▲巨大な「巣箱」には、純白のアウディ A5クーペが格納されている。鷹の目のようなヘッドランプが、巣箱のイメージとリンクする▲巨大な「巣箱」には、純白のアウディ A5クーペが格納されている。鷹の目のようなヘッドランプが、巣箱のイメージとリンクする

急峻な崖面に浮くガレージ付きツリーハウス

崖に建つ宙に浮いたような家がある。そんな噂を聞きつけ訪れたのは、神奈川県西部の小高い丘の上であった。付近は冬でも温暖な気候で、明治時代から政財界人の別荘が数多く建てられたことでも有名な土地だ。取材当日は寒の戻りで冷たい風が身にしみたが、この辺りだけは春めいた日差しに包まれ、今にも桜がほころび始めるのではと感じられるほど。

猿田邸を探しながら車を進めていると、正面の崖の上に、たしかに宙に浮いているかのように見えるウッディな家が現れた。樹木に囲まれたその様子は、ツリーハウスと呼びたくなるような趣だ。アクセルを少し踏みすぎると駆動輪が空転してしまうほどの急峻な坂を上り、目的の家に近づいていくと、真下から見上げたときとは、また違う印象を与える構えが待っていた。

三角屋根の建物が2棟並んでいるような佇まい。レッドシダーで着色した外壁が周辺の木々に溶け込んで、まさに巣箱と形容するにふさわしい。そこだけ、おとぎ話の世界から飛び出してきたような、どこか幻想的なワクワクさせる空間を作り出している。正面左手の建物は、フロア全体が大きく張り出し、最大傾斜度70度という切り立った崖に建っていることがわかる。この興味深い造形をもつ建物は、建築家・猿田仁視さんの自邸である。ここに家を建てようと思ったきっかけはなんだったのだろう。

「初めてこの土地を訪れたときに、現在建物正面にある樹を見て、家のファサード面がイメージできました。それが鳥の巣箱だったのですが、そのイメージは、プラン段階から図面を描くまでずっと生きていました」

木立の中に備えられた鳥の巣箱のような存在

猿田邸の正面には、かなりの樹齢であると思われるヤマモミジとケヤキがそびえている。崖という立地を考え合わせても、この2本の樹の存在は、施工時にはさぞかし邪魔だったろうということは想像に難くないが、猿田さんの「鳥の巣箱」というイメージを実現させるためには必須であった。

向かって右側の建物は1階がガレージで2階が事務所。地下が倉庫となっている。ガレージ正面のオーバースライダーを開けると、アウディ A5クーペが現れた。白壁とウッディな内外装、そして脇に積まれたストーブ用のまきなどが、純白のA5クーペとうまくマッチしている。事務所へと続くガレージ横の階段から見下ろすと、A5クーペの流麗なフォルムが際立つ。

「今まで、レクサス SCやポルシェ ボクスターなどに乗り継いできました。流線形のような色っぽいデザインが好みです」 と、猿田さん。「極端に嗜好性の強い車だと、人によっては違和感を覚える方もいます。その点A5クーペは、建築家としてのこだわりが感じられるような造形をもっています」

たしかに、知的でクリエイティブな印象は、アウディの特徴かもしれない。建築家やデザイナーにファンが多い理由だろう。

事務所に入ると、大きなミーティングテーブルを中心に、猿田さんのデスクとスタッフの方々のデスクが機能的に配置されている。白い壁とウッディなデスク、そして三角屋根がもたらす天井の形状により、クールな空間を作り上げている。正面、海方向に設けられた窓からは春の日差しに輝く相模湾が見渡せ、伊豆大島も黒く浮かび上がっていた。

左側の建物は1階がリビング&ダイニングルームで地下が寝室やバスルーム。玄関からリビングルームに入ると、事務所とはイメージが異なり広いガラス窓からは圧巻のパノラマが広がっていた。隣家による視線の干渉が少ないため、相模湾は伊豆半島まで望め、左手からはたっぷりの山々の緑が視界に入る。これらは、ソファやダイニングチェアに腰掛けたときに目線がちょうどいい高さとなるように計算されている。

