加藤博義


車で我々に夢を提供してくれている様々なスペシャリストたち。連載「スペシャリストのTea Time」は、そんなスペシャリストたちの休憩中に、一緒にお茶をしながらお話を伺うゆるふわ企画。

今回は、スカイラインGT-Rの開発にも携わった、テストドライバーの加藤博義さんとの“Tea Time”。
 

加藤博義

語り

加藤博義

かとう・ひろよし/1957年9月5日、秋田生まれ。1976年に日産自動車のテストドライバーとしてスカイラインGT-R(R33、R34)やフェアレディZ(Z33)などの開発に携わる。2003年に厚生労働省管轄の「現代の名工」を受賞、翌2004年には「黄綬褒章」を受賞。

S30Zのカッコよさに衝撃、15歳で日産の門をたたく

僕の年? 聞いちゃいますか? 63歳になりました。1976年に日産自動車に入社したんですが、中学を出てから日産高等工業学校という企業内の学校に3年間通ったから、実際は1973年からもう48年間、日産です。

中学生の頃に見た、自動車雑誌に載っていたS30のフェアレディZがカッコよくてね。真紅のボディでボンネットフードが黒、車体に「NISSAN MOTOR CO.LTD」と書いてある、モンテカルロラリーを走ったレース車両だったんだけど、それ見て「日産に入りたい!」と。

で、入社してからは憧れのテストドライバーに就くことができたんだけど、当時はとにかく“習うより慣れろ”。先輩たちから何を教わるというわけでもなく、「テストコース行って走ってこい!」って。

もう好きなだけガソリン燃やしてタイヤ減らして走りまくりました(笑)。今考えると、いちばん幸せな時代に自動車開発という仕事をやらせてもらったなと、真面目にそう思ってます。
 

グランツーリスモ開発者に「ちょっと待ってくれ!」と

今の仕事? ゲームセンターのオヤジです(笑)。我々テストドライバーは走らなきゃ仕事にならないんだけど、今はコロナ禍の影響で自由に走れず……。

やることがないところにある日社内で、「加藤さん、グランツーリスモ詳しいよね? あれって運転の訓練にならないかな?」と言われて。

というのも私、グランツーリスモとは結構縁があるんです。20年ほど前、同僚から「これ面白いからやってごらん」と渡された発売間もないグランツーリスモをやってみたら、これがホントに面白い。

でも一つ気になることがあって……。ゲームに出てくるR32 GT-RとR33 GT-Rの挙動がまったく一緒なんですよ。開発ドライバーとしては「ちょっと待て、それはないだろ!?」と(笑)。

その後、グランツーリスモの開発者である山内一典さんとお会いする機会があって、うちのテストコースで丸1日、山内さんとスタッフの人たちにR32とR33に乗ってもらったんです。「ほら、こんなに違うでしょ」と。

それ以降、山内さんの会社に何度もお邪魔させていただくなど、かなり深いお付き合いをしています。

私の席の隣にグランツーリスモの最新機があるのですが、時間を見つけては若い衆が「ヒロさん、見てもらっていいですか」とプレイしに来るので、「おお、じゃあ500円入れろ」と(笑)。
 

加藤博義 ▲開発・テストを担当したR33スカイラインGT-R。約26年経った今でも多くのファンが存在する名車だ

今の車はつまらない? “白モノ家電”でもいいんです

「今の車は白モノ家電みたいでつまらない」と言う方がいますよね。私は「白モノ家電で何が悪い?」と考えてます。

火事を起こすようなトースターでは誰も買わないでしょう。それと同じで車も不安なく走れることが一番。余計な手間や苦労はない方がいいんです。

昔は技術が追いついてなかったから、そこを人が補っていただけで、それは“味がある”というのとは違うんです。

40年前の試作車なんてすごかった。走行中に後ろのホイールのハブがもげたり、ドア開けたらそのまま飛んでいったり(笑)。

その頃に比べて、今はコンピュータ解析が進んで事前にいろんなことがわかるから、最初からすごく出来がいい。すると開発時間が短くなり、我々が走る時間も減り、開発コストが下がる。これは圧倒的にいいことです。

まあ、古いタイプの僕にしてみると多少味気なくはありますけど(笑)。

これからやりたいこと? 15のときから48年間、車だけですから他のことはできないですよ。

定年になった後やれることといえば、コースの草むしりでもさせてもらって、アンダーステア出して曲がってきたやつに「なにやってんだコノヤロー」なんて悪態つくぐらいですかね(笑)。
 

加藤博義 ▲愛車は自身も手掛けたR33 GT-R(4ドア)。希少なモデルだが、毎日の通勤に使用しているという
文/河西啓介、写真/阿部昌也、日産
※情報誌カーセンサー 2021年6月号(2021年4月20日発売)の記事「スペシャリストのTea Time」をWEB用に再構成して掲載しています