“シトロエン▲【シトロエン 2CV|写真=タナカヒデヒロ】

ブリキ缶と宇宙船。シトロエンの地位を決定づけた2台の名車

その昔、車好きで知られる芸能界の大御所タレントがこんなことをおっしゃった。 「自動車にはね、2種類あるんだよ。シトロエンとそれ以外だ」。

要するに、シトロエンは変わっている。変わっている車の代名詞である。そして、そんな誰もがうらやむ(?)地位を決定づけたモデルはといえば、それはもうこの2台に他ならない。2CVとDSだ。
 

シトロエン 2CV▲2CVは1948年に登場。国民車として1990年まで生産された(フランス工場では1988年まで)
トロエン 2CV▲ボディサイズは全長3830×全幅1480×全高1600mmとコンパクト。足回りには他にはない前後関連懸架式が採用されている

2CVは戦前の企画で戦後すぐの1948年デビュー。さらに、7年後の1955年にDSが登場する。つまり、両モデルともおよそ70年前の車であり、2CVは確かにそう見えるけれどもDSはさほど古くは見えず、ウルトラ実用車とブランド旗艦車という対極にありながら、いずれもいまだ熱烈なファン&マニアに支えられているという点で最もシトロエンらしい2台、というわけだった。

面白いことに両モデルともスタイリングを担当したのはイタリア人でフラミニオ・ベルトーニと言った。彼は自動車デザイナーというよりも本質的には芸術家で、つまりは常識にとらわれないタチだったと思われる。それゆえシトロエンに職を得て、奇想天外なコンセプトのプロジェクトに巻き込まれるや、その天賦の才を発揮した。
 

シトロエン 2CV▲1本スポークのステアリングやパイプフレームのシートなど、室内もシンプルな仕立て

2CVのスタイリングは究極のミニマリズムだ。

なにしろ、格好を気にするな、とにかく農家にとって安価で有用な車をデザインしろ、とフラミニオは言われていた。だから何事も最小限。それゆえエクステリア、インテリアともに今見ても十分に魅力的。本質を貫いたデザインというものは永遠にその輝きと新鮮さを失わないという好例でもあろう。おそらく、今でもタイヤ4つと雨風凌ぐキャビンをもつ車を安全性能など無視して良いからできるだけコストを抑えてデザインせよ、と言われれば、同じようなカタチになるに違いない。
 

シトロエン DS▲1955年のパリサロンで発表されたDS。オイルと窒素を用いたハイドロニューマチックサスペンションを採用し、その乗り心地は「魔法の絨毯」と評された

一方のDSはというと、今度は一気に未来志向だった。なにしろ“ブリキ缶”などとやゆされた車から7年後には“宇宙船”と称される車をデザインしてみせたのだから、みんな驚いたのなんのって。2CVのデビュー時にはプロフェッショナルたちから酷評されたものの、大衆はその実用性を見抜き飛びついた。DSもまたショーデビューと同時に大好評を博している。両極端に人々を驚かせたデザインがフランスのモータリゼーション初期にあって、自動車所有欲を大いに刺激したというわけだ。この2台があったからこそ、シトロエンというブランドは“他とは違う”というポジションを手に入れたのだと思う。

その走りもまたユニークだ。初めてはとても戸惑う。手順や作法がちょっと違うからだ。けれどもすぐに慣れて、心地よいと思ってしまう。実際、乗り味はとてもコンフォートだ。その代わり、ひとたびクラシックなシトロエンに慣れてしまうと、乗り方や乗り心地でもう他の車には戻れなくなってしまうかもしれない。やっぱり、それ以外の車とは何から何まで違った。
 

シトロエン DS▲撮影車両は2.3Lエンジンを搭載した最終仕様のDS23
シトロエン DS▲メーターとステアリングの間にシフトレバーが配されている
シトロエン DS▲ちなみに1999年にアメリカで発表された、20世紀に最も影響力のあった車を選ぶ「カー・オブ・ザ・センチュリー」においてDSは3位に選ばれている。2CVも最終26台のうちの1台であった

現代のシトロエンは、さすがにそこまで変態ではない。

けれども、なんとなくそんな香りは漂っている。当然ながら、時代をさかのぼれば、それだけ変態度は高まっていく。最新から始めて徐々に古いモデルを試していくのも一興かもしれない。
 

シトロエン DS
文/西川淳、写真/タナカヒデヒロ

自動車評論家

西川淳

大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。

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