▲筆者を含むある種の車好きは「往年のあの車」にこだわりがちだが、「昔は良かった」というのは本当なのだろうか? というか往年のあの車は今乗ってもステキなのか? 写真は現行ルノー ルーテシア ▲筆者を含むある種の車好きは「往年のあの車」にこだわりがちだが、「昔は良かった」というのは本当なのだろうか? というか往年のあの車は今乗ってもステキなのか? 写真は現行ルノー ルーテシア

思い出は思い出としてそっとしておくのが正解か

所用のため月に数回は必ず通る某ターミナル駅構内の地下道で、いつも見かけるホームレス男性がいる。知的な顔立ちのいわゆるイケメンで、常に直立し、何らかの本を静かに読んでいる。筆者がそこを通りかかるようになってかれこれ3年になるが、彼が地面に座り込んだり寝転がっている姿は今まで一度も見たことがない。

勝手な想像にすぎないが、それが彼なりの「意地」なのだろう。

大量の荷物を抱えて路上に座るまたは寝転がるなどすれば、自分がホームレス状態にあることを自分自身が認めざるを得なくなる。しかし立ってさえいれば、「自分は決してホームレスではなく、たまたま今ここで立ち止まって本を読んでいるだけなのだ」というマインドセットが自分の中で(いちおう)成り立つ。そういったセルフイメージを自分の中で保ち続けることで、彼はいつの日か訪れるはずの「復活」を待っているのだ。

大変な努力である。わざわざ声をかけたりはしないが、彼の横を通るたびにわたしは「……がんばってください」と静かに心の中でつぶやいている。

▲いつもの地下道で「男の意地」について考える(ちなみに写真はイメージで、実際のものとは異なります) ▲いつもの地下道で「男の意地」について考える(ちなみに写真はイメージで、実際のものとは異なります)

……などという多分に浪漫派な見解を過日、件の地下道で連れの女性に伝えたところ、女性というのはあくまでも現実的なのか、リアリズムたっぷりな見解でわたしの見立てを否定した。

「ていうか座ってると駅の規定で構内から追い出されるから、立ってるだけのことじゃない?」

……確かにそうかもしれない! いや真相はご本人に尋ねない限り藪の中だが、わたしの浪漫派な見解よりも、彼女のリアリズムあふれる見解の方が正しい確率は高いだろう。うむう……。

そんなリアリズム全開な見立てに納得しつつも、何か釈然としないものは残った。どういうことかといえば、おそらくは正しい見立てを知ったわたしだが、それを知る前と比べてわたしは幸せになったかといえば、全然なっていないのだ。逆に(おそらく)正しい見立てを知ったことで陰鬱な気分となり、どこかほんのり輝いていた地下道の一角は、くすんだリアリズムグレーに塗りつぶされたのだ。

やたらと現実的な(しかしたぶん正しい)見立てを伝えた彼女を非難しているのではない。「世の中、知らない方が幸せなこともある」という話だ。

▲とかく浪漫派思考に陥りがちな男性に対し、やはり女性の思考はかなり現実的? ▲とかく浪漫派思考に陥りがちな男性に対し、やはり女性の思考はかなり現実的?

そしてそれは車においても言える話だろう。

筆者を含むある種の車好きは、往年のモデルを必要以上に美化してしまうきらいがある。思い出というのはどうしたって美しいものだが、年月とともにそれは実際の何倍にも美化されていく。また過去実際に乗っていた車を美化するのはまだいいとして、実は乗ってもいなかった車に対しても「あの時代の車はステキだった!(だから乗ったことがないあの車もステキに違いない!)」という補正が自動的に働き、その実力以上に素晴らしい何かとして記憶される。

それらは言ってみれば偽の記憶なのだが、筆者が思うに、そういった偽の記憶はあえて厳格な再検証などせず、美しい記憶のままとっておくのが幸せなのではないか。つまり往年の名車は極力買わず、実際に買うのは最近の車にしておいた方が幸せなのではないか……ということだ。

▲果たして「往年の名車」は2015年の今乗っても「名車」なのか? ▲果たして「往年の名車」は2015年の今乗っても「名車」なのか?

なぜならば、それら往年の車を今本当に買ってしまうと、結果としてがっかりすることも大いにあり得るからだ。「……この車ってこんなにしょぼかったっけ?」「……単に古いっつーか何つーか」と。

もちろんこのあたりは一概には言えない話であり、「やっぱシンプルで軽量な80年代のフランス車はサイコーだぜ!」となるケースだってあるだろう。しかし一般論というか安パイとしては、極力新しい設計の車を選んだほうが何かと無難なのは明白であろう。

あくまで一例だが、フランスはルノーのルーテシアである。

▲13年9月から販売中のルノー製コンパクトハッチバック。基本となるのは1.2L直噴ターボ+6速DCTで、そのほかに0.9L+5MTの「ゼン0.9L」と1.6L直噴ターボ+6速DCTの「R.S.」がある ▲13年9月から販売中のルノー製コンパクトハッチバック。基本となるのは1.2L直噴ターボ+6速DCTで、その他に0.9L+5MTの「ゼン0.9L」と1.6L直噴ターボ+6速DCTの「R.S.」がある

筆者のような古いモノ好きはついつい「やっぱクリオ ウィリアムズが一番だよね」とか「いやいや、クリオ2フェイズ1の柔らかさこそが……」「いやいやいやルーテシアじゃ新しすぎる! その前のサンクこそが本来の……」などと思いたがる。それらはいちいちよくわかる意見だが、しかしもはや実際問題古い車なのだ。今乗って最高かどうかは(最高と思えるコンディションの個体が残っているかどうかは)甚だ疑問なのである。

それよりも今は、例えばルーテシアであれば現行型の問答無用な現代的美しさと高性能っぷりを、素直に楽しみたい。多分にドイツ車っぽくなった部分も多いが、しかしやはりフランス車ならではの「柔らかさ」や「日本人から見るとちょっとヘンと思えるステキな造形センス」は十分以上に健在だ。そして言うまでもなく各種の動力性能は、初期のルーテシアたちとは比べるべくもない。

▲うねりのある有機的造形は、ふた昔前のスーパーカーを超えるレベル? 写真は「GT」 ▲うねりのある有機的造形は、ふた昔前のスーパーカーを超えるレベル? 写真は「GT」
▲室内のデザインおよび素材感も非常に上質。オプションで華やかな差し色を使っている個体も多数存在する。写真はベーシックな仕様の「ゼン1.2L」 ▲室内のデザインおよび素材感も非常に上質。オプションで華やかな差し色を使っている個体も多数存在する。写真はベーシックな仕様の「ゼン1.2L」

そして中古車相場も、一時は新車とさほど変わらぬ値段だったためわざわざ中古車を買う意味を見いだしにくかったが、ここ最近は1.2L直噴ターボのインテンスとゼンに(どちらも本当に素晴らしい車だ)、新車価格と比べて断然安価な物件が増えてきている。それらを買おうじゃないか。そして往年のクリオやサンクは、美しい思い出のままにしておこうではないか。

ということで今回のわたくしからのオススメは、一例としての現行ルノー ルーテシアだ。

text/伊達軍曹