このリビング&ダイニングは、事務所と同じレベルにあるので2階の高さなのだが、構造上は1階。しかも宙に浮いているので、地下扱いの寝室への階段を下りると、それは事務所の下のフロアということになる。ちょっとややこしい。しかし、そのややこしさが楽しさに繋がり、そもそもの「巣箱」や「ツリーハウス」といった夢をたくさん詰め込んだ空間となるのだ。「建築家の自邸は、自身の集大成なのです」。猿田さんはかみしめるように語ってくれた。

「プランは早々にできましたが、果たしてこのまま進んでもいいのか? そんな葛藤があり、自分にゴーサインを出すまでに、かなり時間がかかりました。結果的に、当初のプランと大きく変わることはなかったんですけどね」

崖の部分を入れると土地の総面積は120坪になるが、そのほとんどはまだ未着手。今後、お子さんや周囲の樹木の成長とともに、猿田邸がどのように変化していくか、実に楽しみだ。

▲遠くからでも目を引く、まるで宙に浮いているような家。初めて土地を見たときの「木立のなかにある鳥の巣箱」というインスピレーションを現実のものとした▲遠くからでも目を引く、まるで宙に浮いているような家。初めて土地を見たときの「木立のなかにある鳥の巣箱」というインスピレーションを現実のものとした
▲隣家も猿田さん設計の家。そのベランダを拝借してのワンカット。この位置からだと、リビング&ダイニングルームが完全に宙に浮いていることがわかる▲隣家も猿田さん設計の家。そのベランダを拝借してのワンカット。この位置からだと、リビング&ダイニングルームが完全に宙に浮いていることがわかる
▲事務所から出動する際には、愛車を俯瞰で見下ろしながらの動線。曲線と曲面で構成されたアウディは、建築家のセンスをうかがわせるセレクトだ ▲事務所から出動する際には、愛車を俯瞰で見下ろしながらの動線。曲線と曲面で構成されたアウディは、建築家のセンスをうかがわせるセレクトだ
▲高い天井と広い窓により、開放感たっぷりのリビングルーム▲高い天井と広い窓により、開放感たっぷりのリビングルーム
▲2棟の間にある事務所へ続く階段。和と洋のイメージが巧みに融合し非日常を感じさせる空間 ▲2棟の間にある事務所へ続く階段。和と洋のイメージが巧みに融合し非日常を感じさせる空間
▲「構造上は地下です」という寝室&バスルーム。この季節、バスタブに浸かりながら山々の緑が眺められ、またベッドから起き上がると同時に青い海原を眺めることができる。とても「地下」とは思えないくつろぎのスペースだ▲「構造上は地下です」という寝室&バスルーム。この季節、バスタブに浸かりながら山々の緑が眺められ、またベッドから起き上がると同時に青い海原を眺めることができる。とても「地下」とは思えないくつろぎのスペースだ
▲リビング&ダイニングと比べて事務所の窓は、あえて小さくすることで光をコントロールしている▲リビング&ダイニングと比べて事務所の窓は、あえて小さくすることで光をコントロールしている
▲リビング&ダイニングルームからの眺望。右手前方には相模湾が広がり、伊豆大島や伊豆半島まで望める。窓からの風は爽やかで、間もなく迎える今年初めての夏も涼しく過ごせそう▲リビング&ダイニングルームからの眺望。右手前方には相模湾が広がり、伊豆大島や伊豆半島まで望める。窓からの風は爽やかで、間もなく迎える今年初めての夏も涼しく過ごせそう

■主要用途:専用住宅
■構造:RC+木造(混構造)
■敷地面積:337.89平米
■建築面積:110.03平米
■延床面積:146.88平米
■設計・監理:キューボデザイン 建築計画設計事務所
■tel:0463-74-6932

text/菊谷聡
photo/木村博道


※カーセンサーEDGE 2014年5月号(2014年3月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています