▲JR南武線「稲田堤駅」から徒歩約10分の多摩川河川敷に今も残る茶屋「たぬきや」。開業は昭和10年 ▲JR南武線「稲田堤駅」から徒歩約10分の多摩川河川敷に今も残る茶屋「たぬきや」。開業は昭和10年

物事は「整っていれば良い」というものではない

輸入中古車評論家としての筆者は常々「中古車買うなら極力設計が新しいやつか、逆に極力古いやつがいい。中途半端はよろしくない」と言っている。もちろんこれは趣味の対象として車をとらえた場合の話で、移動の手段としては「7年落ちの旧々型VWゴルフGLiを総額80万円ぐらいで買う」というのも全然悪くない。しかし「趣味」としてはどうにも分が悪い。なぜならば、そこには「引っかかり」というものがないからだ。

引っかかりというのは、要するに「良くも悪くもとにかく極端であること」だ。移動手段という具象においては極端である必要など特にはないが、趣味や芸術といった抽象分野においては「極端であること」が重要となる。

考えてもみてほしいのだが、例えば女性アイドル歌手がいたとして、彼女の顔立ちが「美容整形外科医が考えるところの美しさ」、つまりは教科書的に整った万人受けする美形で、なおかつ機械のように超正確な音程で歌えるとしたら、彼女は売れるだろうか?

まぁ売れる可能性もあるだろう。しかし絶対的に言えるのは「時代を代表するスーパースター」には決してなるまいということだ。なぜならば、そこには「引っかかる部分」があまりなく、「ウンいいね、ステキだね」のひと言で終わってしまう代替可能なステキさしかないからだ。

人の心を妙にとらえてやまないスーパースターとは、たいてい何らかの微妙な欠損を抱えている。

女性アイドルの例からはちょっと外れるが、音程が常にほんの微妙にフラットしているユーミンこと松任谷由実。素晴らしい野球選手だったが、トンネルも多かったミスターこと長嶋茂雄。時代を切り開いたが、決して万能型のFWではなかったサッカーの三浦知良。彼ら彼女らには、素晴らしい資質と同時にそんな欠損があったからこそ、人はついつい彼ら彼女らに釘付けとなった。そして愛され、結果としてスーパースターになった。かの有名な「卒業写真」がもしも機械のように正確な音程で歌われていたならば、今頃は「そういえば30年ぐらい前、そんな歌があったよね。割といい歌だったよね」で終わっていたことだろう。

そう考えたうえで、話は冒頭に戻る。移動手段ではなく趣味の対象として輸入中古車を買うなら、やはり極力設計が新しいやつか、逆に極力古いやつがいいのだ。「新しい輸入車」は当然素晴らしい。最新テクノロジーの結実であるその走りは、もはや「感動」のレベルに達している。引っかかり、ありまくりである。

▲2013年登場の最新型アウディA3スポーツバック。300万円台前半の車とは到底思えない異次元の走りだ ▲2013年登場の最新型アウディA3スポーツバック。300万円台前半の車とは到底思えない異次元の走りだ

しかしそういった新世代の輸入車を、趣味嗜好の面あるいは予算の問題で求めない人もいるだろう。かく言う筆者もそんな1人だ。そういった場合に乗りたいのは、「手頃でフツーな7~8年落ちのVWゴルフ」とかではなく、グッと古めの極端なモデルたちだ。一例に過ぎないが、1990年代初頭に販売された初代VWゴルフカブリオの末期モデルや、同時期のM・ベンツEクラス、あるいは空冷エンジンを搭載していた時代のポルシェ911。モデルにより細かな差異はあるが、年代で区切るならおおむね1994年以前の輸入車である。

▲向かって右の最新ポルシェ911に対し、左は1960年代の初代ポルシェ911。横幅からしてかなり違う ▲向かって右の最新ポルシェ911に対し、左は1960年代の初代ポルシェ911。横幅からしてかなり違う

それらは性能や機構の面では今やツッコミどころもあるだろう。しかしそのツッコミどころこそが、ユーミンの歌でいうところの耳について離れない微妙な音程なのだ。他の何かや最新の何かでは代替不可能な、あなたにとってのスーパースターになり得る資質なのだ。

…以上のようなことを、神奈川県川崎市の多摩川河川敷で約80年前に誕生し、現在では唯一残っている休憩茶屋「たぬきや」で真っ昼間からビールを飲んで顔を赤くしながら、思ったのだった(もちろん車ではなく電車で行きました)。河川敷の店ゆえ、トイレが都会育ちの筆者は大いに苦手なぼっとん便所だが、多摩川の風と歴史の堆積を丸ごと感じながら酒が飲めるこの場所は、本当に素晴らしい。酒を飲むならこういう店か、そうでなければ最新で最上級な店がいい。駅近で1品300円とかの中途半端に便利な店ではなく。

▲「たぬきや」の店内。食べ物、飲み物は基本セルフサービス。昭和48年頃までは渡し船があった場所だ ▲「たぬきや」の店内。食べ物、飲み物は基本セルフサービス。昭和48年頃までは渡し船があった場所だ

ということで今回のわたしからのオススメは、ステキな「引っかかり」が感じられる1994年以前の輸入車だ。

text/伊達軍曹