▲「僕から最も遠いところに位置するオロチ。でもこの車に対するミツオカの情熱には頭が下がるよ」とBoseさん ▲「僕から最も遠いところに位置するオロチ。でもこの車に対するミツオカの情熱には頭が下がるよ」とBoseさん

どこから見ても悪そう。こんなスーパーカー、他にないでしょう

1990年のデビュー以来、日本のヒップホップシーン最前線でフレッシュな名曲を作り続けているスチャダラパー。中古車マニアでもあるMC Boseが『カーセンサーnet』を見て触手が動いたDEEPでUNDERGROUNDな中古車を実際にお店まで見に行く不定期連載! 今回は異端の自動車メーカーが日本中を驚愕させたあのスーパーカーをチェック!

毎回、この企画を楽しみにしてくれている方ならおわかりだろうが、Boseさんの車の趣味は1980年代~90年代初頭の欧州コンパクトハッチバック。いわゆる“ホットハッチ”と呼ばれるスポーツモデルも嫌いではない。でも一番刺さるのはごくごく普通のグレードのMT車だったりする(だから愛車もゴルフIIのCLi)。

そんなBoseさんから「光岡自動車に行きたい。オロチが見たい」と言われたときは、耳を疑った。

「僕、これまでミツオカの車に触れたことがなくてさ。市販の国産車をベースにレトロなデザインの車を作っているくらいしか知識がない。でも最近、まわりでミツオカの車が気になるという人がいたりしてね。そんなときに思い出したの。ミツオカにはオロチっていうすごい車があったぞって。発表されたときにネットニュースで見てぶっ飛んだからね。すごいデザイン! って。しかもこれまでのクラシック路線とはまったく違う。そんな車を見ながらミツオカの車作りを勉強したいなと思って」

今回訪れたのは世田谷区にある光岡自動車 東京ショールーム。店頭にはオロチが飾られている。

「実車を見るのは初めてだけど、写真で見る以上に派手だなあ。そして悪そう」

▲オロチに憧れて光岡自動車に入社した菅谷さん。「だったら早くオロチを手に入れなきゃ! どんどん相場が上がっていっちゃうよ」(Boseさん)▲オロチに憧れて光岡自動車に入社した菅谷さん。「だったら早くオロチを手に入れなきゃ! どんどん相場が上がっていっちゃうよ」(Boseさん)

案内してくれたのは営業担当の菅谷篤さん。高校時代にBoseさんと同じようにネットニュースでオロチを見て衝撃を受け、オロチのそばで仕事がしたいと光岡自動車に入社したという。

「ミツオカの車はハンドメイド。製造工程に機械化された部分がほとんどありません。光岡自動車の工場は富山市内にあり、製造に関わる職人は50人ほどなんです。塗装も手作業ですし、次の工程に移るときも、職人が手で押して移動します。ご注文いただいてから納車まで、およそ1年お待ちいただかなければなりませんでした。そんなこともあり、世に送り出されたオロチは100台強でした。そのためオロチはとてもレアなモデルです。私は毎日オロチを眺めながら仕事をするのが夢ですが(笑)、こちらのショールームに並ぶのも珍しいことなんです」(菅谷さん)

オロチは2014年9月に生産終了。それとともに約600万円だった中古車相場も上昇に転じ、現在は900万~1000万円と、新車時価格とほぼ変わらない状態になっている。

▲トヨタ製のエンジンがリアに横置きされる横置きミッドシップレイアウト。エンジンがコンパクトなので、リアにはトランクスペースが▲トヨタ製のエンジンがリアに横置きされる横置きミッドシップレイアウト。エンジンがコンパクトなので、リアにはトランクスペースが

乗り込むまでスーパーカーなのに、エンジンをかけた途端に超普通

「ミツオカの車というとベース車両をクラシカルにカスタムしていくイメージだけれど、オロチはどうなんだろう。ベースモデルが何か、想像つかないよ」

Boseさんが不思議がるのも無理はない。エンジンはトヨタ、ブレーキはホンダ、内装には一部マツダやスズキの部品が使われるが、それ以外はミツオカオリジナルになる。ビュート(日産 マーチベース)やリューギ(トヨタ カローラアクシオベース)などとはスタートラインが異なるのだ。

▲リアのコンビライトも爬虫類感を前面に出したオリジナルデザイン▲リアのコンビライトも爬虫類感を前面に出したオリジナルデザイン

「ちょっと待ってよ。オロチの新車価格って1050万円(デビュー時)でしょう? ほとんどのパーツがオリジナルなのに100台ちょっとしか販売していないって……完全に赤字じゃん!」

