190E 2.3-16

■これから価値が上がるネオクラシックカーの魅力に迫る【名車への道】
クラシックカーになる直前の80、90年代の車たちにも、これから価値が上がる車、クラシックカー予備軍は多数存在する。そんな車たちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく企画「名車への道」。

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。『クルマは50万円以下で買いなさい』など著書も多数。趣味は乗馬。

小さなメルセデス・ベンツと呼ぶに相応しい名モデル

――改めて、この企画に合う車を探すの難しいですよね。名車予備軍ってたくさんありそうで、実は少ないですし。

松本:そうだね。名車への道だから希少車じゃなく、むしろある程度の量産モデルの方がいいし、何か車好きの琴線に触れるエッセンスも必要になるからね。例えば大量に生産されたけどレースで活躍した歴史がある車種とか。あとは「名車」と表現したくなるような、デザインが必要なんじゃないかな。

――じゃあ今回の車種はピッタリですね。

松本:何にしたんだっけ?

――メルセデス・ベンツの190E 2.3-16です。

松本:お! やっと見つかったんだ。

――そうなんですよ。昔はかなりの物件があったんですが、ここ数年でコンディションの良いフルノーマル車が全然なくなってしまって……。探すのに苦労しました。あ、こちらの車です。どうですか?

松本:これはまた素晴らしいコンディションだね。素晴らしい。「名車への道」に出てくる車のお手本みたいな個体だね。

190E 2.3-16
190E 2.3-16

――早速190Eについて教えてください。

松本:190Eが日本に登場したとき「小さいベンツ」なんて揶揄されたのは知ってるよね? でも、実際は上位クラスを小さくして、メルセデス・ベンツのエッセンスが満載のモデルだったんだ。

――当初は揶揄されたけど徐々に評価が高くなっていったイメージがありますね。

松本:内装の感じとか当時のEクラスに近い雰囲気があるんだよ。当時も海外でも日本でも意識の高い人からはとてもスマートに見えたはずだよ。日本人ってミニマリズムが生活に入っているから、凝縮されたところが評価されてヒットしたんだと思うな。
 

190E 2.3-16

――見た目がもうメルセデス・ベンツ! って感じですね。

松本:190Eのデザイナーはブルーノ・サッコ(*1)というイタリア人なんだけど、この人の凄いところは1958年からメルセデスで仕事をしていて、若い頃からメルセデス・ベンツのアイデンティティを吸収していたことなんだ。

デザインだけに留まらず、車体の骨格や構造まで把握しようとしたんだ。だからプラットフォームとデザインがひとつになって飽きのこないスタイリングを作ることができたんだね。

その後のメルセデス・ベンツのデザインもこの190Eと同じ流れになっているよね。今でも熱狂的なファンが多いW124のEクラスも元はと言えばこの190Eのデザインがベースだからね。

――エンジンもかなり面白いですよね?

松本:そのとおり。メルセデス・ベンツは190Eに搭載したM102(*2)の4気筒ユニットでレースやラリーモデルを作りたかったんだ。当初は純粋なコンペティションモデルとしてのホモロゲーションを取得しようという目論見だったんだけど、扱いやすく素性の良いことから市販モデルとなったんだよ。

このシリンダーヘッドを設計したのがモータースポーツエンジンの世界では有名な、泣く子も黙るコスワース(*3)だったわけ。なぜエンジンでは一家言あるメルセデスがわざわざコスワースに依頼したのかというと、コスワースが作ったコスキャストという鋳造技術と高性能4バルブを大量に生産するノウハウが欲しかったんだろうね。

この190E 2.3-16は前後にスポイラーが付いてたりして結構スポーツ色が強いけど、AT仕様もあることから女性オーナーも多かったよね。

190E 2.3-16
190E 2.3-16

――190E EVO(*4)のイメージが強すぎて、2.3-16にもスポイラーが付いてることすっかり忘れてましたよ。

松本:ちゃんと勉強しなさいよ。この2.3-16のスポイラーはね、当時のセダンとしては最高の空力特性が確保されていたんだよ。リミテッドスリップも標準装備だし、サスペンションはハード、ロール剛性もしっかりと上げられていたんだ。

さらにいえばステアリングのレシオだって全然違うし、ゴムブッシュもコンプライアンスを少なくさせるために硬いブッシュが取り付けてあったんだ。実に細かなところにも手が行き届いたモデルなんだよ。これも名車への道のエッセンスだよね。

190E 2.3-16

――小さいボディに中身がギッチリ。これって日本人は好きなタイプですよね?

松本:そのとおり。特に今の時代にピッタリだよね。こういった時代を先取った車はセールス的には失敗することが多いんだけど、しっかりと結果を残した。やっぱりメルセデス・ベンツって凄いなって感心させられるよね。
 

■注釈
*1 ブルーノ・サッコ
190EやW124、W129などを手がけたイタリア人デザイナー。サッコプレートと呼ばれるサイドパネルのデザイン処理でも有名。

*2 M102
190Eに積まれた直列4気筒エンジンの型式。後に16V化され、その高性能バージョンも190E 2.3-16として市販化された。

*3 コスワース
1958年に創業されたレーシングエンジンビルダー。ロータス、メルセデス・ベンツ、シボレーなどにエンジン供給を行った。

*4 190E EVO
1989年と1990年に追加されたレーシングモデル。正式名称は190E 2.5-16エボリューションで、ⅠとⅡが存在する。
 

190E 2.3-16(初代)

1982年から1993年まで発売されたメルセデス・ベンツ初のDセグメントモデル。ベースとなる190Eの他に2.3Lモデルや2.5L、直6の2.6Lモデルが用意され、ツーリングカーレースのホモロゲーションを取得するためのEVO Ⅰ、EVO Ⅱも生産された。
 

文/松本英雄、写真/岡村昌宏
 

※カーセンサーEDGE 2019年9月号(2019年7月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています