▲数年前、雑誌「カーセンサーEDGE」取材時に撮影したゴルフカブリオ クラシックライン。運転手は筆者 ▲数年前、雑誌「カーセンサーEDGE」取材時に撮影したゴルフカブリオ クラシックライン。運転手は筆者

なんでもかんでも「新しく建て替えりゃいい」というものではない

話の展開上必要なため、いきなりの私事三連発をお許しいただきたい。筆者はプロ野球の東京ヤクルトスワローズを愛し、またその本拠地である明治神宮野球場(通称・神宮球場)そのものを愛している。神宮球場は1926年竣工の老朽化が進んだスタジアムだが、何というかこう風情があって、非常にステキなスタジアムだ。が、東京五輪のメイン会場となる国立競技場の建て替え計画を契機に、現在の神宮球場は2025年度末までに建て替えられてしまう見通しが強まっている。

また筆者が暮らす街から比較的近い「武蔵小山」の商店街も、ある種の下町情緒あふれるエリアとして非常に人気が高い。しかしそのなかの「パルム駅前地区」(筆者注:戦後闇市の雰囲気を今に残す一角)は、東京都都市整備局によれば「老朽化した木造の建物が密集する市街地となっており、防災性の向上が求められている。(中略)このため、大規模な敷地の統合を図り、土地の高度利用を行うことにより、品川区の西の玄関口・荏原地区の中心核にふさわしい魅力ある複合市街地の整備を行う」ということで、高層ビルを中心としたよくある感じのエリアに生まれ変わることになった。

またさらに言えば、筆者が数年前まで暮らしていた東京都世田谷区の下北沢駅周辺も、いわゆる連続立体交差事業をきっかけとする再開発が進み、筆者が愛した闇市的な一角はとうの昔になくなっている。

大変残念なことである。

▲神宮球場に隣接する室内練習場。試合前、この練習場を出たスワローズの選手たちはフツーに観客の目の前を通って球場入りする。このユルさが神宮の魅力の一つであり、そういった部分こそを愛しているのだが…… ▲神宮球場に隣接する室内練習場。試合前、この練習場を出たスワローズの選手たちはフツーに観客の目の前を通って球場入りする。このユルさが神宮の魅力の一つであり、そういった部分こそを愛しているのだが……

いやもちろん、防災等々の観点から、古いモノがいつまでも古いままでいるわけにもいかないことは理解している。しかし自然発生的に生まれた街並みや古い建造物というのは、当然だが、一度壊してしまうともう二度と元には戻らないものなのだ。非常にデリケートな「生物」であり、「宝物」なのだ。

政治的、行政的な議論をここで行うつもりはないが、100年以上前に建てられた野球場である「フェンウェイ・パーク」や「リグレー・フィールド」がいまだ現役で、なおかつ地域の人々に愛されまくっている米国MLBや、あるいはパリ中心部の街並みなどから学ぶべき点は多いはずだ。我々日本人はなんでもかんでも建て替えすぎるのではないかと、個人的には思う。

▲米国MLBボストン・レッドソックスの本拠地「フェンウェイ・パーク」。今から103年前の1912年完成。「観客席が狭い」「視界を遮る柱がある」「そもそも左翼側と右翼側で広さが違う」など様々な問題はあるが、それを含む独特の雰囲気と伝統を熱烈に支持するボストン市民は多いという(撮影=Jared Vincent) ▲米国MLBボストン・レッドソックスの本拠地「フェンウェイ・パーク」。今から103年前の1912年完成。「観客席が狭い」「視界を遮る柱がある」「そもそも左翼側と右翼側で広さが違う」など様々な問題はあるが、それを含む独特の雰囲気と伝統を熱烈に支持するボストン市民は多いという(撮影=Jared Vincent)

まぁ上記は難しい問題であり、筆者個人では正直どうすることもできない。しかし「いち車好き」としては、多少古いけれども残せるもの、残すべきモデルは積極的に後世に残したいと考えている。

ではどんな車が「残すべき車」なのかというと、候補は様々だが、主には自動車の「モジュール生産」が本格化する以前の、90年代半ば頃までのモデルとなるはずだ。

モジュール生産というのは、部品メーカーがモジュール部品(複合部品)をあらかじめ組み上げ、それを最終製品に組み入れる生産方法のこと。そのため生産効率は非常に上がるが、いざどこかの部品を修理のため交換しようとすると、その部品がけっこうな「複合部品」であるため、話が非常に大げさになってしまうのだ。極端な話、本当に替えたいのはとある箇所の歯車1個だけなのに、そこを替えようとすると周辺のパーツを含むモジュール部品をまるっと一式替えなければない……ということ。当然、歯車1個を替えるよりも高額な部品代がかかることになる。それゆえモジュール生産が本格化して以降の車は、「コツコツ修理しながら長~く乗る」というスタイルには(基本的には)不向きなのである。

で、「モジュール生産が本格化する以前のモデル」といっても幅が広すぎて、雲をつかむような話になってしまうわけだが、例えば初代フォルクスワーゲン ゴルフカブリオの「クラシックライン」と「1.8」はワン・オブ・ベストといえるだろう。

▲電動ソフトトップなどが採用された初代ゴルフカブリオの最終型。写真は北米仕様(北米では初代と5代目はゴルフではなくラビットという車名で販売された) ▲電動ソフトトップなどが採用された初代ゴルフカブリオの最終型。写真は北米仕様(北米では初代と5代目はゴルフではなくラビットという車名で販売された)

本当の初代ゴルフカブリオレはさすがに超絶クラシックの領域であり、そもそも今やほとんど流通していないが、94年まで販売されたカブリオ1.8とクラシックラインであれば、2015年の今でも十分以上にフツーに機能する。しかしそれでいて大昔の車であることは間違いないため、その感触はまさに「走るアコースティックギター(アコギ)」だ。

アコギのようにシンプルな構造ゆえ修理しやすく、アコギのようなシンプルな味わいであるため飽きずに長く乗れ、上等なヴィンテージアコギのように素敵なビジュアルを備えている。クラシカルでナチュラルなものを愛する人であれば絶対にハマること間違いなしの、本当に最高の1台なのだ。3速ATなので少々やかましいが、それも「アコギの倍音」と思えばどうということもない。

しかしこれも放っておけば、一部マニアが永久保有する以外の個体はそのうち消滅してしまうことだろう。現在の神宮球場や武蔵小山、下北沢の街並みのように。そうなる前に筆者個人としても「保護」したいし、また心ある人に対しては、その保護を強く訴えかけたいのである。

ということで今回のわたくしからのオススメはずばり「初代フォルクスワーゲン ゴルフカブリオ」だ。

text/伊達軍曹