▲軽自動車からスーパーカーまでジャンルを問わず大好物だと公言する演出家のテリー伊藤さんが、輸入中古車ショップをめぐり気になる車について語りつくすカーセンサーエッジの人気企画「実車見聞録」。誌面では語りつくせなかった濃い話をお届けします!▲軽自動車からスーパーカーまでジャンルを問わず大好物だと公言する演出家のテリー伊藤さんが、輸入中古車ショップをめぐり気になる車について語りつくすカーセンサーエッジの人気企画「実車見聞録」。誌面では語りつくせなかった濃い話をお届けします!

折れてしまいそうなか細さが色っぽい

今回は、「ヴィンテージ湘南」で出合ったポルシェ 911について、テリー伊藤さんに語りつくしてもらいました。

~語り:テリー伊藤~

ヴィンテージ湘南のガレージに足を踏み入れた途端、思わず「はあ……」とため息がこぼれました。

356などクラシックポルシェを筆頭に、1970年代までのビンテージカー、それも抜群のコンディションのものが所狭しと並べられた空間。

きっと誰もがため息を漏らすでしょう。

この秘密基地に3泊くらいして、ただただ車を眺めていたいですね。

Photo:柳田由人

中でも僕は、この紫色の911Tに惹かれました

当時のドイツ車ならではの色ですよね。

356になってくると、さすがに僕でも思い入れが薄くなってしまいます。僕よりもっと上、80代くらいの人の方が思い入れが大きくなると思いますね。

この911が製造された1972年といえば、僕は大学を卒業して今後の人生に悩んでいた頃です。

そんな僕にとってポルシェはあまりにも遠い存在で、憧れすらありませんでした

どちらかというと、MINIとかビートルの方が、憧れの対象として現実的な存在。そんな時代です。

今のようにベンチャービジネスで一山当てられる時代じゃないし、バブル景気なんて想像もできませんでしたから。

お金持ちは代々お金持ち。

ポルシェは銀座の一等地に土地を持っているような特権階級の人が乗る車だと思っていました。

映画『007』シリーズを見て「アストンマーティンはカッコいいな」と思っても、現実の世界で自分が乗っている姿を想像できない。それと同じです。

ただ、年を重ねるごとにナローの“切なさ”を理解できるようになりました。

どんどん幅が広がっていった930以降のモデルにはない、折れてしまいそうなか細さ。ナローは切ない色気を秘めていますよね。

ポルシェ911(Photo:柳田由人)
ポルシェ911(Photo:柳田由人)
▲日本の5ナンバーサイズに収まるボディ。リアウインドウにはミツワ自動車が手がけたクラシック・ポルシェである証しが▲日本の5ナンバーサイズに収まるボディ。リアウインドウにはミツワ自動車が手がけたクラシック・ポルシェである証しが

テリー伊藤なら、こう乗る!

当たり前のように重たいクラッチ。

僕の年になってから運転するのは大変です。

この車に乗るためには、身体を鍛えないとダメですね。今の僕にはとても無理(笑)。

この時代のポルシェにさっそうと乗っている老人をたまに見かけますが、はっきり言って侍ですよ!

ストイックに自分を鍛えている証しですから。

ポルシェ911(Photo:柳田由人)
▲このシートに座れるのは、限られた侍だけ。その生きざまにほれます!▲このシートに座れるのは、限られた侍だけ。その生きざまにほれます!

もし僕が侍になれたら……リアにキャリアをつけてゲレンデに向かいたいです。

僕らの時代、911でスキーに出かけるのはステータスでした。

今考えればぶっ飛んだドライブですが、当時はぶっ飛んだ人しかポルシェなんて乗れなかったのですから。その気分を味わってみたいです。

僕はちょっと気恥ずかしいので、ボディサイドに貼られた『PORSCHE』というデカールははがして乗ります。

ない方がスッキリしていい感じだと思うのですが。

また、リアには大きなスピーカーが付いていました。スピーカーに『CAR STEREO』と書かれていることからも、かなり古いものだと思います。

ある意味マニアにはたまらないものでしょう。

でも、僕ならこれも外します。

切ないほどにか細いナローポルシェだからこそ、少しでもゴテゴテしたものは排除して、とことんか細さを楽しんでみたいですね。

ポルシェ911(Photo:柳田由人)
▲1972年式911Tは、2341ccに拡大されたエンジンを搭載 ▲1972年式911Tは、2341ccに拡大されたエンジンを搭載

この時代の車は、単にお金を出して買うというものではありません。

自分の青春とオーバーラップさせるという付加価値にお金を出せるかどうかだと思います。

一方で、こういう車を成功した若者が手に入れることも大賛成です。

同じような思い入れはなくても、年配者が抱いた夢を若い人たちが受け継いで、車をキレイに保ちながら乗りついでくれるのは嬉しいことですから。

最近の車はどれも怒ったような顔つきになり、嫌悪感を抱いている人もいると聞きます。

そんな人たちが昔のゴルフやプジョーなどを選んでいる。

成功者の中にも、最新のスーパーカーよりナローポルシェを選ぶ人が出てくる。

そういう流れは理解できるし、嬉しく思いますね。

964と930には乗ったことがありますが、ナローは今まで乗ろうと思ったことはありません。

でも、この車を見て、もうひと世代前のところに行くのもいいなと思いました

あとは身体を鍛えて、侍になれるかどうかですね。

▲当時、ポルシェに乗っていたアバンギャルドなお金持ちをスキー場で見かけました。僕も同じことをやってみたいです ▲当時、ポルシェに乗っていたアバンギャルドなお金持ちをスキー場で見かけました。僕も同じことをやってみたいです

ポルシェ 911

ポルシェ 356の後継モデルとして1964年に登場した、ナローポルシェ。搭載エンジンは空冷の水平対向6気筒で、デビュー時の排気量は1991ccだった。取材車両は1972年式の911T。排気量が2341ccに拡大され、最高出力が130ps/5500rpmに引き上げられた。最大トルクは20.0kg-m/4000rpm。なお、1972年式の911はオイル給油口が右後輪の前に設置されている。ここに給油口があるのはこの年式だけ。

text/高橋満(BRIDGE MAN)
photo/柳田由人


■テリー伊藤(演出家)
1949年12月27日生まれ。東京都中央区築地出身。これまで数々のテレビ番組やCMの演出を手掛ける。現在『ビビット』(TBS系/毎週木曜のみ8:00~)、『サンデー・ジャポン』(TBS系/毎週日曜9:54~)に出演中。単行本『オレとテレビと片腕少女』(角川書店)が発売中。現在は多忙な仕事の合間に慶應義塾大学院で人間心理を学んでいる。