車は単なる移動の道具ではなく、大切な人たちとの時間や自分の可能性を広げ、人生をより豊かにしてくれるもの。車の数だけ、車を囲むオーナーのドラマも存在する。この連載では、そんなオーナーたちが過ごす愛車との時間をご紹介。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

▲今回紹介するのは、2人でマウンテンバイクを楽しむ鈴木太地さん&石井美穂さんカップル。愛車のカングービボップとは、運命的な出会いを果たしたのだという▲今回紹介するのは、2人でマウンテンバイクを楽しむ鈴木太地さん&石井美穂さんカップル。愛車のカングービボップとは、運命的な出会いを果たしたのだという

ロードバイクに加えマウンテンバイクを始めたことで、車が必要に

一般的に「運命」と呼ばれる現象や事象は、科学者に言わせれば迷信にすぎないのだろう。だが今回のような話を聞いてしまうと、運命というのは厳然とそこに「ある」ような気がしてならない。

鈴木太地さん&石井美穂さんというカップルと、ルノー カングービボップという希少車にまつわる物語である。

きっかけは自転車だった。

少年時代からロードバイク(舗装路で高速走行するための自転車)の魅力にハマり、20代は本場・欧州でプロの自転車レーサーとして活躍した鈴木太地さん。

一方、30代からスキーを始め、指導者から「夏の間は自転車を使ったトレーニングをしてみては?」と言われてロードバイクを購入し、いつしかスキー以上にロードバイクの虜となっていった石井美穂さん。

そんな2人があるとき出会い、付き合い、ともに暮らし、そしてともにロードバイクを楽しむようになった。

だが……競技から引退していた鈴木太地さんは、実は楽しめていなかった。

「長い間競技者として真剣に走っていたので、“何も考えずに楽しく走る”ということが、ロードバイクだとどうしてもできないんです」

同じ自転車ではあってもロードバイクとはまったく違う何かを、ひとりの初心者として純粋に楽しみたかった。

そこで2人が始めてみたのが、オフロードを走る「マウンテンバイク」だった。

そして、マウンテンバイクを楽しむために「車」が必要になった。

自宅玄関を出てすぐに走り出せるロードバイクと違い、オフロードに特化したタイヤを履くマウンテンバイクは、しかるべきコースがある山中などまでとりあえず運んで行かねばならないからだ。

▲目的地に到着すると、それぞれの“愛車”を降ろし、2人並んで走り出す▲目的地に到着すると、それぞれの“愛車”を降ろし、2人並んで走り出す

一般的には謎のパッケージング。でも「私たち」にはハマる

マウンテンバイクを積むのにちょうどいい中古車を探し始めてすぐ、現在の愛車である2011年式ルノー カングービボップが目についた。

カングービボップとは、簡単に言ってしまえば「3ドアのカングー」だ。

5ドアである現行カングーからリアのスライドドアを廃し、全長とホイールベースをグッと詰めた、ちょっと不思議なプロポーションをもっている。

そして不思議なプロポーションだからだろうか、ハッキリ言ってビボップはぜんぜん売れなかった。

筆者も新車時に試乗し、「悪い車ではないが、この中途半端すぎるパッケージングは誰に向けたモノなんだろうか?」と疑問に思い、そのまま存在を忘れていた。

しかし筆者が言うところの「中途半端なパッケージング」が、マウンテンバイクを始めた鈴木さんと石井さんにはハマりすぎるほどハマった。

「わたしたちは2人暮らしですから、そんなに広い後席とか荷室はいらないんです。そしてそもそもマウンテンバイクは山道を走って泥々になるモノですから、車内に積むわけにはいかない。車外のヒッチキャリア(車のお尻にくっつける運搬台)などに載せるんです。であるならば、車の全長はむしろ短めのほうが都合がいい」

さらにカングービボップは、さすがはフランス車というのか、内外装デザインの細部もいちいち気が利いているため、フランス暮らしが長かった鈴木さんの好みにも合致する。

「で、中古車の情報サイトで見つけたこのビボップをとりあえず見に行きました。すると……なぜか付いていたんですね。本来は付いてるはずのないヒッチキャリアが、このビボップのお尻に」

運命が、音を立てて転がり始めた。

宇宙が、神様が「これを買え!」と言っている?

