▲街中で見かけたEタイプを追いかけ、オーナーを口説いて入手。今回ご紹介するのは、そんなドラマティックなエピソードをもつ愛車を格納するガレージ。その設計にあたり、カーガイ松永基(建築家)は、施主の思いにどのように応えたのか ▲街中で見かけたEタイプを追いかけ、オーナーを口説いて入手。今回ご紹介するのは、そんなドラマティックなエピソードをもつ愛車を格納するガレージ。その設計にあたり、カーガイ松永基(建築家)は施主の思いにどのように応えたのか

ドラマティックに入手した専用ガレージ|建築家・松永 基(エムズワークス一級建築士事務所)

久し振りにカーガイ・松永基さんの登場だ。じつは今回ご紹介する作品については、建築中からその情報を入手していて「竣工したらすぐに取材させてほしい!」と松永さんに無理をお願いしていた。

場所は静岡県牧之原市。茶畑に囲まれ、富士山の雄大な景色を満喫できる自然豊かなエリアだ。施主のNさんは神奈川にお住まいなのだが、奥様の実家がある牧之原に待望のガレージハウスを建て、現在は週に1回のペースで通っているという。

敷地内に一歩足を踏み入れた瞬間、開け放たれたガレージに並ぶ車たちに圧倒された。正面から観察するとガレージは右手と左手に分かれていて、右手にはアウディA8とフェラーリ・カリフォルニア。左手にはジャガーEタイプ・ロードスターとクラシックミニ。そして建物横にある外ガレージには、G63AMGという布陣だ。まったくキャラクターの異なる2つのガレージは、そもそもどんなコンセプトで設計されたものなのだろうか?

「とにかく、Eタイプに似合うガレージを作ることが最大の目的でした」と、施主のNさん。「Eタイプとミニ用の“ビンテージ車用ガレージ”と、アウディA8とフェラーリ・カリフォルニアが収まる“近代車用ガレージ”というテイストに分けているのです」

設計を担当した松永さんは「Eタイプの素材感に合わせたガレージにするために、天井の梁をサビ色で塗装したほか、床には無垢のフローリング材をV字に組ませたヘリンボーン柄として貼り付けました。そして、壁の杉板材には古い杉の木をモチーフにエイジング塗装を施し、一角には古レンガの壁を作るなど、Eタイプが収まるに相応しいアンティーク感を演出しています」

きっとイギリスの貴族のガレージはこんな雰囲気なんだろうな…取材をしながらそう思うほど、ガレージ内全体の雰囲気は格調高く、素材やデザインには「本物」を感じる。

今回のガレージハウスは、NさんのEタイプに対する強い思い入れが形になったともいえるのだが、そのきっかけとなる面白いエピソードを伺った。

「2年前の夏に、都内の交差点で信号待ちをしていたEタイプを目撃したのです。そのあまりの美しさに衝撃を受け、たまらずあとを追いかけ、次の信号で停車したときに声をかけました。もちろん、いきなり見知らぬ男に窓をノックされたのですから、相当怪しまれたと思います。でも、ひと目惚れであることや、ぜひまた見せてほしいということを必死に伝えたら、面白い人だね…と受け入れてもらえました」

その後Nさんは、どうしてもそのジャガーを手に入れたくて、関連書籍を買いあさり猛勉強を開始。交差点で声をかけたジャガーのオーナーのもとへは月に1度のペースで通いつめ、ついに出会いから半年後、めでたく譲り受けることとなったという。

エムズワークスのノウハウが凝縮した柱のない広いガレージ

これほど惚れ込んだ愛車の専用ガレージなのだから、そのこだわりぶりは容易に想像できる。Eタイプが収まる「ビンテージ車用ガレージ」には、バーカウンターやTV、オーディオシステムなどが設置され、寛げるソファセットも備えている。お酒と料理を愛するNさんは、たびたびホームパーティを開催しているという。その際、リビングルームだけではなく、このガレージも社交の場として活用しているようだ。

松永さんは「設計に関しては、基本的に私に任せていただきました。そのため、ヒアリングしたことをイメージしてデザインしましたが、はっきり言うと、やりたいようにやらせてもらったというか…」と、ご満悦の様子だ。

ガレージは“ビンテージ車用”も“近代車用”も、どちらも6mというスパンをもつ大空間を実現している。つまり、これだけ広いガレージでありながら、柱がないことが特徴だ。これは松永作品の特徴であり、これまでもいくつか同様のガレージを取材してきた。