実際にそうなんですよ、と菅谷さんは苦笑いする。それでも作り続けたのは、会長と社長の熱意に他ならないという。

スーパーカーといえば真っ先にフェラーリやランボルギーニが浮かぶが、ハイスペックすぎて乗りこなせるか不安に感じる人もいる。見た目はスーパーカーなのに普通の乗用車感覚で運転できるものを求めている人もいるはずだ。オロチのコンセプトは“ファッションスーパーカー”。見た目は派手で乗り味は普通だとうたっている。

会長は社員に「とことん悪者っぽい車を作れ!」と指示したという。そしてデザイナーは自分が思うスーパーカーの形を存分にデザインに落とし込んだ。「実はオロチのデザイナーはかなりロックな人なんです。そんな雰囲気がありませんか?」と菅谷さんは誇らしげに話す。

▲オロチのデザインで印象的なのがフロントライト。大蛇の目になっているのだ。ボンネットには蛇のうろこをモチーフにしたエアダクトが▲オロチのデザインで印象的なのがフロントライト。大蛇の目になっているのだ。ボンネットには蛇のうろこをモチーフにしたエアダクトが

「思い切りあるよ。変な言い方になっちゃうけれど、僕が好きな音楽やファッションに合致するところがひとつもない。逆にビジュアル系バンドとは親和性が抜群だよね。V系バンドのシグネチャーモデルがあったら人気出そうだもの」

2015年にはミツオカとエヴァンゲリオンがコラボした“エヴァンゲリオン オロチ”が限定1台で販売された。そして今年秋にはデビルマンとのコラボモデル“デビルマンオロチ”が限定1台で登場する。

▲オロチのロゴは蛇をモチーフにしている▲オロチのロゴは蛇をモチーフにしている

「その企画、わかるなあ。オロチってスーパーカーなのにアジアっぽいから、日本のアニメの世界観との親和性が抜群なんだよね。勝手な想像だけど、デザイナーも墨でスケッチを描いたような、そんなラインをしているでしょう。ビジュアル系だって日本発祥だし。あとはホストだよ。オロチほどシャンパンが似合う車はないでしょう。車にシャンパンという組み合わせがいいかは別として(笑)、共通するのは“夜”っぽさだね。それにしても最初のコンセプトモデルが登場したのが2001年で市販化が2007年でしょう? 普通、車って時間とともに良くも悪くも“枯れて”くるものだけど、オロチにはそれがまったくない。コンセプトにブレがなくて競合するものが存在しないからだろうね」

撮影しながら、「僕が横に立っても全然似合わない。どういうポーズをとればいいか分からないよ。世界でいちばん半ズボンが似合わない車だ(笑)」と戸惑うBoseさん。「せっかくだから乗ってみませんか?」と菅谷さんに促され、オロチに試乗させてもらうことに。10分ほどの試乗から帰ってきたBoseさんは興奮気味に話す。

▲緊張気味に助手席に座ったBoseさんだが、エンジンに火が入った途端「ふ、普通だ……!」と逆に驚く▲緊張気味に助手席に座ったBoseさんだが、エンジンに火が入った途端「ふ、普通だ……!」と逆に驚く

「見た目がスーパーカーだし運転するのは怖いなと思って助手席に乗せてもらったんだよね。肉厚なボディをまたいでシートに座ると地面が近い。まさにスーパーカーだよ。でも菅谷さんがエンジンをかけた瞬間……めちゃめちゃ普通なんだよ。ブオオオオン! という音もしない。静かすぎるの。それが逆に衝撃的。でも当たり前だよね。だってトヨタの普通のエンジンなんだから。こんなに目立つ外観だからみんな振り返るし写真を撮られたりするのに、乗り味があまりにも普通だからオロチだってことを忘れて『みんな、何で見てるの?』ってなる。で、車から降りたら『そうだ、オロチだった』って(笑)」

ビッグパワーのスポーツカーは乗り手にエクスタシーを感じさせるが、一方で性能を引き出すステージを選ぶ。すべての人が乗りこなせるわけでもないだろう。

オーナーにとっては迫力感あるサウンドでもまわりの人はうるさいと感じるかもしれない。だとしたら、乗り味は普通で見た目だけを楽しむ車があってもいいじゃないか。その発想にBoseさんも理解を示す。

▲ホイールセンターにも大蛇が。オロチのホイールが8本スポークなのは「ヤマタノオロチ」を表現しているそう▲ホイールセンターにも大蛇が。オロチのホイールが8本スポークなのは「ヤマタノオロチ」を表現しているそう

「オロチは僕とは違う世界の車。でもコンセプトや方向性は面白いね。インテリアにも鋲をモチーフにしたデザインを取り入れるとか、狙いがはっきりしているのだから、蛇革とかを使ってもよかったかも。今後相場の上昇は避けられそうもないし、欲しい人は無理してでも早めに買った方がいいだろうね」

text/高橋 満(BRIDGEMAN)
photo/篠原晃一