BMW 2002

■これから価値が上がるネオクラシックカーの魅力に迫る【名車への道】
クラシックカーになる直前の80、90年代の車たちにも、これから価値が上がる車、クラシックカー予備軍は多数存在する。そんな車たちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく企画「名車への道」。

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。『クルマは50万円以下で買いなさい』など著書も多数。趣味は乗馬。

もっと有名になってもおかしくない素性の車なんだよ

――松本さん、今月は昔からずっと探していた車両を見つけてきましたよ。

松本 それは楽しみだね。なに?

――この車です。BMW 2002ターボ。

松本 あーいいね。状態もいいじゃない。

BMW 2002
BMW 2002

――早速、基本から教えてください。

松本 BMW 2002ターボは1973年にフランクフルトショーでデビューして、2年間でわずか1672台しか作られなかったモデルなんだよ。

まず簡単にこの2ドアスポーツサルーンの成り立ちを紹介すると、BMWは戦後、実は弩級の高級モデルしか作ってなかったんだ。

ブランドの始まりがエンジン屋さんだったのは有名な話だけど、その特徴を生かすとなるとどうしても高級路線になってしまうんだよね。

でも、当時会社を立て直す必要があったBMWには大衆的なモデルが必要だった。そこでイタリアのISO社のマイクロカーのライセンス生産を行ったんだよ。

――イセッタ(*1)ですよね?

松本 そうだね。このイセッタはドイツの他、イギリスやフランスなどでライセンス生産されて、ヒット作になったんだ。そこからBMWは徐々に本領発揮をしていくんだよ。

――2002の登場はまだですか?(笑)

松本 焦らないで(笑)。その後、開発されたのが有名なノイエ・クラッセ(*2)と呼ばれるモデルだね。BMWの礎のひとつだね。

――エンジンが有名なんでしたっけ?

松本 そうだね。1500㏄の4気筒ユニットはM10と呼ばれていて、1988年まで作り続けられたんだけど、なんと350万機も作られたんだ。2002ターボのエンジンはこのM10の発展型なんだよ。実のところ僕はこのエンジンは最高の4気筒だと思っているんだ。

BMW 2002

――なにが凄いんですか?

松本 レーシングドライバーでエンジニアでもあるアレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン(*3)という人が1950年代に作ったエンジンなんだけど、M10ユニットを2000ccまで拡大できるように設計にされていたんだ。

そのブロックは1980年代のターボ絶頂期のF1にも使われていて、伝説では1500馬力も発揮したといわれているんだよ。

――その時代にそれって……凄いですね。

松本 実際には1400馬力くらいではなかったかともいわれているんだけど、普通に生産されたブロックを取り出して加工しただけだよ? これは本当に凄いことだよ。

だから2002ターボのM31ユニットの170馬力というのはブロック自体の強度としては朝飯前の出力なんだ。BMWは航空機エンジンでターボのノウハウは十分に熟知していたからね。

60年代のヨーロッパツーリング選手権でポルシェに煮え湯を飲まされていたんだけど、2002ターボが登場する4年前にすでに2002tii(*4)をベースにターボを装着して280馬力を発揮していたんだ。

圧縮比こそ6.9と抑えられていたけど、ポテンシャルを感じさせるスペックであることは間違いないね。

――BMWらしいエピソードですね。

松本 エンジンの話ばかりだったけど2002ターボのセンスの良さは2ドアサルーンの上品なスタイリングにオーバーフェンダーとフロントにバンパーを兼ねたチンスポイラーを装着した点かな。青と赤のデカールもいいね。

BMW 2002

――スタイルがもう独特ですよね?

松本 バンパーレスでの量産車だからね、スパルタンだよ。しかもエンジニアはこの車の速さを示すためにturboという文字を反転させて、前方を走っている車のルームミラーから見るとturboと見えるようにしたんだ。洒落の利いた演出だよね。

――あ! そういうことだったんですか?

松本 ちなみに本国ではオーバーフェンダーはリベット留めでスパルタンな雰囲気に拍車をかけていたんだけど、日本では突起物とされてパテで埋められていたんだよ。

BMW 2002

――なんかこの個体はなぜかリベット留めなのに、国内ディーラー車なんですって。

松本 それも面白い話だよね。あ、そうそう2002や2002ターボのベースとなったノイエクラッセのシャシーって2002シリーズよりも5cmホイールベース長いのね。

で、マクファーソンストラット、リアがセミトレーリングアーム式なんだ。BMWはこの時代からマクファーソンストラットを大切にして、今も進化させているよね。

本当に凄いと思うよ。単純な構造だからこそ進化が難しいのに60年近くこだわっているんだから。

――もっと有名でもいい車ですよね。

松本 ようやく2002ターボの価格が最近になって上がってはいるけど、ポルシェやアルファロメオと比べると知れ渡るのが遅かったね。知る人は知っている。そんなモデルが2002ターボなんじゃないかな。
 

■注釈
*1 イセッタ
BMWがライセンス販売をしていた2名乗車のコンパクトカー。本家のISO社より販売台数が多かったため、BMW版の方が有名に。

*2 ノイエ・クラッセ
BMW1500シリーズにつけられた社内での呼称。1961年から1971年まで製造された4ドア乗用車を指し、当時のBMWの主力になった。

*3 アレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン
1907年生まれのレーシングドライバー。エンジニアとしても多くの功績を残した、BMW史を語る際に欠かすことのできない人物。

*4 2002tii
1971年に発売されたインジェクションモデルの2002。130psを誇り、ファストバックのツーリングなども設定されていた。
 

BMW 2002ターボ

1966年から1977年にかけて生産された02シリーズの最上位モデルが2002ターボ。1973年に追加され、独特のルックスと性能で同時代のBMWを代表するモデルに。最高速度211km/hを生み出すために磨かれた空力はBMWの名車3.0CSLとほぼ同じ数値となっていた。総生産台数が少ないため、日本の中古車市場に流通する機会は非常に少ない。
 

※カーセンサーEDGE 2020年6月号(2020年4月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