若者の車離れ、少子化でも入所者が増加する教習所。その成長を支えるのは「三方良しの精神」
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2015/03/24
減少する若年層の普通免許保有者に工夫を凝らす自動車教習所
4月からの新生活に向けて、3月中に免許を取得するという人は少なくないだろう。しかし、マクロで見ると、少子化などの影響で免許人口は減少。交通事故総合分析センターの「交通事故統計年報」によると、2008年末には85万1653人だった20歳未満の中型・普通免許保有者数は、2012年末には79万3386人と約9%も減っている。
当然、自動車教習所が置かれた状況は厳しい。最盛期は年間250万人を超えた入所者数も150万人前後に減少しているともいわれている。そんな中、ユニークな取り組みで注目されているのが「武蔵境自動車教習所」だ。
仕事帰りでも通えるように、平日は午後9時まで営業。子供がいる主婦のために託児所を導入。さらには、授業や教習の待ち時間も楽しめるように、プリクラを設置し、マッサージやネイルサロンを格安で開設した(現在はリニューアルのため休止中)。他にも、美字力UPスクールを開講したり、チャリティーコンサートやフットサル大会を開催するなど、生徒同士の交流も盛んだ。
営業企画課の橘沙和子さんは「これらは、社長の髙橋明希が設定した“お客様の一生の思い出を創る会社になる”というビジョンに基づいています」と語る。いかに生徒に喜んでもらえるのかを考えた結果、生まれたサービスなのだ。
確かに、大人になった今でも、良くも悪くも教習所での出来事を覚えている人は多いはず。武蔵境自動車教習所では、せっかくなら良い思い出を持って卒業してほしいと考えている。そのために、様々なサービスを実施して、スタッフはおもてなしに心を配る。
30年前に始まった顧客視点のサービス
その結果は、入所者数の特徴をみれば一目瞭然だ。「新規入所者の55%は、卒業生からの紹介なんです」と橘さんが教えてくれた。実際に学んだ生徒が「あの教習所はいいよ」という口コミを広げてくれているのだという。
口コミで広がる評判は、一朝一夕で上がるわけではない。実は、武蔵境自動車教習所の取り組みは、30年前までさかのぼる。その頃は今とは正反対で、労働争議などが激しい教習所だった。「当時は、お客様に目が向いていなかったという反省があります」と橘さん。その状況を打破したのが、先代社長で現会長の髙橋勇氏だ。
橘さんは語る。
「会長は“共尊共栄”を経営理念に据え、教習所はサービス業だという考えを徹底しました。それまでは教官と生徒だった関係を、インストラクターとお客様という関係に置き換えて、とにかくお客様の満足度にこだわりました。現社長である髙橋明希は、この考えを現代に合わせてブラッシュアップしているんです」
ともすれば、ありがちな顧客第一主義に聞こえてしまうが、武蔵境自動車教習所では、生徒と同じくらい、いや、場合によっては生徒よりも大事にしている存在があるという。それが、従業員である。
従業員が充実して働けてこそ、充実したサービスが可能に
「私たちが大事にしている三本柱は、従業員、お客様、地域社会。従業員が満足して働けてこそ、お客様に最高のサービスが提供できるからです」と橘さん。特に感じているのは、現場からの意見が通りやすい風通しの良さだという。橘さんは続ける。
「お客様のためになるサービスの提案ならば、積極的に検討してもらえます。今ご好評いただいているサービスも従業員の発案なんです」
また、学びのためのバックアップも手厚いという。従業員の中には、留学のための長期休暇をもらったり、大学の社会人講座で学ぶための資金援助を受けたりした者もいる。人の成長は企業の成長に直結する。従業員の充実は会社の充実に、そして、それは顧客の満足度向上へとつながっていく。
ちなみに、橘さんも、入社当時、地域住民と交流をもつイベントで、マグロの解体ショーを提案して採用されたという。ただし、発案者が責任をもってやる必要があり、それなりに大変だったようだ。
「三本柱のひとつである、地域の皆さまへの感謝の気持ちです。私たちは公道を使って教習をさせていただいております。地域の協力はとても重要なんです」とのこと。今では、ほぼ毎月のように、地域住民を招いてなにかしらのイベントを行っているという。
武蔵境自動車教習所は、そのユニークな取り組みや女性社長の活躍が大きく取り上げられることが多い。しかし、その本当の強さは、従業員、顧客、地域の三方良しとなる“共尊共栄”にある。
平成24年度には、経済産業省主催「おもてなし経営企業50選」、平成25年度には「がんばる中小企業小規模事業者300社」に選ばれた。そして、昨年は、多くの自動車教習所の規模が収縮する中、過去最高の入所者数を達成した。平成元年、東京都で20番手だった入所者数は、改革が実を結び始めた平成10年以降、常にトップ3。ここ6年間は2位をキープしている。
自動車業界全体を徘徊する少子化、若者の車離れという亡霊。しかし、志と工夫があれば、結果はついてくるのだ。