▲一目でアメリカ車とわかるデザインながら、当時としては画期的なFFを採用するなどGM社の力の入れようが伝わってくるトロネード ▲一目でアメリカ車とわかるデザインながら、当時としては画期的なFFを採用するなどGM社の力の入れようが伝わってくるトロネード

当時のアメリカがいかに凄かったか、それが分かる一台だね

5mオーバーながら2ドアクーペとし、後席からもドアが開けられるなど、見た目以上の驚きに詰まった一台である。1930年代に使われた前輪駆動システムをこの年代に復活させて搭載。当時の業界に大きな衝撃を与えた。その技術は翌年には同グループのキャデラックエルドラドにも用いられている。今回撮影した車両は1966年式、走行距離40736マイルという個体。

徳大寺 今日はまた“例”の下町のお店に行くんだろう。あのお店はさ、なかなか珍しいモデルもあって面白いよな。
松本 巨匠と僕で3回は行ってますから。売れ筋云々よりも、オーナー自身が好きな程度の良いモデルを扱っていますよね。毎回、取材とは別の車に興味を持っちゃって本題に進まないという興味深いお店です。
徳大寺 そうなんだよな。あの店が得意とするのはアメリカ車だから、今日はちょっとやそっとじゃお目にかかれないアメ車でいきたいな。
松本 それで、僕自身も実車をこのお店で初めて見た“オールズモビル トロネード”にしようと思います。
徳大寺 そそりゃまた珍しいな。トロネードって車は、カッコからするとどう見てもFRに見えるんだけど、実はFFっていうのが面白いよ。あの頃のGMっていうのは最後の良心でこのモデルを作っていたんじゃないかな。
松本 GMという会社は車を夢の乗り物と見立てて“モトラマ”というGM独自のモーターショーを1949年から61年まで全米各地で11年間も行っていたんですね。その最後の年に後の“トロネード”のデザインは描かれていたそうです。
徳大寺 当時のGMはデザインやメカニズムに最新のモノをいち早く導入して、ユーザーに見た目だけではない次世代の自動車の在り方も提案していたんだ。電気式のスターターを初めて導入したのもキャデラックだからね。ヨーロッパよりもずっと革新的で進歩的だったんだ。
松本 そういえばシボレーコルベアだって1960年には水平対向空冷6気筒をリアに搭載していましたからね。しかも1965年にターボチャージャーを搭載したモデルもあったんですから、GMが考える最先端のエンジンを積極的に提供したわけです。
徳大寺 トロネードは1966年が最初だったと思うんだけど、とてもでかい印象があったな。本来トロネードを量産に移そうとしたときには、もう一回り小型のプラットフォームに載せようとしたんだ。でも、一車種に専用のパッケージングではコストがかかりすぎるという理由で、高級セグメントのブランドとして新たに開発中だったキャデラックとオールズモビルの専用シャシーに被せたというわけなんだな。
松本 この当時のGMは、先々のビジョンを持って量産車にテクノロジーを反映させていたんですね。GMはアメリカ車の悪い点を車重だと判断して、FR方式の前後のコンポーネントをまとめて後ろか前にしようとしていたのでしょう。
徳大寺 だからこそRR方式で空冷6気筒のコルベアであり、今日見に行くトロネードになるわけなんだ。FF方式はこれから自動車産業の柱になる技術だと確信していたんだ。だからトロネードには莫大な開発費がかかっていると思うな。トロネードの発表の後、満を持して1967年にキャデラック・エルドラドが発表され、GMのオリジナリティを持った高級なフロントエンジンフロントドライブが搭載されたんだよ。7LのFFだよ。もちろん高級車ではFFはキャデラックじゃなくて“コード”という弩級の高級車だったんだけどね。
松本 到着しました。トロネードありますね。しかし思っていた以上に大きいな。全長は約5.8mで幅が2m以上ですからね。しかも最近の車に比べてフロントの角っこを斜めにカットしないデザインですから実際に見ると怖いぐらい存在感がありますね。
徳大寺 色がいいな。マルーンで。こういうソリッドカラーでも渋めの色はクロームメッキが映えるんだよ。内装も同じマルーンだね。シートもえらくきれいだけど、これはシートを張り替えてきれいにした内装じゃないな。こんな程度がいいトロネードがあるんだね。色だって塗り直してないんじゃないか。いい感じだ。高級なクーペだと思うよ。内装の取っ手などにも、滅多に剥げないぐらいメッキが施されているなぁ。
松本 現在のようにレギュレーションがうるさくない時代ならではのデザインですね。フロントの左右の出っ張っているところは斧のように尖っていて現在ではあり得ないでしょう。スゴイの一言です。こんなにお金をかけた量産車が1960年代のアメリカにはあったんですね。
徳大寺 1940年代から1960年代までのアメリカ車は本当に高級だった。ありったけの独創的なデザインを受け入れ、技術革新にも目覚ましいモノがあった。しかし自らが作り上げた技術やデザインに加速がついて、1970年代からはついて行けなくなったのではないか。トロネードのような当時のアメリカ車を見ていると、ヨーロッパ車に比べていかに凄かったかがうかがえるよ。

▲オールズモビル トロネード インパネ
▲オールズモビル トロネード エンジン
▲オールズモビル トロネード ドア
▲オールズモビル トロネード バンパー
text/松本英雄
photo/岡村昌宏