▲「最初は安くて小さな国産中古車にしときなさい」と言われることも多い「人生初の車」。その意見に一理あることは認めつつも、絶対に従わなければならないわけでもない。極端な話、最初の車がポルシェ 911だって構わないのだ ▲「最初は安くて小さな国産中古車にしときなさい」と言われることも多い「人生初の車」。その意見に一理あることは認めつつも、絶対に従わなければならないわけでもない。極端な話、最初の車がポルシェ 911だって構わないのだ

「中古のポルシェ」は整備代で破産するハメになるのか?

見たところ22歳ぐらいの青年が、駅前にある銀行の前で大爆笑していた。だが爆笑はしているものの、目はぜんぜん笑っていない。

その尋常ではない様子に恐怖を感じたわたしは、なるべくそちらを見ずに通り過ぎようとした。だが捕まってしまった。

「そこで僕をチラチラ見ているのは、自動車ライターの軍曹とかなんとかいう人ですよね?」

その後無理やり彼から聞かされたのは、おおむね以下のような話だった。

彼は22歳の新社会人で、社会人としての給料を元手に中古車を買うつもりでいたそうだ。

だが実際に販売店を訪ねる前の段階で、周囲から猛反対を受けた。なぜならば、会社で「最初の車は中古のポルシェ 911にしようと思ってます」と口走ってしまったからだ。

「身の程知らずにも程がある!」
「ポルシェって車は1回のブレーキ交換に100万円ぐらいかかるそうじゃないか?」
「修理代で破産するぞ!」

等々のアドバイス(?)を会社の先輩方から受けた結果、自分でも「まぁそうかもしれないな」と思うに至った。

そしてその結果、ポルシェ 911を買うためにせっせと貯金してきたお金はとりあえず銀行の定期預金に入れると決め、今日ここへやってきたらしい。

「で、銀行の店内に入ろうと思ったのですが、なんだか急に虚しくなってしまい、思わずおかしな大爆笑をしてしまった……という次第です」

▲なぜか銀行の前でひとりで爆笑していて、でもその目は決して笑っていない青年(のイメージ)▲なぜか銀行の前でひとりで爆笑していて、でもその目は決して笑っていない青年(のイメージ)

こうやって落ち着いて話を聞くと、どうやら変な人ではないようだ。そこでわたしは言った。

「わたしは、貴君がポルシェ 911を買うことに必ずしも賛成ではない。だが先輩方の間違いだけは正しておきたいと思う」

どういうことか? と聞く彼にわたしは答えた。

「ポルシェ 911のブレーキ交換に100万円もかかるというのは(基本的には)ありえない。また新人とはいえマトモな社会人であれば、修理代で破産することも(基本的には)ない。『身の程知らず』というのはそのとおりかもしれないが、まぁそこは各自で判断すべき問題である」

……ということは? と聞く彼に、わたしは断言した。

「911の購入を絶対にやめなければならない理由は特にない。どうしても欲しいならば今すぐそこのファミレスに行き、スマホでカーセンサーnetを見たまえ。そして、良さげなポルシェ 911をまずはピックアップしてみたまえ」

以下は、わたしから彼に詳しく説明した内容のダイジェスト版である。

3世代前のポルシェ 911は総額約200万円から検討可能

彼が学生時代に家庭教師や道路工事補助などのアルバイトで金を貯め、それを頭金に買おうと考えていたのは「タイプ996」とカーマニアが呼ぶポルシェ 911だった。

タイプ996とは、それまでは空冷方式だったポルシェ 911のエンジンが、一般的な水冷方式に改められた最初の世代である。

新車として販売された期間は1998年4月から2004年7月。途中2001年9月に、内外装デザインとエンジンを刷新する大掛かりなマイナーチェンジが行われた。

▲こちらが「タイプ996」と呼ばれる3代前のポルシェ 911で、写真は98年~01年途中までの前期型▲こちらが「タイプ996」と呼ばれる3代前のポルシェ 911で、写真は98年~01年途中までの前期型
▲こちらは01年9月以降の後期型。ヘッドライトの形状が大幅に変わり、「カレラ」のエンジンも3.4Lから3.6Lに拡大されるなどの変更を受けた▲こちらは01年9月以降の後期型。ヘッドライトの形状が大幅に変わり、「カレラ」のエンジンも3.4Lから3.6Lに拡大されるなどの変更を受けた

グレードは多岐にわたるが、ごく大ざっぱに分類するなら下記のとおりとなる。

【普通系】
・カレラ(一般的なグレード。MT版とAT版があり、4WDもある)

【超ハイパフォーマンス系】
・ターボ(スーパーカーみたいなもの)
・GT3(自然吸気のスーパーカー)
・GT2(超希少スーパーカー)

【ビジュアル系】
・カレラ4S(後期型から登場した、ターボ風ボディに普通のエンジンを積んだ4WDグレード)


硬派でマジメなポルシェマニアからはお叱りを受けそうなほど大ざっぱな分け方だが、おおむねの事実は上記のとおりである。

そして中古車相場は、超ハイパフォーマンス系は当然ながらまだまだ鬼のように高額で(※ターボは鬼というほどでもないが)、後期型から登場したカレラ4Sも、新社会人にはちょっとキツいだろう約320万円~といったところ。

