これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
記憶に残る、独創的スタイルの美しいクーペ
——少し前は街の中古車屋さんに変わった車とか、面白い車が結構ありましたけど、最近は少ないですよね。松本さん、最近目に留まった車ってありましたか。
松本 そうだなぁ。お馴染みだけど、等々力のコレツィオーネさんにマセラティのギブリがあったよ。あれいいんじゃないかな。ギュッと締まったアスリートのようなデザイン、好きなんだよね。
——ギブリって紹介しませんでしたっけ?
松本 それは初代ギブリだね。ジウジアーロがデザインしたロングノーズのクーペでしょ? 僕が言っているのはギブリⅡの方。今見てもとても上品だし。
——コレツィオーネさんならすぐに車見せてもらえますしね。先に車のこと教えてくださいよ。
松本 初代ギブリの生産終了後、約20年を経て1992年に登場したのがギブリⅡなんだ。スポーツカーとして、またグランツーリスモとしても愛されるようなデザインがとても特徴的だね。マセラティのビトゥルボは知ってるよね?
——もちろん。よく似てますよね? あ、ちょうど見やすいところに車止まってますね。ちょっと見せてもらいましょうか。
松本 いいねぇ。車両状態もすごくいいじゃない?
——あ、ビトゥルボの話でしたね。続きをどうぞ。
松本 ビトゥルボが作られた時代は、弩級のスーパースポーツカーブランドだったマセラティを、レーサーだったデ・トマソが買収した頃なんだ。多くの人にコンパクトながら最高のパフォーマンスを提供できる車として作られたFRツアラーがビトゥルボというわけだね。とても意欲的なモデルで、日本でもちょっと裕福で趣味のいい人に好まれたモデルなんだよ。Biturbo(ビトゥルボ)は2つのターボという意味でね。量産車では世界初のツインターボを搭載したことからつけられたんだ。で、ギブリⅡはそのビトゥルボから派生したモデルなんだよ。
——ギブリってクーペだからって以上に、クアトロポルテみたいなサルーンよりも引き締まった印象がありますよね。
松本 そうだね。例えば現行型のギブリは4ドアだけど、プライベートスポーツサルーンみたいな感じがしない?
——そうか。現行モデルは4ドアですもんね。
松本 ギブリⅡのイメージを残しつつ、上手にサルーン度を高めていて、個人的にはすごく好感度が高いんだよね。ちなみに最新のギブリはTipo M157というコードネームなんだ。実は、少し前のマセラティのコードネームは“Tipo AM〇〇〇”という表記でね。これはグランプリカーやレースカーを専門で作っていたマセラティ兄弟のアルフィエーリⅡ・マセラティ( Alfieri Ⅱ・Maserati)のイニシャルが使われていたんだよ。
——名前は聞いたことがあります! 詳しくは存じ上げませんが……。
松本 エンジニアであり、レーシングドライバーでもあり、ブランドをまとめるマネージャーとしても才能があったすごい人なんだよ。残念なことに、僕が調べた範囲では最近のモデルは“Tipo M”の後に番号という感じになっているみたい。マセラティの根幹の部分が消えたような気がして、少し寂しいんだよね。
——ほんと、変なところまで知ってますね……。ちなみにギブリⅡの型式はどうなんですか?
松本 ギブリⅡはちゃんとTipo AM336という型式だよ。だから直系の型式を持ったモデルということだね。エンジンは90度V型6気筒。当時はドライバビリティ面で難しいとされていたツインターボゆえに、トラブルが結構あったといわれているんだ。
——確かに、この頃のモデルにはデリケートなイメージがありますね。
松本 でも、ターボはIHI(石川島播磨重工業)だからね。これは信頼がおけると思うよ。ビトゥルボの進化したモデルだから、ギブリⅡにも同じものが使われているんだ。ビトゥルボは元々マセラティのチェントロスティーレのデザイナーだったピエランジェロ ・アンドレアーニがまとめたんだ。彼はジウジアーロがデザインしたクアトロポルテⅢに影響を受けたそうなんだよね。似てる要素があると思わない?
——確かにそうですね。
松本 車そのものは小さく作ったから、簡単に同じようなデザインにはならないはずなんだけど、やっぱりセンスが良かったんだろうね。そのあと、数多くのスーパーカーを手がけてきたマルチェロ・ガンディーニによってギブリⅡの土台ができ上がってくるんだ。
——最近はこういう美しいクーペが少ないですもんね。それだけでもかなり希少ですよ。
松本 そうだね。今のギブリは4ドアだけど本来はスポーツカーだから、やっぱり2ドアじゃないとね。
——一般的に言われるような美しさとは違いますよね?
松本 そうなんだよ。車のデザイナーはよく、この時代のマセラティのデザインは破綻してるって言うんだよね(笑)。先に出たシャマルはまだおとなしいけど、ギブリⅡはフロントからリアまでの流れがかなり特徴的で、やっぱりドアまわりとかの造形も独創的でしょ?
——僕はデザイナーの意見の方がピンときますね(笑)。
松本 そうかな? 仮にキャラクターラインが逸脱していようとも、ちゃんと人々の脳裏に素晴らしいデザインとして残るんだから、そっちの方が素晴らしいと思わない? こういうスポーツカーって実はなかなかないからね。
——うーん。やっぱり、イタリア車のデザインは難しいですねぇ。
松本 そうかもしれないね。でも、2013年に登場した現行型ギブリはサルーンでしょ? だからこそギブリⅡを紹介したいんだ。インテリアも格別だよ。コノリーレザーは良質のものを使っているし、バーニレのウッドパネルも最近じゃ見ないよね。車としてのデザインは最高だし、とにかく調度品にもやられちゃうな。高級車の見せ方の見本だね。ワイパーのところの空力パーツなんて思わず泣けてくるよ。後付け感があってもちゃんと一体感がある。こういうデカダンス的な車って、悪魔的な魅力で惹きつけられちゃうんだよね。まさに吸い込まれそうな1台だよ。
マセラティ ギブリ
ビトゥルボの後継モデルとして1992年に登場した、2代目となる2ドア4シータークーペ。スタイリングはマルチェロ・ガンディーニが手がけた。2.8L V6ツインターボには、4ATとゲトラグ製6速MT(前期はZF 製5速MT)が組み合わされている。
※カーセンサーEDGE 2023年10月号(2023年8月25日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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