▲「最初の車は無難な国産中古車にしときなさい」というのはおじさんたちがよく言うこと。その意見には一理あるが、かといって「絶対」ではない。例えば、初代アウディ TTをいきなり買ったって別に構わないはずなのだ ▲「最初の車は無難な国産中古車にしときなさい」というのはおじさんたちがよく言うこと。その意見には一理あるが、かといって「絶対」ではない。例えば、初代アウディ TTをいきなり買ったって別に構わないはずなのだ

中古車販売店の前で断髪式(?)を行う謎のおしゃれ青年

見たところ22歳ぐらいのおしゃれな青年が、国産中古車専門店の前で髪を切っていた。しかも自分で。

「なぜここで……」と思ったが、まるでファッション誌から抜け出てきたような彼の衣服と、素人カットで虎刈りになった頭髪とのアンバランス感に興味をもち、思わず声をかけてしまった。「いったい何をしているのですか?」と。

「うるせえ! ほっとけヴォケ!」と吠えた彼だったが、自分の声に驚いて我に返ったのか、「……失礼しました。実は……」と、奇行に至ったいきさつを話してくれた。

それによると、見立てのとおり彼は22歳の新社会人。学生時代のアルバイトで貯めたお金と、今後見込める月給を駆使して「人生初の自家用車」を買うつもりでいた。

だが、具体的な検討に至る前に計画は頓挫した。なぜならば、会社の酒席で「初めての車は初代アウディTTの中古にしようと思ってます。だってアレ、おしゃれでカッコいいじゃないですか」と、つい漏らしてしまったからだ。

酔いが回った先輩らからはボロクソに言われたという。

「中古のガイシャなんてどうせ壊れまくるんだから、やめとけやめとけ!」

「そういう“カッコ優先”のところが、お前のバカでダメなとこなんだわ。オレはお前の配属初日から見抜いてたよ、実は」

「おとなしく国産の中古を買っとけよ、バカくん。じゃなかったサカ・トシミチくん」

悔し涙にくれた坂 利通くんだったが(そういう名前らしい)、翌朝になって冷静になると「先輩方がおっしゃることが正しいのかもしれない……」と思い、初代アウディ TTの購入計画を破棄。

そして「無難な国産リッターカー」の中古車を買うことを決意したのだという。

▲「彼」が手にしていたハサミ(のイメージ)▲「彼」が手にしていたハサミ(のイメージ)

「なるほど。そこまでは理解したが、それと断髪に何の関係が?」

「……おしゃれな自分がイヤになったのです」

「は?」

「見てのとおり、僕は超絶おしゃれです。ストリート雑誌のスナップも(1回だけ)撮られたことがあります。そんな僕が、言ってはなんですがどうでもいい感じの国産リッターカーに乗るなんて……よく考えると、ちょっと耐えられません」

「なるほど」

「そのため発作的に『おしゃれじゃなくなろう!』としたんです。キマってる髪を、自分の手でダサく切ることによって」

なるほど……とひとりごちた後、わたしは言った。

「だから髪を切る――という展開は正直よくわからないが、おしゃれなままのキミでいればいいじゃないか」

「は?」

「ユー、TT買っちゃいなよ、ということをわたしは言っている。そもそも人生初の車が中古の輸入車で何が悪いのだ? 悪いことなどひとつもない」

以下は、この後わたしが彼にこんこんと話した内容のダイジェスト版である。

▲こちらが「彼」が当初買おうと思っていた初代アウディ TT。斬新なデザインが世界に衝撃を与えたドイツ製のスポーティクーペだ▲こちらが「彼」が当初買おうと思っていた初代アウディ TT。斬新なデザインが世界に衝撃を与えたドイツ製のスポーティクーペだ

中古車としての選択肢は「1.8T」のほぼ一択

まずはごく簡単に初代アウディ TTという車自体についておさらいしておこう。

初代アウディ TTは、1999年から2006年まで販売されたドイツ・アウディ社のスポーティな2+2クーペ。美しくも斬新なデザインが最大の特徴だ。

初代の後は2006年登場の2代目、2015年登場の3代目(現行型)と続き、車としての走行性能などは、当然ながら2代目・3代目の方が圧倒的に上である。

だが「デザイン」というか「そのデザインが社会に与えたインパクト」という部分では初代TTこそが圧倒的だったと、筆者は確信している。最高におしゃれな、(虎刈りになる前の)サカ・トシミチくんに似合いそうな内外装デザインだ。

▲初代TTのインテリアはおおむねこのような感じ。センター部分にある銀色のフタはアルミ削り出しで、そこに「TT」と彫られている。そこを含め、なんともおしゃれさんな内装デザインである▲初代TTのインテリアはおおむねこのような感じ。センター部分にある銀色のフタはアルミ削り出しで、そこに「TT」と彫られている。そこを含め、なんともおしゃれさんな内装デザインである

グレードは、非常に大ざっぱに分けるならば3種類。「1.8LターボのFF」と「より高出力な1.8Lターボを積んだ4WD」、そして「3.2L V6自然吸気の4WD」である。

加えて、それぞれのなかにMTやAT、あるいは3.2LにはDSG(ツインクラッチ式トランスミッション)があったりなかったり、マイナーチェンジによるエンジン出力の変更があったりもするのだが、長くなるのでそこは割愛する。興味があれば各自で調べてほしい。

