湖畔のログハウス暮らしとヨットを楽しむフィアット パンダ クロス
2022/12/02
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
忘れられなかったヨットのある暮らし
「人里離れた」というありがちなフレーズ。だが,そんなフレーズがこのうえなく似合ってしまう、山に囲まれ、湖に面した土地に、大沼 崇さんのログハウスとフィアット パンダ クロスはある。
もともとは神奈川県内に住まい、ビギナー向け天体望遠鏡の開発をしていた。いや「ビギナー向け」といっても、大沼さんが作っていたそれは安価でありながらもひたすら本格的で、「初級者や中級者にもしっかりした品質の天体望遠鏡を使ってもらうことで、もっともっと星を好きになってもらいたい」との願いから生まれたものだ。そして大沼さんの天体望遠鏡は結果として、今も売れ続ける超ロングセラー商品となった。
また、仕事として天体望遠鏡を開発するかたわら自身のライフワークとしても星の観察を続けてきた。そんな中で、ひんぱんに通うようになった場所が、甲信越地方の山中にある現住所付近だ。
「といってもいきなりログハウスを購入して移住したわけではなく、ここから数百メートルぐらい離れたところにある山荘に100回以上も通ってたんですよ。コロナ禍のときは、その山荘で9ヶ月にわたって仕事道具と一緒に“避難暮らし”もさせてもらいました」
そんな山荘通いというか“山へ通う日々”の中で、現在住んでいるログハウスと出会った。
「今から十数年前ですかね。前のオーナーさんがこれを建てたばかりの頃の11月、湖のほとりに小さなかわいいログハウスができていて、煙突から薪ストーブの煙が上がっていて。……素晴らしいと思いましたね。そして『ここには僕が望む“すべて”がある!』とも思いました」
ここで大沼さんが言う“すべて”とは、前述したライフワークとしての天体観測と、そして静かな山暮らしに加えて“セーリング”を指している。
オーストラリアの大学に進学したことをきっかけに、若き日はセーリングに打ち込んでいた。2人乗りの艇を友人と折半して購入し、草レースにも挑戦した。だが相棒である友人が転勤となってしまったことをきっかけに、25歳でヨットを降りた。
「でもね、その後もずっと『いつかまた乗りたい』とは思ってたんですよ」
しかし、セーリングというものが庶民の暮らしに完全に根付いていて、安価なコストで楽しむことが可能だったオーストラリアと違い、日本におけるヨットは貴族的な趣味だった。漁業権や規制の関係で船を下ろせるビーチは限られ、自由に船を出せるマリーナは、数十万円レベルの年会費がかかってくる。
「それもあって再開できずにいたのですが、今から5年前に『それでもやっぱりもう一度やりたい!』と思っちゃって、まずは船もないのにウエットスーツなどをひと通りそろえ(笑)、車も、ヨットが載せられるフィアット パンダ クロスに買い替えました。そしてネットオークションで“自分でも買える金額のヨット”を探しまくりました。すると……出てきたんですね」
最初にネットオークションで購入した英国製のトッパー(11フィートの小型ヨット)は5万円。そして、現在のメイン艇である「aquamuse」というカヌーにもセーリングにも使える軽量セーリングカヌーも十数万円で手に入れた。
“すべてがある”湖畔のログハウスでの暮らし
そうして山の上の山荘から湖までaquamuseを運ぶ日々が始まったわけだが、もしもできることなら、あの「湖の前にあるログハウス」で暮らしたいと、強烈に思うようにもなっていた。それは、若い頃オーストラリアで見かけた憧れのライフスタイルそのものだったからだ。
だがそういえばここ数年、あのログハウスから蒔ストーブの煙が上がっているのを見ていないし、オーナー氏の姿も見かけていない。
世話になっていた山荘の主人経由で尋ねてみたところ、ログハウスを建てたオーナー氏はやむを得ない事情により、ログハウスを使わなくなっているとのこと。
そして、ログハウスを継承することになったオーナー氏のご兄弟はハウスをまったく使うことがないまま、毎月の管理コストは支払わなければならないため、若干持て余し気味で新しいオーナーを探していたところであった。
「……ならば自分が」と、これまた山荘の主人経由でご兄弟氏に話をしてみたところ、「このあたりの土地は部外者には売らない決まりになっているんだけど、大沼さんは“ここの人”みたいなものだから(笑)、喜んでお譲りしますよ」との返事をもらうに至った。
そして今年初夏、大沼さんと妻・亜子さんはフィアット パンダ クロスを連れ、生活の主軸を神奈川県内から「湖の前」に移した。
「先ほども言いましたが、ここには“すべて”があるんですよ。ヨットを湖まで運び、セーリングを楽しむ。天気がいい夜は、これまたパンダ クロスに天体望遠鏡を載せて、近所の見晴らしのいいところに星を見に行く。そして向こうの山で雪が降ったと聞けば、妻と一緒にパンダ クロスで峠まで駆けつけて、ドライビングそのものを堪能する――みたいなね。そして春から秋にかけては湖にたくさんのバイカーさんがいらっしゃるので、土地の一部に自分でデッキを作ってバイカーさん向けのカフェでも作ろうかと考えています。」
出版関係の専門職をリモートワークで行っている妻の亜子さんも、ログハウスでの暮らしに、そしてマニュアルトランスミッションしか用意されていないフィアット パンダ クロスという車を相棒とする生活に、大いに満足しているという。
「といっても私はデュアロジック(セミAT)のフィアット 500に2台続けて乗っていたので、パンダ クロスでの坂道発進だけは最初のうちかなり苦手でしたが(笑)、今ではすっかり慣れました。そして雪道を走るのも、実はもともと大好きでしたから」
聞けば亜子さん、フィアット 500に乗っていた時代から、女神湖の氷上で行われるドライビングレッスンに熱心に参加しており、氷上や雪上での運転は「かなりイケる口(大沼 崇さん談)」なのだという。足りなかったのは、不慣れだったMTの操作テクだけだったのだ。
人里離れた湖のほとりでの、静かな暮らし。風のみを動力源とする、小さな船。そして原始的なマニュアルトランスミッションと、わずか0.9Lの2気筒ターボエンジンを搭載する小さな四輪駆動車。
これらをもってして「何もない」と感じるか、「逆に豊かである」と思うかは、人それぞれだろう。
だが、必要に駆られて持参したノートPCを抱えながら電子制御満載の中型車に乗り込み、湖面のきらめきと小鳥のさえずりに背を向けて、あわただしく都会へ戻ることになった筆者個人の見立ては、以下のとおりだ。
大沼さんが言うとおり、あの場所には“すべて”があった。
大沼崇さんのマイカーレビュー
フィアット パンダ クロス(現行型)
●年間走行距離/15,000km
●マイカーの好きなところ/ワインディングも未舗装路の運転も楽しいところ
●マイカーの愛すべきダメなところ/純正ナビがないところ
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/雪道や山道などを走ってアクティブに遊ぶ人
自動車ライター
伊達軍曹
外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。