“アストンマーティン

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍モデルたちの登場背景、歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

内燃機関の貴重な遺産であるV12気筒

——今回は松本さんのリクエストから探したアストンマーティンのV12ヴァンキッシュです。すでに名車と評価する人が多いですけど。

松本 今、この車を評価している人は、目の肥えた人だと思うよ。

——個人的にはこのデザイン、あまりカッコイイとは思えないんですよね。ヴァンキッシュ登場前のDB7の方が英国車っぽい感じがしますし、華々しいかなって思っちゃうんですよ。

松本 まぁそのあたりは好みもあるんだけど、分かる人が細かく見ていくと素晴らしい車なんだよ。しっかりと四輪を支える鍛え上げたようなフェンダーあたりには、アストンマーティンの名車の1台でもある「DB4GTザガート」のエッセンスが入ってたりするんだ。

——なるほど。部分的に見ていくと分かってくるわけですね……。

松本 例えば、フェンダーアーチのプレスラインの薄さなんて最高のフォルムだと思わない? サイドスリットはDB4GTに捧げたオマージュだよ。このあたりに新しい時代に向けて変化をしていくアストンマーティンがよく表れているんじゃないかなあ。

 

アストンマーティン ヴァンキッシュ
アストンマーティン ヴァンキッシュ

——そもそも見た目以上に中身、特にエンジンがやばいですよね?

松本 そりゃあ6Lの60度V型12気筒エンジン搭載だからね。

——このキュッと締まったボディに6L V12という大きなエンジンは、さすがに凄いなって思いますよ。

松本 やっぱり小柄なボディだといくら大きなエンジンを積んでいても、気品みたいなものは感じられないんだよね。優雅さには、それなりのボディサイズも重要になるんだ。

——確かにその手の車ってみんな大きいですよね。

松本 それとアストンマーティンって、僕の記憶だと発売以来ボディはアルミ合金だったはずだよ。ただ、DB7はジャガーの部品を共有化したから、スチールのフレームを使ったボディだけどね。一方、ヴァンキッシュはアストンの伝統的な手法によるアルミ合金ボディ。しかも、炭素繊維とアルミ合金の押し出し材を多用したフレームなんだ。

——それって高性能ってことですよね?

松本 そう。次世代のスーパーカーを担ったパッケージングなんだ。炭素繊維をフレーク状にして、リサイクル性と生産性にも寄与している。これは随分昔にロータスのテクノロジーで紹介していてね、アストンマーティンは同じ英国のロータスとも一緒に取り組んでいることを感じたよ。ロータスはレースからのフィードバックもあって、アルミ合金のフレームやカーボンコンポジット材のこともよく知っていたからね。

——このアストンマーティンのV型12気筒ユニットはフォードのV6を2個つなぎ合わせたって聞いたことがあるんですけど、本当なんですかね?

松本 うーん。本当かもしれないけど、そんなに簡単なことではないんだよね。いろいろな説があるけど、僕が知ってるのは、フォード モンデオで使われていたデュラテック V6がベースになっているという話。当時、フォードはいくつかのV6ユニットを持っていたんだけど、その中でもKL-ZE型というユニットをベースにしているそうなんだ。これはマツダとスズキが共同で設計したユニットでね。ユーノス800やエスクードもこの系統が搭載されていたんじゃないかな。元々設計したのがポルシェのエンジンコンサルタント部門なんだよ。

—— え? そうなんですか! ポルシェが設計したエンジンがマツダとスズキに搭載されてなんて、驚きですね。

松本 ビックリするでしょ? その当時からKL-ZE型は排気量の違いを考慮した素質のあるユニットだったらしいから、やっぱりポルシェって凄いなって思っちゃうよね。もちろん、ポルシェ側もボクスターの水冷ユニットは、このV6エンジンから得たノウハウが生かされていたという噂だけどね。

——そのユニットがこのV12エンジンに?

松本 このユニットは信頼性も高いことから、タンデムにつなげてもいけるんじゃないかと、そう考えていたそうなんだよね。フォードには様々なエンジンメーカーに依頼して作られたエンジンがあったからね。ノウハウも凄かったんだと思うよ。作るからには12気筒として最高峰の性能、レースに勝つくらいのレーシングエンジンを作るって気合の入れようだったんだよ。

 

アストンマーティン ヴァンキッシュ

——分かってたことですが、やっぱりエンジン開発って大変な分、いろいろなサイドストーリーが生まれますよね。

松本 本当にそうだね。

——やっぱり、素材とかも吟味されてるわけですよね?

松本 そうだよ。まず、エンジンブロックが長くなるので強度が必要だったんだ。そこで考えたのが材料の見直しだった。量産のデュラテックV6は、量産エンジン用の鋳造のアルミ合金なんだけど、価格も抑えてあって、アルミ合金を溶かしたときの流れが良いんだ。だけど、さらに強度が必要と考えて、このV12ではAC4C-T6相当の鋳造用のアルミ合金を使ったんだよ。

——もうちょっと一般人にも分かるようにお願いします……。

松本 マニアックすぎたかな?(笑) まあT6という表記がついたら、強度を出すための硬化処理をしているって思ってもらえれば。

——あ、はい……。

松本 この場合、製造コストもかかるけど、加工したときにも素材の組織が微細化しているのでクオリティが上がるんだよ。そして完成した12気筒のパーツは設計の基本こそデュラテックだったかもしれないけど、冷却水の通り方も設計をやり直している。シリンダーヘッドも燃焼室の形状はもちろん、燃焼したときの熱の回り方を見直してウオータージャケットの設計をし直したんだ。

——それって、要は2つのエンジンを合体させたなんて話じゃなく、新しいエンジンみたいなものってことですか?

松本 そうだね。クランクシャフトからピストンなどまで、ほぼすべてがアストンV12のために作り出されているからね。その際、量産に当たって協力したのがコスワースなんだ。ちなみにコスワース社の機械加工用のマシンは、日本の松浦機械製作所のCNCが使われているんだよ。

——なんかヴァンキッシュの評価がマニア方向で高い理由がちょっと分かった気がします。

松本 でしょ? アストンのV12気筒は良質な素材をさらに煮詰めて最高のモノに完成させるという、クラフトマンシップが入っているんだ。この当時はヴァンキッシュもエンジンをハンドメイドで組み立てているからそれほど台数もない。だから今の大量生産時代には貴重な内燃機関遺産っていうわけなんだよ。

 

アストンマーティン ヴァンキッシュ

2001年のジュネーブショーでお披露目された、フロントミッドにV12を積んだグランドツアラー。ドライブ・バイ・ワイヤなどの技術を採用し、当時TWRデザインに在籍していたイアン・カラムがデザインを手がけた。基本は2シーターだが、オプションで後席も用意されていた。2005年にはさらに高性能なV12ヴァンキッシュSが登場している。

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アストンマーティン ヴァンキッシュ
アストンマーティン ヴァンキッシュ

※カーセンサーEDGE 2022年7月号(2022年5月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