どれを選んでも良いとは思うが、基本的には「シンプルなFFの1.8Lターボで十分」と考えている。

シンプルゆえに比較的軽く軽快で、そして(比較的)故障しづらいからだ。「初代TTのFFは4WDより荷室が広い」という点も、地味なおオススメポイントではある。

仮にわたしがオススメする「シンプルなFFの1.8Lターボ=1.8T」をこれから探すとすると、現在の中古車相場はおおむね以下のとおり。

●1.8T(AT):約50万~約100万円
●1.8T(MT):約70万~約90万円

ATの方はそれなりの数が流通しているが、MTは希少である。そして参考までに4WD版の相場も挙げるなら、それはおおむね以下のニュアンスとなる。

●1.8T クワトロ(MT):約120万~約140万円

これも希少で、6月上旬現在の流通量は全国でわずか4台。

ということで、筆者のオススメ云々とは無関係に「そもそもATの1.8Tを狙うしかない」というのが、昨今の初代TTの中古車マーケットである。

確かに「多少のカネと手間」はかかるはずだが

「1.8T であればまあまあお安いことはわかりました。でも先輩いわく『どうせ壊れまくるに決まってる』と。そのあたりはどうなんでしょうか?」

「たぶん壊れるだろうね。ちょこちょことは」

わたしはこともなげに言った。

もちろん「絶対に壊れる」とは誰にも断言できない。だが初代アウディ TTの年式や、これまでわたしが取材してきた事実から類推するなら、「絶対に無傷」というわけにはいかない可能性の方が高い。

どこかの部品が壊れることもあるだろうし、単に「消耗部品が交換タイミングを迎えました」ということもある。それは中古の機械として当然の摂理であり、何も初代TTに限った話ではない。

「でもTTの場合、故障の頻度や部品代の高低はどうなんでしょう?」

「頻度についてはなんとも言えないよ。あまりにもケース・バイ・ケースだから。でも部品代は高いよね。国産リッターカーとかと比べるなら、はるかに」

「じゃあ、やっぱりやめといた方が?」

……なぜそういう結論になるのだ? そこが、キミのダメなところだ。初対面でこんなこと言って申し訳ないけど。

▲やめといた方がいい? 本当にそうなのか?▲やめといた方がいい? 本当にそうなのか?

キミは「おしゃれ」でありたい人なんだろ? ならば、洋服だって何だってカネと手間が普通の場合以上にかかるのは当然じゃないか?

わたしが今着ているユニクロより、今キミが着てるそのナントカってブランドの方が高いよな? その服を探し、買うのにちょっとは苦労したろ?

車でもそれと同じことをすればいいのだ。もしもそれだけの熱意があるならば――だが。熱意がないなら、会社の先輩じゃないけどおとなしく国産リッターカーとか軽自動車でも買っときなさい。……最近の軽はいいぞ?

で、もしも熱意をもって初代アウディ TTの中古車を買うのなら……具体的には以下の方針が重要となるだろう。

まずは、しっかりと情報を集めて「なるべく良心的なお店」を探し出すこと。そしてある程度の事前知識を獲得したうえで、「なるべくしっかり整備されてきた個体」を買うこと。

ただし、それでも購入後は(たぶん)ちょこちょこあるはずなので、「いくらかのTT用貯金」は常にキープしておくようにすること。

やるべきことはそれだけだ。そうすれば、多少のカネと多少の手間はそれでもかかるはずだが、死ぬほど大変な事態にはならないだろう。

ある程度走行距離が延びている方が逆にいいかも

「……なんとなくわかってきました、押忍。では最後に、より具体的なアドバイスをもうひとつだけプリーズです!」

……現代っ子というのは強欲だねえ。まあいい、お教えしよう。「走行距離が短すぎる個体には少々注意を」というのがある。

初代アウディ TTという車は新車として販売されていた頃、何度か各所の部品が変更された。マイナーチェンジ以外のタイミングで、不具合報告が多い箇所の部品をちょこちょこ変えていたのだ。

ある程度の距離を走った初代TTは、ファーストオーナーやセカンドオーナーが乗っているうちにそういった不具合が出て、ディーラーにて改善措置が施された可能性が高い。要は「膿を出しきった」みたいな話だ。

しかし1万kmとか2万kmぐらいしか乗られていない初代TTだと、そういった不具合がなかなか出ず、結果として「膿」をまだ体内(車内)に残している可能性もある。

そういった個体をお気楽に「走行距離が短い! やったー!」みたいな感じで買うと、半年後とかにドツボにハマる可能性もないではない。もちろん一概には言えない問題なのだが、「まあまあの距離を走った、整備履歴ばっちりの個体」がいちばんのオススメだな。

「なるほど、ありがとうございます! それでは虎刈りになった髪が生えそろう頃、初代TTの購入を前向きに検討してみます!」

そう言って青年は去っていった。

その後、彼が初代アウディ TTを買ったかどうかは知らない。

だが「買わなくてもいいけど、もしも買うなら今買えばいいのに」と思ったわたしではあった。

なぜならば、「虎刈りの青年がアウディ TTに乗っている図」というのはなかなかアバンギャルドで、初代TTのアバンギャルドなデザインには逆に合っているのかも――と感じたからだ。

▲執拗に「半円」を反復する、初代アウディ TTの斬新なデザイン。そこにホレて買うのであれば、そしてきちんと手間をかけて個体を選ぶのであれば、きっとなんとかなるはずだ▲執拗に「半円」を反復する、初代アウディ TTの斬新なデザイン。そこにホレて買うのであれば、そしてきちんと手間をかけて個体を選ぶのであれば、きっとなんとかなるはずだ
文/伊達軍曹、写真/アウディ、photo AC

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アウディ TT(初代)×1.8T系グレード×全国

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伊達軍曹(だてぐんそう)

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。