▲旗状敷地。入口から建物までのアプローチが狭く、奥で広がっている土地。一般的には不便に感じるその土地に建築家が建てた自邸には、自然に囲まれた豊かな空間が広がっていた▲旗状敷地。入口から建物までのアプローチが狭く、奥で広がっている土地。一般的には不便に感じるその土地に建築家が建てた自邸には、自然に囲まれた豊かな空間が広がっていた

自然に囲まれた旗状敷地に建つ、カーガイの隠れ家

カーガイの建築家は、どんな家に暮らしているのか。EDGEの読者諸兄ならば、興味津々のはずだ。今回訪れた田邉恵一さんの自邸は、まさにその対象だ。

場所は都心に近い東京都目黒区。主要道路から100mほど入った古くからの住宅街で、広い庭と大きな樹木をもつ邸宅が立ち並ぶ。その一角に田邉邸があるのだが、正面の玄関側は桜やケヤキなどの木立がうっそうと茂り、建物のほとんどを隠してしまっている。訪れた当初、玄関がわからずに二度ほど通り過ぎてしまったほどだ。しかしワンブロック迂回して背後に回ると、「これは飛行機の格納庫か…」と思わせるような独特な形をした田邉邸を確認。そのうえで改めて正面に回った。

一般的に「旗状敷地」と呼ばれる土地の形状であるため、門から玄関までのアプローチがたっぷりしている。豊かな緑に迎えられながらガレージ前まで進むと、都心近郊とは思えない空間が広がる。玄関周辺は内外の境界が曖昧で、それがどことなく異国情緒をもたらしている。広い前庭は、大切な愛車や愛犬が行動しやすいようにデザインされているのだと感じた。「もともと、ここは私の実家だったのです。夫婦ともに犬が好きで緑が好きで…。これを、この都内でどれだけ具現化できるか、がコンセプトでした。車には不利な土地条件ですし、南北に長い土地なのでどうやったら明るく風通しのよい家になるか? なども含めて欲張りな形になりました」と、田邉さん。

改めてガレージを見ると、スーパー7とポルシェ 911 カレラ4の2台が収まり、門前の屋外駐車場にはプリウスPHVが置かれている。そして、現在サービス入庫中のルノー・アヴァンタイムを入れると合計4台。たしかに、車の出入りには、細いアプローチを通らなければならないという手間がある。勢い、普段の移動はプリウスが中心となるのだが、愛車たちへの思い入れは強い。

「このスーパー7は今から25年前に購入したのですが、最初は屋根のない駐車場でした。その頃から、ガレージのある家が欲しいと強く思い始め、18年前にこの家を設計しました」

田邉さんは大学で自動車部に在籍し、その後もラリーカーを中心にスポーツモデルを乗り継いできた。愛車との関わり方は、ピカピカに磨き上げてガレージに収める…ではなく、「あくまでもドライビングです。これまでも、走りに特化した車を所有してきました」 その象徴的なモデルが、ライトウェイトスポーツの代名詞ともいえるスーパー7であり、20年の付き合いになるポルシェ911だ。ボディやタイヤを見れば、きちんと乗りこなしている様子が窺える。あくまでも走るために選ばれた愛車たちを格納するガレージに対して、「車との関係を、できるだけ多く作りたいと考えました。ガレージが1階、リビングルームが2階だとそうした関係も作りにくいのですが、工夫をしてあります」

すべての動線から車や自然が感じられる

たとえば、ガレージ正面のシャッターが閉まっていても、玄関を入り2階へ向かう階段からガラス越しにガレージ全景が見渡せる。さらに階段を上るにつれて俯瞰で見下ろすことができることも、いろいろな角度から愛車を楽しめる嬉しいデザインだ。