「ガレージの空間を広く取ることにはこだわりました。強度に関してはH鋼を補強するなど、エムズワークス(松永さんが代表を務める建築設計事務所)のノウハウが詰まっています。フルサイズの車を2台、楽に格納できるうえ、ストレスなく入出庫できることがメリットです」と、松永さん。

そんな松永さんとNさんとの出会いは、お台場で開催された住宅と車関連のイベント会場でのこと。Nさんは、松永さんのフランクな対応に好感をもち、ガレージハウスへの造詣も深いことから設計を任せたいと思ったという。

N邸は「Eタイプに似合うガレージを建てたい!」というNさんの強い思いに松永さんが共感したからこそ、「松永さんのやりたい」デザインを実現できたのだろう。

「いろいろな建築家とお話をしましたが、松永さんが最も普通に接してくれました。私が松永先生…と呼ぶと、先生と呼ばないで! とおっしゃるなど、構えずにお付き合いできました」

こんなやり取りからも、お2人が強い信頼関係で結ばれ、その結果N邸のようなこだわりのガレージが誕生したことがわかる。2人のカーガイの付き合いは、今始まったばかりだ。

▲車を照らすスポットライトは双方のガレージで配置が異なる他、ビンテージ車専用ガレージに設置されたTVモニターやオーディオシステムの棚には隠しライトをセットすることで存在感を強調▲車を照らすスポットライトは双方のガレージで配置が異なる他、ビンテージ車専用ガレージに設置されたTVモニターやオーディオシステムの棚には隠しライトをセットすることで存在感を強調
▲チョッパーのハーレー・ダビッドソンもガレージ内に格納。壁面を彩るポスターは、知り合いの写真家に撮影してもらったものをデザインした手作り作品だ▲チョッパーのハーレー・ダビッドソンもガレージ内に格納。壁面を彩るポスターは、知り合いの写真家に撮影してもらったものをデザインした手作り作品だ
▲Nさん、くつろぎの空間。苦労をして手に入れた愛車を肴にしての一杯は、また格別なことだろう▲Nさん、くつろぎの空間。苦労をして手に入れた愛車を肴にしての一杯は、また格別なことだろう
▲▲“近代車用ガレージ”の床面には、ホワイトとブラックのPタイルを使い、シックな雰囲気に仕上げられている。カリフォルニアにも特別な思い入れはなく「あくまでも足…」という
▲邸内のいたるところから、ガレージ内にある愛車の気配が感じられるデザインとなっている▲邸内のいたるところから、ガレージ内にある愛車の気配が感じられるデザインとなっている
▲料理が好きなNさんが使いやすいように、対面式のキッチンを採用。特徴的な長いカウンターには、鉄板が内蔵されている▲料理が好きなNさんが使いやすいように、対面式のキッチンを採用。特徴的な長いカウンターには、鉄板が内蔵されている

【施主の希望:ガレージに対するイメージを伝え、あとはオマカセ】
■「新しい車と旧い車の、それぞれのテイストを生かしたガレージが欲しいというのが、最大の希望でした。敷地の形状や広さ、必要な部屋(リビングルーム、ペット専用部屋、母親の茶室、ゴルフシミュレーションルームなど)に加えて、わたし自身で集めた雰囲気のあるガレージハウスの写真などから松永さんにイメージを伝えました。それ以外に具体的な要望や細かい指示はなく、設計に関しては基本的に松永さんにオマカセしました」

【建築家のこだわり:素材感に心を動かされこだわりのガレージを設計】
■「Eタイプの存在がなければ、このガレージは設計しなかったでしょうね。もちろん施主のNさんもEタイプに出会ったからこそガレージ作りを決心したのですし、Nさんはいろいろな車をお持ちですがEタイプは特別です。私は、Eタイプのもつ“存在感”“素材感”にインスパイアされてこのガレージを設計しました。竣工を終えてガレージにEタイプが入庫した瞬間、舞台に役者が揃い、幕が開いた戯場のようなトキメキを覚えました」

■主要用途:専用住宅
■構造:木造
■敷地面積:364.02平米
■建築面積:212.24平米
■延床面積:378.31平米
■設計・監理:エムズワークス/松永 基
■TEL:045-680-5339
■施工:櫻工務店
■TEL:0547-35-2754

text/菊谷聡
photo/木村博道

※カーセンサーEDGE 2016年7月号(2016年5月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています