キズやへこみさえポジティブに変わる!? 気軽に自分らしく車を楽しむ「ステンシル」というアイデア
2021/02/02
ぶつけた部分を直すより、キャンバスにしたら面白いかも
きっかけは愛車をぶつけたことだった。
日本を代表するアーティストたちのライブを撮影しているカメラマンの橋本塁さん。ある日、愛車の日産 NV350キャラバンの左スライドドアをベッコリへこませてしまった。ディーラーで見積もりを取ると、「ドア交換になる」と言われた。
普通なら「高くついたな……」と思いつつも修理をするか、我慢してへこんだまま乗り続けるかの二択に迫られるが、橋本さんは別のことが頭をよぎった。
「車にステンシルを施したらどうなるだろう」
橋本さんはライブ撮影以外にも、スポーツブランドのオフィシャル撮影、アパレルブランドのプロデュースなどを手がけている。その中で、スニーカーや洋服に文字や柄をプリントするステンシルを施して既製品とはまったく違う魅力を引き出すワークショップを手がけている。このステンシルを車にすることはできるかとステンシルアーティストの守矢努さんに相談したところ「やったことはないけれどできるのではないか」という答えが。
それならダメ元でチャレンジしてみよう。橋本さんはすぐにそう考えたという。失敗したらドアを交換すればいい。そんな思いもあったはずだ。
そして結果は、橋本さん、守矢さんの想像以上にハマった。スライドドアのへこみが目立たなくなっただけでなく、ステンシルとマッチしてあたかも意図的に凹凸をつけているような雰囲気すら漂う。へこみが原因で塗装が剥げた部分はサビが出ているが、それさえ意図的にエイジング加工したように見える。最初のステンシルを施してから2年。その間に何度も洗車しているのに剥げる気配もない。
「最初のステンシルは、“You play with the cards you’re dealt..Whatever that means”(配られたカードで勝負するのさ。それがどういう意味であれ)というスヌーピーの漫画に出てくる有名な言葉を入れました。それがすごくいい雰囲気でとても気に入りました。今、ファッションの世界ではアップサイクル(古くなったものを捨てるのではなく、アイデアを加えて別のものに生まれ変わらせること)という考え方が注目されています。このステンシルで愛車をアップサイクルできた。そう強く感じました」
20代で雑誌社の社員カメラマンからキャリアをスタートさせた橋本さんは30代で独立すると、メルセデス・ベンツのMLクラスやGクラスといった高級輸入車を乗り継いだ。「今思えばかなり無理をしていた」というが、それでもあえてメルセデスを選んだのは、少なからずフリーランスで活動する自分を大きく見せたいという意識もあったに違いない。
しかし40代になった途端、そんな思いが急になくなるとともにがんがん使い倒せる“働く車”の方に視点がシフトチェンジした。
「もう何年も春は写真展で3ヵ月かけて全国を回り、秋はファッションブランドの展示会で全国を回るという活動を続けています。どちらも大量の荷物を積んで出かけるので、そのたびにハイエースバンを長期レンタルしていました。ある時、年の半分をレンタカーで過ごすのってバカみたいだなと思ったんですよね」
購入から3年ですでに10万km以上走っている橋本さんのNV350キャラバン。乗り倒している分、細かなキズやへこみができてしまう機会も多い。ところが、このステンシルでマイナスがプラスになることに気づいてからというもの、キズができても気落ちすることはない。むしろ「このキズにはどんなデザインを入れよう?」と、ちょっとした楽しみにさえなった。気づけばフロント、両サイド、バックドアとたくさんのステンシルが入った世界に1台だけのNV350キャラバンになっている。
費用は数千円から可能!
ここで、あらためて橋本さんに車にステンシルを施す魅力を教えてもらおう。
◆コストパフォーマンスが高い:エアロを付けたりオールペンをするとなると最低でも数10万円の予算が必要になるが、ステンシルは大きさにより数千円から施せる。この気軽さがいい!
