クルマとオーディオの切っても切れない関係、エッジ的カーステ百年史
カテゴリー: トレンド
タグ: EDGEが効いている / カーステ百年史 / 内藤毅
2019/01/23
「聴きたい曲を聴きたいときに」という自由を手にした史上初の車載プレーヤー
1955年9月12日、米国ビッグスリーの一角であるクライスラーから、カーオーディオの歴史を大きく動かす重要な発表がありました。
それは、「聴きたい曲を聴きたいときに聴く」という新たな自由をカーオーディオが手に入れた瞬間でした。
『HIGHWAY Hi-Fi』と命名されたこのシステムの最大の特徴は、当時普及していたLPレコード(直径30㎝)のさらに1.5倍に相当する片面45分の長時間再生を直径17㎝の専用レコードで実現したところにあります。
回転数はLP盤の約半分の16回転、音溝の幅をLP盤の1/3に狭めて高密度記録する新技術『ウルトラマイクログルーブ』を採用して車内での扱いやすさと長時間再生を両立していました。
このシステムの開発を主導したのはLPレコードの生みの親として知られる米国CBS研究所のピーター・C・ゴールドマーク(1906-1977)。
彼の自伝『Maverick Inventor』(1973)には、それがクライスラーから発売されるまでの顛末がつづられています。
「ラジオ番組が細切れのポップミュージックばかりを流すようになれば、私はウルトラマイクログルーブによる長時間連続再生が車載用の、ひいてはレコード産業全体の新たなスタンダードになる」と考えていました。
しかしCBSの経営陣はそうしたニーズを理解しないばかりか、「車載レコードプレーヤーが普及すれば(傘下の)CBSラジオがリスナーを失う」といった理由でも商品化に反対したのです。
当時、私はクライスラー車に乗っていましたが、自動車メーカーなら興味を示すかもしれないと考え、クライスラーの電装部門のチーフエンジニアであったケントという男に連絡を取りました。
彼はそのアイデアに興味をもち、私をデトロイトに招待してくれたのです。
ゴールドマークは、より豊かな音楽鑑賞のためには途切れることのない長時間再生が必要だと信じていました。
彼は車載化を足がかりに、LP盤の上をゆく超長時間レコードの完成を思い描いていたに違いありません。
デトロイトに持ち込まれたHIGHWAY Hi-Fiの試作機は懸念された針飛びを起こすこともなくテストコース上での走行実験を無事に乗り切り、クライスラーの社長や役員へのプレゼンテーションも成功して、瞬く間に商品化が決定します。
そしてプレーヤーはCBSが、専用レコードはCBS傘下のコロムビアが製造を担当し、クライスラーにOEM供給することで話が落ち着いたのでした。
ところが、プレーヤーの生産が順調に進み、記者発表を2週間後に控えたある日、ゴールドマークはクライスラー側からの突然の電話に驚かされることになります。
「車に取り付けたプレーヤーが針飛びや回転ムラを起こして使い物になりません。いますぐに来てください!」
トラブルの原因は即座に判明しました。クライスラーブランド専用に設計したプレーヤーを、よりハードな足回りをもつダッジやプリムス車に使い回していたのです。
HIGHWAY Hi-Fiは、振動に強いダイナミックバランス型トーンアームを採用したうえでターンテーブル自体も弾性ダンパーによって浮かせ、車両の振動モードに応じてダンパーを微調整することで振動を吸収。
走行中の針飛びを防ぐ仕組みになっていましたが、クライスラーの担当者がそのことをよく理解していなかったのです。
結局、各ディビジョンの車種ごとにダンパーのセッティングをやり直した対策品を記者発表会用の展示車両に装着し終えたのは、実に発表当日の朝のことでした。
初の車載プレーヤーにして連続45分もの長時間再生を可能にするHIGHWAY Hi-Fiの誕生に、発表会は熱気に包まれました。
手応えを感じたクライスラーは計1万8000台ものプレーヤーを発注しますが、その先には意外な結末が待っていたのです。その詳細は次回お届けします。
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