▲2015年3月末に発売されたホンダ S660。いまだ話題となる同モデルを作り上げた椋本陵氏との会話からは、S660のヒットの理由が見えてくる。本稿では、それをお伝えしたい ▲2015年3月末に発売されたホンダ S660。いまだ話題となる同モデルを作り上げた椋本陵氏との会話からは、S660のヒットの理由が見えてくる。本稿では、それをお伝えしたい

S660を作り出した椋本陵との会話からヒットの理由が見えてくる

26歳という若さでホンダ S660の開発責任者となった椋本陵(むくもと りょう)氏。ホンダ最年少の開発責任者とあって各メディアで取り上げられ、話題となったのは記憶に新しい。

そんな椋本氏と試乗会の際、会話する機会があった。売り上げ好調だというS660だが、若くても気取ることのない彼と話すと、その理由にも納得できる。

松本:S660の開発にはいろいろと紆余曲折があったと思いますけど、どのように進めたんですか?

椋本:まず、当然ですが僕だけではできないわけですから、このスポーツカーに賛同してくれる仲間が必要でした。そして、この新しいスポーツカーを楽しく、カッコ良く乗ってもらうにはどうしたらいいかをプロジェクトの皆で考えました。僕は皆の意見を聞いて方向性をまとめていっただけ。僕が作ったというのは少し違っていて参加してくれた同年代や少し上の方々から助言をいただき完成したんです。とにかく「車っていうのは楽しいんだ!」ということを理解してもらいたいんです。ところで、松本さんはどのあたりが良いと思いますか?

松本:そうですね。軽自動車っていうとチープなイメージがスポーツカーでもつきまといますが、S660はデザインもなかなか“ヒエラルキーレス”な感じがする。軽自動車ならではの軽量でありながら、しっかりとしたボディが良いですね。デザインも、エンジンの音もいい。パワーよりも乗って扱いやすくて操りやすい。これが一番なんじゃないですか。

椋本:ホントそうなんですよ!

松本:試乗会でCVTモデルに乗り込むとき、椋本さんが「CVTでも楽しく作ってますから!」と言っていました。それで実際に乗ったら、これがMTとは違ったドライビングプレジャーで驚きました。

椋本:ATでも楽しくなければスポーツカーではないじゃないですか。自分がドライブして皆にも聞いて、方向性を決めたんです。やっぱり楽しい車を作るときは、自分1人でなく携わっている人間すべてが楽しいと感じてないと。試乗した人も満足してくれると信じています。

松本:なるほど。デザインに関して言えば、個人的にはリアビューも好きですね~。

椋本:実はそこにカッコよさがあるんですよ! エンジンフードのスリットから覗かせる HONDAの文字がちらっと見えてカッコイイでしょう~(目をらんらんと輝かせている)

松本:(思わず笑いそうになる)椋本さんって少し変わっているというか、凄く“ピュア”ですよね。

椋本:うーん、確かに変わっているかもしれないですね(笑)。ただピュアといえば、僕に限らずプロジェクトの仲間は皆そうでした。同じ意識・方向性を共有し一緒に車を作ったので、凄くやりやすかったです。しかも楽しかった! 好きな車を常に考えて、皆と意見交換するんですよ。スポーツカー好きにはたまりませんでした!

松本:それが何よりですね。僕も工業高校の生徒と接する機会がありますが、彼らはとてもピュアで好きなモノに熱中している。その気持ちは製作物の“出来”にも確実に影響してきますから。

そう、椋本氏と話せば話すほど、S660には開発者たちのピュアな情熱が注入されて作られていることを感じる。方向性が同じ気持ちは同世代から経験豊富な研究員までを動かし、素晴らしい車を作り上げる。そうして出来たS660はやはり魅力的な1台となった。いつのまにかどこか守りに入った考え方を、失うものがない世代に教えてもらったような気がした。

▲S660のロードホールディングは良好だ。公道では軽い突き上げ感があるが、シャシー剛性が高いので不愉快な印象はない ▲S660のロードホールディングは良好だ。公道では軽い突き上げ感があるが、シャシー剛性が高いので不愉快な印象はない
▲S660は周りの車よりも着座位置が低いため、スポーツカーであることをさらに感じられる ▲S660は周りの車よりも着座位置が低いため、スポーツカーであることをさらに感じられる
▲写真右が椋本陵氏。工業高校を卒業をしてホンダに入社。早くから実経験を重ねて育ったエンジニアだ。当時、弱冠21歳の軽自動車スポーツカーの提案を受け入れたホンダは、自社の柱となった黎明期の環境を今も大切にしているということがうかがえる ▲写真右が椋本陵氏。工業高校を卒業をしてホンダに入社。早くから実経験を重ねて育ったエンジニアだ。当時、弱冠21歳の軽自動車スポーツカーの提案を受け入れたホンダは、自社の柱となった黎明期の環境を今も大切にしているということがうかがえる
text/松本英雄 photo/奥隅圭之