だが一般的なカレラまたはカレラ4であれば、総額200万円あたりから見つけることもできる。世界的なスポーツカーであるポルシェ 911といえども、中古車であれば意外と安いのだ。

▲996型ポルシェ 911のコックピットはおおむねこのようなデザイン。写真は6MTの本国仕様▲996型ポルシェ 911のコックピットはおおむねこのようなデザイン。写真は6MTの本国仕様

リスクを考えるとオススメは後期型

「そうなんですよ! 僕も総額200万円ぐらいのカレラを買うつもりだったんです! バイトして貯めた120万円を頭金に!」

と盛り上がる彼に、わたしは「気持ちはわかるが、まあ待て」と言った。

会社の先輩方ではないが、わたしも「総額200万円ぐらいのタイプ996」はオススメしない。

なぜならば、その価格帯に属するカレラは必然的に前期型(98年から01年途中まで)となり、かなり重要な「サービスキャンペーン」の対象から外れているからだ。

996型911が搭載したエンジンは「インターミディエイトシャフト」という部品の界隈に重大な弱点があり、万一そこが壊れると「エンジン載せ替え! 費用は約200万円!」みたいな話になる可能性もある。先輩方ではないが、修理代のせいで破産しかねないのだ。

だが後期型の正規輸入車であれば、ポルシェ・ジャパンが「サービスキャンペーン」を通じて無料で点検を行っている。

そして必要な場合は、無償で部品交換または「エンジン全交換」を行ってくれるのだ(※その個体がサービスキャンペーンの対象かどうかの正確なところは、正しい車台番号を元に最寄りのポルシェ正規販売店までお問い合わせください)。

ということで、もしもタイプ996のカレラを買うなら絶対に01年途中以降の「後期型」である。その場合の相場は、総額200万円~ではなく「総額260万円~」といったニュアンスになるだろう。

▲インターミディエイトシャフト関連の対策をすでに受けている個体を探すか、もしくは購入後に確実な対策を受けるのが、ポルシェ 911のタイプ996を買うにあたっては必須と考えたい▲インターミディエイトシャフト関連の対策をすでに受けている個体を探すか、もしくは購入後に確実な対策を受けるのが、ポルシェ 911のタイプ996を買うにあたっては必須と考えたい

その維持は「楽勝」ではないが「困難」でもない

「総額260万円から、ですか……。でもなんとかなると思います!」

無理は禁物だが、貴君がそう言うのであれば、それを尊重しよう。

であるならば、あとは勝ったも同然である。

まず先輩Bが言った「ブレーキ交換だけで100万円」というのは真っ赤なウソというか、単なる都市伝説である。

ポルシェ 911の純正ブレーキローターやパッドは、もちろん軽自動車用のそれと比べればはるかに高額だ。しかし工賃と合わせても「100万円」など絶対にかからない。また比較的安価なOEMパーツも多数出回っているため、それらを活用すればさらに安価な修理も可能だ。

もちろんブレーキ以外も、乗ってるうちに様々な消耗部品の交換は(機械製品ですから)必要になる。だがその場合も、適材適所の感覚でOEMパーツを利用するようにすれば、決して「目ん玉が飛び出るようなコスト」はかからないものだ。

▲古めの精密機械の調子を維持するには、どうしたってある程度のコストはかかるもの。しかしそのコストは一般的に、巷でイメージされているほどの額ではない▲古めの精密機械の調子を維持するには、どうしたってある程度のコストはかかるもの。しかしそのコストは一般的に、巷でイメージされているほどの額ではない

「つまり楽勝ってことですね?」

と彼は言うが、もちろんそんな甘いモノではない。

OEMパーツとはいえ決して激安ではないし、そもそもが超高級・超精密な機械であるポルシェ 911ゆえ、その整備にはそれなり以上のコストはどうしたってかかる。軽自動車とは違うのだ。

「……つまり、やめといた方がいいってことですか?」

それは貴君次第である。

「底値の中古車」だけに目を奪われるのではなく、ある程度以上の車両価格を出す用意はあるか? 1店舗だけちょこっと見て即決するのではなく、何店もの専門店を自分の足で回り、信頼できそうな専門店を見つけ出す熱意と根性とヒマはあるか?

もしもそれらがあるなら、996型ポルシェ 911カレラの維持なんて「楽勝」だと、わたしも思う。

でも、それらがないなら……やめときたまえ。

「わかりました。いろいろ考えてみます」

そう言って彼はファミレスがある方向へと去っていった。

その後、彼がタイプ996を買ったかどうかは知らない。

だが「人生最初の車がポルシェ 911だった」というのも、「結局は買わなかったが、その購入を超絶真剣に考えた」という事実も、今後の彼の人生にとって何らかのプラスになることだけは間違いないと、おぼろげに思う筆者ではあった。

文/伊達軍曹、写真/ポルシェ、photo AC

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伊達軍曹(だてぐんそう)

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル XV。