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これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

今の車にはない魅力、鬼才ミケロッティがラテンの魂を吹き込んだ最後のスポーツサルーン

——さて今回ですけど、松本さんのアノ愛車を紹介してください。せっかくシブい車に乗ってるんですし。20年近く前に一度見たきりですけど。

松本 もちろん良いよ。でも、ちゃんと覚えてるの?

——やたらとボンネットが低かったのは覚えてます。あ、この車だ。そもそも正式名称はなんて言うんですか?

松本 トライアンフ 2000マークⅠだよ。シンプルで潔いネーミングだよね。2000ccという排気量をうたったんだろうけどね。

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——トライアンフって、その名前は知られてますよね? この車は別にして。

松本 君が一目見て、この車をトライアンフとわかったら、相当のエンスージャストだね。トライアンフはオートバイでは有名だし広く知られているんだけど、自動車は1984年で消滅してしまったんだ。イタリアには、フィアットやフェラーリ、マセラティのように日本で広く知られたブランドがあるけど、イギリスがかつて自動車王国だったことを思うと、今の状況は寂しい限りだよね。昔はいろいろなメーカーがひしめき合っていたんだけど、今では一部のラグジュアリーブランドとミニくらいだから。しかもミニだってBMWだからね。

——広く知られていないモデルを取り上げるのはいいことですし、企画にも合ってますからね。

松本 取り上げるのはいいけど、名車かどうかは「?」って感じはするよね。だから「かつてこんな車があった」と思ってもらえれば嬉しいかな。珍車であることは間違いないと思うけど。

——トライアンフって、まずアタマに思い浮かぶのはTR4とかですよね。

松本 TR4はこの企画で紹介したこともあるしね。TRというモデルはロードスターとして広く名を馳せたんだ。スポーツカーとして今でも人気が高いんだよね。僕が初めてトライアンフを知ったのもTR4なんだ。初代ルパン三世の第9話『殺し屋はブルースを歌う』で登場して、そのときのセリフに「さすがトライアンフだ! コーナリングがいいや」というのがあってね。それで「トライアンフっていう車はそんなにいいのか!」と子供心に憧れたんだ。

——松本さんが乗っているのは、スポーツカーというわけではないですよね?

松本 そうだね。僕が乗っている2000マークⅠは、セダンでOHVの6気筒エンジンなんだ。馬力だって排気量2Lで90馬力そこそこ。ゆったりと流すサルーンなんだよ。
 

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——でも、今見るとやっぱりカッコイイですよね。

松本 このデザインはイタリアの鬼才、ジョバンニ・ミケロッティの作品なんだよ。1950~60年代は日本の自動車メーカーもミケロッティのデザインを取り入れてるんだ。例えばプリンス スカイライン スポーツは本国の職人にボディを作らせていたくらいだし、日野 コンテッサも彼の作品として知られているね。海外ブランドだとアルピーヌ A110も彼の作品だよ。それとBMWのノイエクラッセ。後々もそのデザインが継承された点からしても、大成功したモデルと呼べるんじゃないかな?

——それでミケロッティのことは分かりましたが、トライアンフ 2000マークⅠはどんなモデルなんですか?

松本 ミケロッティはさっき話に出たTR4を含めて、1960年代のトライアンフのほぼすべての車を手掛けていたんだ。セダンではトライアンフ 2000が最初のはず。さっき君も言っていたけど、フロントフードが低いスポーティさが特徴だね。ミケロッティはこの手法が得意だったんじゃないかな。

——ボディラインがあんまり見ないタイプですもんね。

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松本 当時の英国サルーンとしてはかなりスタイリッシュだよね。トライアンフはこの2000で初めてモノコックボディを取り入れたんだ。その恩恵もあってエンジン搭載位置や着座位置が低くできたんだよ。OHVって昔は当たり前だったけど、バルブをタイミングよく動かすカムシャフトがエンジンブロック下方に取り付けてあるから、シリンダーヘッドが高い位置になりにくいんだ。またOHVは静粛性にも優れているから、高級ブランドのロールスロイスやベントレーが最後まで使っていた形式なんだ。

——その話は以前にも聞いたことがあります。

松本 いずれにしても、トライアンフ 2000のエンジンは、古くさいんだけど信頼性が高いユニットでね。もう20年は自分で見ているけど、エンジン本体は壊れないね。それと駆動方式がFRなのに、リアが独立懸架なんだよ。これはとても進歩的で、サルーンとしての乗り心地はとてもいいんだよ。バタバタしないし路面との追従性もいい。TR4にIRSという独立懸架モデルがあるんだけど、こっちはちょっと熟成が足らなかったといわれているんだ。

——僕も運転させてもらいましたけど、案外乗りやすくてビックリしました。

松本 君が乗るっていうからアイドリングを少し高めにしておいたんだよ。エンストしにくかったでしょ? チューニングがそれほど難しくないし、ストロンバーグ型のキャブレターは再始動性がいいんだよ。だからエンジンもすぐかかるはずだよ。ちゃんとツインキャブの同調もとってるからね。

——確かに古さを感じるのに、不便さは感じませんでしたね。

松本 特別高性能じゃないけど、流すのには不足はないんだ。安全性はともかく、とにかく今の車にはないカッコ良さがあるよね。インテリアもカッコイイでしょう? 僕のは初期型の中の初期型だから、ミケロッティらしさが色濃く詰まっているんだ。

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——あまり知られていない名車ですよね。

松本 トライアンフというブランドは消滅したし、それほどメジャーでもない。でも鬼才が描いた魂は後世まで伝わるんだね。その鬼才が英国車にラテンの魂を入れた最後のスポーツサルーンこそ、トライアンフ2000マークⅠだと思うんだよね。
 

※カーセンサーEDGE 2023年6月号(2023年4月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