◆気軽!:ボディにスプレーで施すので、極端な話、やって気に入らなければ消すことも可能。
◆多くの図柄から選べる:橋本さんの愛車にステンシルを施した守矢さんは多くのステンシルシートを持っている。その中から自分好みのものを好きな場所に入れてもらえる。
◆目の前で施してもらえる:大掛かりなカスタムと違い、ステンシルの作業時間はわずか。そのため自分の目の前で作業が進んでいく。まさにライブだ!
ある時、橋本さんはファッションブランドの方で洋服を買ってもらったお客さんから希望があれば守矢さんがその場で洋服にステンシルを入れるワークショップを開いた。守矢さんと打ち合わせをする中で、思いつきで「今度、車にもステンシルを入れるイベントもやってみよう」と盛り上がった。
初開催は新潟。するとこのイベントが大好評で、多くの人が来場し、ステンシルが入った自分の車を見て満足そうにしていたという。来場者にはある特徴が。それはほとんどの人が30~40代でファッションにこだわりをもった人。そしてアウトドア、中でも雑誌『GO OUT』が提唱するユルくオシャレなキャンプを楽しんでいるタイプの人だった。
ドレスダウンにも飽きた人が次の手段としてステンシルに注目!
これを聞いてピンときたなら、中古車事情にかなり詳しい人だ。
数年前から、トヨタ ランドクルーザー80やハイエースバン、初代日産 エクストレイル、JA12/22型スズキ ジムニーなど90~00年代の中古車を少し古く見せるカスタムが流行している。
このカスタムではボディをベージュや淡いブルーのようなニュアンスカラー、あるいはカーキやオリーブドラブなどでミリタリーっぽい雰囲気にオールペンすることも多い。その流れを見て、新車でもこれらの色を設定するものが増えてきた。
最初にこれらの車を手に入れた人は「人と違った自分のライフスタイルに合う車に乗りたい」という思いがあったはずだ。しかし、流行が大きくなり同じような車が増えてくると、人と違う車に乗りたいという気持ちが満たされなくなってしまう。
そんなもやもやした気持ちを抱えているところにステンシルの存在を知り、これなら気軽に自分らしさを表現できると飛びついた。
しかも、ライブ感覚で作業を見ることができるステンシルはSNSとの親和性が高い。最初は橋本さんや守矢さんのInstagramにたどり着いた人がシェアしていたが、今では自分の車にステンシルを施した人たちが写真をアップすることで情報がどんどん拡散。新たなムーブメントになる兆しが見えている。
「イベントでは給油口やプライバシーガラスにステンシルを入れている人が多いですね。どんなステンシルを入れるかを悩んで、最終的に守矢さんにお任せするという人も少なくありません。実は僕も守矢さんにお任せしました」
新たなものを手に入れてカスタムするのではなく、今あるものにちょっとプラスして新たな世界観を表現する。ボディの傷というネガティブな要素も、それをうまく生かしたステンシルを施すことでカバーアップすることができた。
そんなサスティナブルな感覚が、今の時代とリンクしたのかもしれない。
「パーキングメーターに止めていたら、海外からのツーリストが僕の車を撮影している光景を何度も目撃しました。目立つので匿名性はなくなりますが(笑)、その分、世界で1台だけの車に乗っているという満足感は高いですよ」
買ったばかりの新車にスプレーするのは勇気がいるが、ちょい足し前提で中古車を探せば楽しみが増える。そのひとつの方法として、ステンシルは大きな存在になりそうだ。
▲“アップサイクルセンター”と称した守矢さんのワークショップでステンシルしてもらうことが可能。不定期で開催されている
【関連リンク】
自動車ライター
高橋満(BRIDGE MAN)
求人誌編集部、カーセンサー編集部を経てエディター/ライターとして1999年に独立。独立後は自動車の他、音楽、アウトドアなどをテーマに執筆。得意としているのは人物インタビュー。著名人から一般の方まで、心の中に深く潜り込んでその人自身も気づいていなかった本音を引き出すことを心がけている。愛車はフィアット500C by DIESEL
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