカー試乗を通じてよ~くわかったのであった。

▲ちなみに、計算上では1シーズンを無充電でこなせるそうだ(一充電走行距離322km/WLTCモード)▲ちなみに、計算上では1シーズンを無充電でこなせるそうだ(一充電走行距離322km/WLTCモード)
▲運転手のシートベルト装着のため残っているBピラーにはLEDが。このスタイルが出来上がるまでには、設計部とデザイン部が試行錯誤を重ねたそうだ▲運転手のシートベルト装着のため残っているBピラーにはLEDが。このスタイルが出来上がるまでには、設計部とデザイン部が試行錯誤を重ねたそうだ
Photo:篠原晃一
文/伊達軍曹、写真/篠原晃一


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伊達軍曹(だてぐんそう)

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。