フォード トーラスワゴン▲ロックバンドのジューシィ・フルーツが80年代にヒットさせた“恋はベンチシート”。ドライブデート中の彼女が言う。「愛を語りあう車はクーペではなくベンチシートの車がいいのよ……。」青春時代にこの歌を聴いていた世代にとって、トーラスワゴンはまさに恋のベンチシートを備えるモテ車だったのだ……


~ カーセンサーEDGE.net連載「功労車のボヤき」 ~
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今回は、気づけば絶滅危惧車になっていたフォード トーラスワゴンです。

時代はステーションワゴンブームやった

トーラスワゴンが、この日本でデビューしたんは1988年のこと。

販売は、マツダがフォード車専門の販売チャネルとして立ち上げた「オートラマ」。CMのコピーは「オートラマへ、愛に、恋」。日本中がバブル景気に浮き足だってた、まさにそんな時代ですわ。

オートラマは当初、マツダのファミリア、カペラ、ボンゴの化粧を変えてそれぞれフォードのレーザー、テルスター、スペクトロンなんて名で売ってたんや。

86年に出したフェスティバが好評やったんで、そろそろ本場モンのフォード車を輸入したろうやないかい! ってことで白羽の矢を立てられたのが、その頃北米でベストセラーカーになっとったアニキ(初代トーラスワゴン)ですわ。

当時の日本はスバル レガシィツーリングワゴンが火付け役となって、ちょっとしたステーションワゴンブームやったんですわ。輸入車ではボルボさんのワゴンが人気やったな。

オートラマでもテルスターワゴンが売れてたもんで、トーラスもワゴン推しでいこうやないかい! ってことになったんですわ。
 

競合する車は存在せえへん、こりゃ売れまっせ!

フォード トーラスワゴン ▲ビッグマイナーチェンジでフォルムの洗練さがアップした実質2代目となるトーラスワゴン。当然、ベンチシートも継続採用!

92年にはビックマイナーチェンジしたんやな。それが実質の2代目となるオレやわ。自分で言うのもなんなんやけど、アニキ(初代)とオレ(2代目)はそりゃ売れましたわ。

人気の秘密は、なんちゅうても「コラムシフトの6座ベンチシート」やん。

唯一無二ってやつですわ。アメ車にしては取り回しのいいサイズもよかったんやな。
 

フォード トーラスワゴン ▲3列目のシートも備えているため子育てファミリーにも人気があった。デートはもちろん、家族との時間も豊かにする“理想のおしゃれ休日”をあっさり体現できてしまうベストモデルだったのだ

買うてくれたんは30代後半くらいのファミリーが多かったわな。アメリカンカルチャーとともに青春を過ごした世代やな。彼らはアメリカンで大らかなベンチシートのステーションワゴンに憧れたっちゅうわけやわ。

彼らが学生の頃には「恋はベンチシート」なんて歌が流行っていたほどやしな。
 

フォード トーラスワゴン

オートラマの店頭でも、「エンジョイ・カーライフの実現」をテーマに「ステーションワゴンのある豊かな暮らし」なんて言葉も添えてもうて、えらく積極的に提案してくれてましたわ。

ハードとソフトを一体化した販売戦略なんとかいうのが、まさに時代の先駆けやったんやな。

せやけど、96年にフルモデルチェンジした弟(実質3代目)にその座を譲った途端に、トーラスワゴンの人気はバブルのようにしぼんでしもうたんや。
 

トーラスワゴン人気失速のホンマの理由は、やっぱベンチシートや思うで

フォード トーラスワゴン ▲96年に登場した実質3代目となるトーラスワゴン

96年に登場した弟で採用された曲線的な「オーバルデザイン」っちゅうのが、まるで「ウーパールーパーみたいやわあ」と敬遠されてもうたんが大きな原因のひとつやけど、ホンマの理由はちゃうんやないかと、オレは思うてんねん。

その頃、全国の販売店名が「オートラマ店」から「フォード店」に変更しとったんや。
せやけど、いくらフォードを名乗っても、もともとは国産車の販売系列やわ。そこには根強い「左ハンドルアレルギー」ってのがあったんやな。

売る側は勘違いしてもうたんよ。

左ハンドルしかなかったトーラスワゴンを右ハンドルにすれば、ぎょうさん売れるんちゃいますか! と。
ハンドルの位置が変わればベンチシートやなくなるけど、右ハンドルで5人乗りのアメ車なら、えらい売りやすくなるんとちゃいますか!と。

結果、唯一無二の存在やったトーラスワゴンの全長は5mを超えてしもうて……。

そしたら単なる取り回しの悪い“フツー”の外車ですやん。
だったらボルボさんの方がエエやん、となることに気づかんかった。

結果、なによりも大事な「恋はベンチシート」を自ら手放してしてもうたんや。

ベンチシートのない弟の失速をもって、99年にトーラスの正規輸入は終了っちゅうわけや。
 

一周まわって、今こそベンチシートで恋を

当時がそうやったように、今でも、いや、むしろ趣味性が多様化した今やからこそ、個性的な「コラムシフトの6座ベンチシート」を備えた左ハンドルのアメリカンなステーションワゴンは魅力的なんちゃいますか。

一周まわって、今こそゆったりとした「ステーションワゴンのある豊かな暮らし」をかなえてみてはどうやろ。

せやけど、2020年8月現在、カーセンサーnetで「フォード トーラスワゴン」を検索してもヒットする物件はたったの1台(95年の2代目)。

アニキにいたっては、どこを探してもおらんのですわ。もはや絶滅危惧車どころの騒ぎやないわ。弟と一緒に完全に絶滅しとるやないかい……。 いったい、オレらが何をしたっちゅうんや……。

ただ、ある情報筋の話によれば、新車で買うて今でも大事に乗り続けている(今では初老となっとるやろな)オーナーさんも実はたくさんいるそうや。 目を三角にして走らせるような車やないから、気長に探せば、程度のエエ中古車と出合える可能性も十分残っとるちゅうことやな。

恋が絶滅しないかぎり、ベンチシートも永遠ちゃいますの?
 

文/夢野忠則 photo/フォード
 
夢野忠則

ライター

夢野忠則

自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は2008年式トヨタ プロボックスのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。