戻ってきた“ブーメラン”! ジウジアーロによるワンオフスーパーカー「ペラルタS」は伝説のコンセプトカーのストーリーをなぞらえる【スーパーカーにまつわる不思議を考える】
カテゴリー: トレンド
タグ: マセラティ / MC20 / EDGEが効いている / 越湖信一
2025/04/09

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きにとって興味深いエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格がスーパーなため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。今回はジウジアーロ・ファミリーによる、マセラティ ブーメランというストーリーをオマージュしたワンオフモデル、「ペラルタS」から始まる新たなストーリーを紹介する。
ジウジアーロによるワンオフのスーパーカー
先だってメキシコ、パステジェで開催されたラグジュアリーカーイベント、PASTEJE AUTOMOTIVE INVITATIONAL 2025に突如登場した1台の車に参加者たちの視線はくぎ付けとなった。その車はジウジアーロ・ファミリーによる久々のワンオフ・スーパーカー「ペラルタS」。50余年の歳月を経て戻ってきたマセラティ ブーメランそのものであったのだ。
幅広く低い、くさび型のシャープなスタイリングは“ウエッジシェイプ”と称され、1960年代終わりのカーデザイン界を席巻した。そのトレンドを代表するモデルこそが、1971年に登場したジョルジェット・ジウジアーロによるマセラティ ブーメランであった。

ジウジアーロ=イタルデザインが手がけた、アルファ ロメオ イグアナ、カイマーノに共通するウエッジシェイプと極端なタンブルフォームはとてつもなくインパクトがあった。それだけでなく市販車として実用に耐えるほどの優れたパッケージングを備えていたから、まさにジウジアーロ・マジックとも称された1台だ。当時はトリノショーで、こういった“ドリームカー”が毎年たくさん発表された。まさに、イタリアン・カロッツェリア全盛期であったのだ。
それから50年の月日が過ぎ去り、カロッツェリアは新興国が企画する実用車たちのスタイリング開発を支える裏方となってしまう。夢のあるワンオフカー(顧客の注文で1台だけが作られる注文生産車)は消滅してしまった現代、今回のペラルタSのようなジウジアーロのワンオフカーが登場したことは、何よりエキサイティングではないか。
もっとも、ジョルジェット率いるイタルデザイン(後にイタルデザイン・ジウジアーロ)はフォルクスワーゲン グループへと売却され、今では主としてグループ内のエンジニアリング開発を行う組織へと変貌してしまった。しかし、2015年にジョルジェット・ジウジアーロとその息子であるファブリツィオ・ジウジアーロによって新たなデザイン・コンサルタント会社GFGスタイル(GFG=Giorgetto Fabrizio Giugiaro)が設立され、精力的な活動を再開した。ジョルジェットとファブリツィオという息の合った親子のマネージメントで水面下のモノも含め、多くのプロジェクトが進んでいる。

MC20をベースモデルとした新たなストーリー
今回のペラルタSはメキシコのカーコレクター、カルロス・ペラルタとその息子たちからの依頼で、ファブリツィオが主として手がけた1台だ。いうまでもなく、そのテーマはブーメランへのオマージュ。スクエアでありながらも調和のとれたスタイリングは、張りのあるラインで構成されている。
ブーメランのウエッジシェイプシルエットは、歴史にその名を刻んだし、このモデルにインスパイアされたスポーツカーは数多い。「ペラルタSは典型的な1970年代のアティテュードを備えた、父へのオマージュたるモデルです。ブーメランのボリュームを現代的な要素で再解釈したのです」とファブリツィオ。

この美しいペラルタSのキーワードはワンモーション、ミラーリング、ビッグキャノピーである。ウエッジシェイプをまとったシームレスな1本のラインで構成されたシルエットはまさにブーメランのDNA。そして、まるで大きな一枚岩のようにポリッシュ仕上げのアルミニウムをむき出しにするという“ミラーリング”仕上げにより、グラスエリアを含むワンモーションシルエットがより強調されている。
また、ブーメランは通常の横開きドアをもっていたが、このペラルタSは巨大なドーム状のキャノピーを備える。つまり、キャビンへの出入りにおいてはフロントをヒンジとしてウインドウスクリーン一体のルーフ全体が大きく開く。そして、サイドウインドウはキャノピーの動きとは独立して、ガルウイング状に開閉することもできるというようになかなか凝った構造をもつ。まあ、狭いパーキングスペースでどうやってキャビンから出入りするのか? などというやぼな質問はなしにしよう。これはジウジアーロ・ファミリーによるアート作品でもあるのだから。

スイッチオフしている車体は何のギャップもなくツルンとしているが、エンジンをオンにしたなら、スポイラーが立ち上がり、エンジンの排熱を目的としたエアダクトが現れる。このムーブメントをして、ファブリツィオはこの車に2つの魂が宿っていると表現する。
しかし、このペラルタSは本気で走ることも可能なようだ。そう、そのプラットフォームはマセラティ MC20なのである。マセラティ ブーメランがマセラティ ボーラ・プロジェクトに対するプロポーザルの一つとして生まれたことを知るマニアも多いが、ペラルタSがMC20をベースとして誕生したというストーリーも、これまた夢があるハナシではないか。そんな意味を込めてファブリツィオは筆者へこう語ってくれた。「ブーメランはいつでも、元の場所に戻ってくるからね」。



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自動車ジャーナリスト
越湖信一
年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。