▲車だからこその夜景デートは、定番ながら決して嫌な気がしないのが女性の本音 ▲車だからこその夜景デートは、定番ながら決して嫌な気がしないのが女性の本音

ドライブに連れて行ってほしくない女はいない

午後10時、東京湾岸。冬の空は闇に包まれ、真っ黒な海の向こうには眩い夜景がきらめき、彼の車にやさしく反射する。本当は紅潮している頬を、赤い車のせいにできてよかった。

高校の元クラスメイト・渡部くんと今こうしてこんな場所にいるなんて、今日の同窓会までは想像すらしなかった。卒業以来約17年ぶりの再会。そして彼は、言うまでもなく私の初恋の相手だ。

渡部くんは、驚くほどあの頃のままだった。笑うと目の横にできる笑いじわだけが過ぎた月日を思わせる。しかし、それも彼の幸せの軌跡の証しだ。

私はつい彼を目で追ってしまったが、大人数ゆえうまく話すきっかけがつかめない。一次会がお開きになり、二次会のカラオケに同級生たちが移動するタイミングでようやく渡部くんをすぐ近くに引き止めることができた。

「久しぶり」
もう35歳。久しぶりの初恋の人との再会に内心緊張していても、それを押し隠す演技くらいはできる。ごく自然に、私は渡部くんに声をかける。
「おう」
渡部くんは短く言って笑った。笑うと漢字の「一」みたいになる目もあの頃のままだ。
お酒が飲めないという渡部くんは、同窓会に車で来ていた。
「二次会行くの?」
と聞かれ、「どうしようかな」と答えると、
「送って行くから、ちょっとドライブしない?」
そう微笑みかけられ、最初からこの一言が聞きたくて私は彼に声をかけたのだと気づいた。

▲内装は隙のない黒一色。無駄を一切削ぎ落とした潔さに、大人の男性の一本通った筋を感じる ▲内装は隙のない黒一色。無駄を一切削ぎ落とした潔さに、大人の男性の一本通った筋を感じる

大人だから乗れる車がある

扉を開くと内装は黒のワントーンで統一されており、そのまま夜が続いているようだ。
「音楽かける?」とあの頃流行っていた曲をiPhoneで探す横顔は、暗闇の中では時が止まったように17歳の面影そのままだ。

スポーツカーゆえの仕様なのだろうが、通常のシートよりも傾斜があり、深く座ってシートにもたれると大げさに言えば横になっているような感覚だ。「シートベルトしろよ」と、体の前を彼の腕が横切った瞬間、押し倒されると思い身構えた自分の自意識過剰ぶりに顔から火が出そうになる。しかし1人照れているのはかくいう私だけで、横の渡部くんはごく自然だ。
「どこ行くの?」と聞くと、「ちょっとそこまで」といたずらに笑いながら連れてこられたのが、ここというわけだ。

18歳の頃、自転車で駆け抜けていた彼は35歳になり、高級スポーツカーに乗って夜の都会を疾走し、美しい夜景を女性に嫌味なくプレゼントするくらいには大人になった。
スカイラインなんておじさんの車だと思っていたし、若い頃は外車に憧れていたこともあるけれど、35歳の今なら良さがわかる気がする。

▲冬のドライブにホットドリンクを差し出す。これぞモテる男の正しいドリンクホルダーの使い方 ▲冬のドライブにホットドリンクを差し出す。これぞモテる男の正しいドリンクホルダーの使い方

冬のドライブはあったかドリンクで2人のハートも温度急上昇

「はい」
渡部くんが温かいコーヒーを差し出してくれる。寒いだろ、と言いながらごく自然に。私の知らない17年の間に、渡部くんのこのやさしさに包まれた女の子たちを思うと、悔しさとうらやましさとがないまぜになる。

「高校の頃、俺、五十嵐のこと好きだったんだ」
突然の告白に、コーヒーを吹き出しそうになる。
期待と諦めを繰り返し、ついに告白することすらできなかった少女の恋が、実は報われていたと知る。
うれしさと、なぜ今更という思いで混乱しかけたその時、
「俺、結婚するんだ」
と言われ、ただでさえ斜め気味の椅子から滑り落ちそうになった。
「今日、五十嵐に会えたら、言おうと思ってたんだ」
渡部くんは、へへへと照れ笑いしながら、つき物が落ちたようにさっぱりした表情だ。

「昔、1回だけ2人で乗ったよな」
渡部くんが七色に光を放つ観覧車を指差しながら言う。もちろん覚えていたが私は忘れたふりをする。
渡部くんは私たちの間に起こったことを、ずっと過去形で語った。昔の友達、懐かしいヒット曲、初めてのデート……。「好きだった」からと言って、今が変わるわけではない。
そして彼の独白によって、私は完全に彼の過去になった。今の私たちをつなぐものは、もう何もない。

観覧車のイルミネーションが暗かった車内に差し込み、ハンドルにかけられた彼の手が照らし出される。それは少年のものではなく、年月を重ねた35歳の男性の手だった。
バックするときに腕を助手席に回されたが、もうドキドキなんかしてやらない。
私は深くシートに沈み、窓いっぱいに広がる東京タワーを見つめた。

【今回登場した妄想車】
■モデル:日産 スカイライン 2.0 200GT-t ■乗車定員:5名
■エンジン種類:直4DOHC ■総排気量:1991cc
■最高出力:155(211)/5500[kw(ps)/rpm]
■最大トルク:350(35.7)/3500[n・m(kg・m)/rpm]
■駆動方式:FR ■トランスミッション:7AT
■全長x全幅x全高:4790x1820x1450(mm) ■ホイールベース:2850mm
■車両重量:1650kg
■車両本体価格:389.3万円(税込)

text&photo/五十嵐琴音