2階のリビングルームは、まるで植物園のよう。窓には屋外の樹木が迫り、屋内には巨大なウンベラータをはじめとする観葉植物がレイアウトされている。それでも天井が高く、ガラスエリアも広いので、木々による閉塞感はない。それどころか、外界の人工物がまったく見えないので、まるで高原の別荘地にでもいるかのように錯覚する。この空間は、夫人の趣味によるもの。設計にあたり夫人からのオーダーはほとんどなかったようだが、それは田邉さんが「家内の希望は予測できる」からにほかならない。キッチンやリビングルームなどの細かい部分については、一つひとつ確認しながら進めていったというから、まさにオシドリ夫婦といえる田邉夫妻なのである。

心地よいリビングルームを満喫していると、「この部屋は月光浴ができるんですよ」 と、田邊さんが教えてくれた。天井付近に広がるハイサイドライトから月光が差し込み、満月の夜にはその光で読書ができるそうだ。「昼は昼らしく、夜は夜らしく。天候の変化や自然の動きが享受できるように、自然現象と対話できるように、そんなイメージです」

屋上には、夫人が丹精を込めている菜園があり、季節の野菜が楽しめるという。敷地内に一歩足を踏み入れた瞬間、豊富な自然と一体になれる空間に包まれる。田邉邸は人、動物、植物、そして車、それらがすべて自然体で無理なく力まず暮らしていける空間なのである。

▲門を抜けると正面にガレージが現れる。見上げると、屋上に作られた家庭菜園の緑がT邸に鮮やかな彩りを添えている▲門を抜けると正面にガレージが現れる。見上げると、屋上に作られた家庭菜園の緑がT邸に鮮やかな彩りを添えている
▲スーパー7は25年、911は20年と付き合いが長い。磨き上げて飾るのではなく、車本来の魅力を引き出し乗りこなしている▲スーパー7は25年、911は20年と付き合いが長い。磨き上げて飾るのではなく、車本来の魅力を引き出し乗りこなしている
▲歴代の愛車のなかでも、944S2は特に思い出深い一台。マクラーレンF1-GTRのレースカーをFSWでドライブしたことも▲歴代の愛車のなかでも、944S2は特に思い出深い一台。マクラーレンF1-GTRのレースカーをFSWでドライブしたことも
▲1階と2階を繋ぐ階段からは、いろいろな角度でガレージが臨める。ガレージは自然光がたっぷり注ぐ一等地だ ▲1階と2階を繋ぐ階段からは、いろいろな角度でガレージが臨める。ガレージは自然光がたっぷり注ぐ一等地だ
▲夜に照明をつけると、リビングルームから1階のガラス窓に映る愛車たちが見えるような工夫が施されている▲夜に照明をつけると、リビングルームから1階のガラス窓に映る愛車たちが見えるような工夫が施されている
▲緑が大好きという夫人の趣味で、リビングルームにも観葉植物が溢れている。内外の境が感じられずなんとも居心地がいい▲緑が大好きという夫人の趣味で、リビングルームにも観葉植物が溢れている。内外の境が感じられずなんとも居心地がいい
▲玄関を入ると右手にはガレージに続くドアが。過剰ではない適度な車との距離感を実現している▲玄関を入ると右手にはガレージに続くドアが。過剰ではない適度な車との距離感を実現している
▲ロフト状に設えられた田邊さんの書斎。仕事をしながらも、つねに人や犬や自然の気配を感じていられる▲ロフト状に設えられた田邊さんの書斎。仕事をしながらも、つねに人や犬や自然の気配を感じていられる
▲エアコンディショナーの通風口。冬は床下に温風が流れ、自然なフィーリングの温度調整ができる。リビングルームには暖炉も備える▲エアコンディショナーの通風口。冬は床下に温風が流れ、自然なフィーリングの温度調整ができる。リビングルームには暖炉も備える

【人とクルマと自然が一体となれる家】
■主要用途:専用住宅
■構造:鉄構造
■敷地面積:229.12平米
■延床面積:238.40平米
■設計・監理:田邊恵一 / 株式会社 田辺計画工房
■tel.03-5768-2878

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正


※カーセンサーEDGE 2014年9月号(2014年7月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています