バイクトライアル元世界王者・有薗啓剛は自転車教育で交通社会を変える|Carsensor IN MY LIFE


自転車、バイク、クルマ。速度も視点もサイズも違う移動体が渾然と道路を行き交う。様々な事情があるにせよ、交通インフラはお世辞にも優れているとはいえない。これらは時間をかけて改善しなければならない社会問題だ。

しかし、ライダーやドライバーも自分の身を、また相手の身を守るため、現インフラへの対応力、つまり洞察力や判断力、運転の技術力を高めていかなければならない。そんな交通事情を改善しようとしている男がいる。それは、バイクトライアル元世界チャンピオンの有薗啓剛さん。「交通社会をよりベターなものに」という思いのもと、自転車教育を通じて世界を変えることに挑んでいる。

幼児への自転車教育で交通社会が良くなる!?

有薗啓剛

有薗さんが自転車教育に乗り出したきっかけとは? その説明のためには、彼の幼少期の話までさかのぼらなければならない。

「子どもの頃は体が弱かったんですよ」。自転車の世界で天辺まで上り詰めた男は、意外なことを言う。小学校に入る頃には、毎日のように河原や公園で自転車のペダルをこいで遊んでいた。

有薗啓剛

たまたまマウンテンバイクを買った自転車店主催のコンペに出たら上級生たちを差し置いて優勝。決められたコースにある岩を登ったり降りたりして走破する、バイクトライアル競技だった。

火がついたのは親だった。両親に自転車競技の経験はなかったが、体の弱い息子がスポーツで結果を残したことが弾みをつけ、日本全国の競技へ連れ回すようになった。

有薗啓剛

「僕にとっては、すべて遊びの延長でしたが、大会ではトントン拍子に勝ってしまい……」

トライアル選手は線が細い。選手としての有薗さんも例外ではないが、そこに天性のバネが宿っていたのだろう。今でいう“無理ゲー”級の難関も軽々と跳躍していった。

そんなある日、事件が起きた。練習中に頭から地面に落ち、意識を失って病院に運ばれたのだ。頭蓋骨にヒビが入っていて、熱心だった両親は一気に冷めた。

しかし、逆に燃えたのが本人。記憶が飛び、痛みも何も憶えてなかったそうで恐怖心を抱かなかった。前以上にバイクトライアルに熱中し、1995年に全日本選手権の頂点に。翌1996年には世界選手権でシリーズチャンピオンになった。

有薗啓剛

世界一になった後、チームボルボ/キャノンデールの一員として世界を転戦する日々が続いたが、バイクトライアル選手としては異例の早さで現役引退した。

そこから有薗さんは意表を突く転身をした。バイクトライアルで培った技術をパフォーマンスに昇華させ、2004年から「マッスルミュージカル」、2008年からニューヨークで興行された「シルク・ドゥ・ソレイユ」に参画。バイクトライアルの美技で観客を圧倒した。テレビ番組の「筋肉番付」や、スーツアクターとして「仮面ライダー エグゼイド」で活躍したのをご存じの方も多いだろう。

華やかな舞台でスポットライトを浴び続ける有薗さん。しかし、その間も、ずっと心の中で引っかかっていたことがある。少年時代の、あの事故だ。当時は自転車に乗るときにヘルメットをかぶる習慣は広まっていなかった。世界最高峰の自転車レースである「ツール・ド・フランス」ですらノーヘルでカッ飛んでいた時代だった。

「自転車は子どもが交通社会に出る最初のステップだと思うんです。ルールを守ったり、状況を正しく理解できたり、必要な技術を学ぶことだったり、そして他者へ思いやれるようになったり……」

入り口がちゃんとしていると、クルマを運転するようになったときの対応力にも差が出ると言う。そこで有薗さんが次のステージに選んだのが、幼児への交通教育だった。

「ストライダー教室」で日本全国を駆け巡る

有薗啓剛

「いろんな人の縁やサポートがあって7年前から全国の幼稚園やイベントでストライダー教室を始めました」

ストライダーとは1歳半から5歳を対象にしたペダルのないキッズバイクのこと。最近では育児世代がストライダーに熱く、健脚を競うレースも盛んで、週末に数千人が集まるほどだ。

有薗啓剛

有薗さんは、ワンボックスにストライダーを満載して東北から九州まで日本全国を行脚する。

「多いときは50台くらい積むので荷室が大きくないとダメですね。長距離ですか? 正直ツラいときもありますが、実は釣りも趣味で、道中にある湖なんかに立ち寄るので、むしろ遠くへ行くのが楽しみというか(笑)。ふと思い立ったときに立ち寄れるのも、常に道具を積んでおけるクルマだからこそですね」

バスフィッシングに夢中で、遠征の途中には時間の許す限りフィッシングポイントに立ち寄る。特に四国の湖とは“相性がいい”らしく、例えば香川県の府中湖や愛媛県の石手川ダム湖を訪れるそう。

有薗啓剛

「ストライダー教室も子どもたちは勉強しているなんて思ってないですからね。ただ遊んでいるだけ。それが理想でもあります。あっ、お父さんやお母さん、お爺ちゃんお婆ちゃんはいつも真剣ですよ(笑)」

いつも楽しんで、次の扉を開けてきた有薗さん。今も“遊び”を取り入れた自分らしいスタイルで、交通社会を変えようとしている。

文/ブンタ 写真/星武志

PROFILE
有薗啓剛:バイクトライアル元世界チャンピオン。1995年から8年連続で全日本タイトルを獲得。その後、マッスルミュージカル、シルク・ドゥ・ソレイユに出演した。現在は自転車パフォーマンスユニット「K&D MTB PERFORMANCE UNIT」として活躍。自転車の教育活動「エブリバディストライダー」を全国の幼稚園や保育園で実施している。