だが実際の人生というのは、安手のマンガのように都合良く運ぶものではない。運命的になぜか付いていたヒッチキャリアだったが、それは自転車用ではなかった。そして自転車用に改変できる部品もなかった。

「ダメだったか……」と無念に思いつつ、石井さんはSNSで事の顛末をつぶやいた。

だが、するとすぐに知人からのリプライがあった。

「あ、オレちょうど自転車用のヒッチキャリア買い替えるとこなんで、今使ってるのでよければ譲るけど?」

原文そのままではないが、そのような内容だった。

宇宙が、自分たちに「このビボップを買え」と言っている。やや大げさに言うならば、そういうことのように思えた。

世間一般として見れば謎だが、自分たちの生活スタイルには妙にハマるパッケージング。なぜか都合よく現れる自転車用のヒッチキャリア。

そしてそもそも、きわめて流通台数が少ないビボップと、たまたまマウンテンバイク用の車を買おうと思ったタイミングで、たまたま出会えたということ。

「……宇宙なのか神様なのか何なのかはわかりませんが、とにかく“運命”あるいは“導き”を感じましたね。で、ソッコーで契約しました」

走行距離はやや多めだったが、万全の納車整備を行った2011年式カングービボップが2人の家にやってきた。そして、今回の選択というか導きが「大正解」であったことを知った。

各地のコースをマウンテンバイクで走る2人だが、いちばんのお気に入りは長野県の白馬村。月に1回から2回のペースで2人とビボップ、そして2台のマウンテンバイクは白馬を目指す。

ハンドルを握るのは、ほとんど常に鈴木太地さん。実は、以前はマツダ RX-8でミニサーキットを走るほどの“好き者”でもあった鈴木さんだけに、5MTとなるカングー ビボップの運転はまったく苦にならない。

というか、そもそも鈴木さんが「買うならMT車」と希望していた。

一方の石井美穂さんは、助手席ではなく後席に座る。そして後席エリアの屋根をオープン状態にして(これぞカングービボップならではのステキな仕掛けのひとつだ)、のんびりと青空を見上げる。

女性ゆえに運転が苦手とか、そういうことではない。事実はむしろその逆で、石井美穂さんも以前はポルシェ ボクスターで各地のサーキットを走っていた人だ。

ただ、ご本人いわく「車の運転は、もうやり尽くしちゃった感がある(笑)」というゆえの、そしてビボップの後席があまりに快適ゆえの、後席派だ。

2人の元走り屋と元ロードレーサー(うち1名は元プロ)を乗せ、カングービボップは関越自動車道の左側車線をトコトコ走る。行きはピカピカの、帰りは泥だらけの、2台のマウンテンバイクをそのお尻に載せて。

▲昔RX-8に乗っていた頃に鍛えたテクは、今も健在だ ▲昔RX-8に乗っていた頃に鍛えたテクは、今も健在だ
▲ビボップの後部座席は「新幹線」のようでワクワクするという石井さん ▲ビボップの後部座席は「新幹線」のようでワクワクするという石井さん

どんなクルマと、どんな時間を?

グラスルーフを開ければ、そこには青い空が広がる

【カングービボップ】

ルノー カングーの個性を受け継いだコンセプトカー「カングー コンパクト コンセプト」をベースに開発された。都会に住む行動派に向けたモデルを目指し仕立てられ、すべての乗員が空間と光を楽しめるような作りになっている。広いグラスエリア、開閉式のグラスルーフなどを装備し、まるでオープンカーのような開放感を味わうことができる。

▲ちょっと短い全長で不思議なプロポーションの車だが、ヒッチキャリアを付け自転車を運ぶにはジャストサイズだという ▲ちょっと短い全長で不思議なプロポーションの車だが、ヒッチキャリアを付け自転車を運ぶにはジャストサイズだという
▲愛車との時間は…… ▲愛車との時間は……
text/伊達軍曹
photo/小林 司