『フェラーリ』▲映画『フェラーリ』は7月5日(金)から全国ロードショー(配給:キノフィルムズ)

公開日は「12チリンドリ」ジャパンプレミアにもジャストタイミング

マイケル・マン監督による映画『フェラーリ』がついに日本公開となった。昨年末にイタリア全土、そして全米公開も始まっていた、まさに日本のカーエンスージアストにとっては待望の一本である。

ヨーロッパやアメリカでの公開からは遅れたものの、特にフェラーリの日本法人であるフェラーリ・ジャパンにとってはまさにジャストタイミングであったと思う。というのも先日、最後の自然吸気12気筒モデルである「12チリンドリ」のジャパンプレミアが行われたばかりだからだ。

ローンチのカンファレンスにおいてもエンツォ・フェラーリが、「12気筒こそがフェラーリのDNAである」と語ったインタビュー動画がこれでもかと流された。会場にいる者は今もエンツォが実在し、檄を飛ばしているような錯覚を覚えた。考えてもみてほしい。もはや四半世紀も前に亡くなった人物がニュープロダクツの発表会において大きな存在感を持ち、大きなセールスツールとなるような自動車ブランドが他にあるであろうか?「12チリンドリ」を語った主役は、まさにエンツォ・フェラーリであり、それをダメ押しするように映画「フェラーリ」が日本で公開されたというワケだ。
 

フェラーリ 12チリンドリ▲6月にジャパンプレミアが行われたフェラーリ 12チリンドリ。フロントミッドに6.5L V12自然吸気エンジンを搭載するフラッグシップモデルだ

エンツォが生涯を過ごした街、モデナにはそんな彼の残像が至る所に残っている。映画の中に出てくるエンツォが毎日髭を剃ってもらい、髪を整えた床屋は今もそのまま営業を続けているし、彼が毎日のように訪れては人生を語った親友、セルジオ・スカリエッティ率いるカロッツェリア・スカリエッティ(現在はフェラーリの一部門)は今もフェラーリのボディを作っている。これらはすべてこの映画『フェラーリ』にリアリティを持って描かれているのだ。

そう、エンツォは今もモデナの街のどこかで、怒ったり、笑ったり、そして涙を流したりしているかのような錯覚を、フェラーリというブランドに惹かれた私たちは感じている。そのぶれることなき彼の車作りへの信念に惚れ込んで私たちはフェラーリという名の付いた車に憧れる。

そんな現人神のようなエンツォであるから、彼をテーマにした映画企画はまさにグッドアイデアだ。それにモデナという街は映画の舞台となった1957年から恐ろしいほど変わっていない。この映画が撮影された2022年秋口のモデナはまさにその時代へとタイムスリップしていた。エンツォ本人の住まいがあったガリバルディ広場には、1957年当時の広告やバスの時刻表などが復元され、ローマ広場をはじめとする石畳の主要ストリートには劇中車が走り回っていた。

景観保護のため、建物の外観や看板などのリノベーションに厳しい制約があるイタリア当地だからこそ成立した映画とも言える。ほとんどが実際のモデナ市街で撮影されており、ポストプロでうまくCG処理されている。先ほど触れた劇中車だが、撮影のために街中を疾走していた車はM社のオープンモデルをベースにした”のっぺらぼう”だった。それがうまくCG処理されたのだ。
 

『フェラーリ』▲撮影のため、当時のポスターなどが貼られたモデナの街並み

劇中の名車たちだが、フィーチャーされている4台のフェラーリとマセラティはモデナの老舗カロッツェリアである「カロッツェリア・カンパーナ」において伝統的手法でボディ制作されている。

その中の1台、フェラーリ 335Sに関しては今年のコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステにおいてクラスウィナーを受賞したシャシーナンバー0674のいわばクローンだ。実車を綿密にスキャンしてデータ化したうえで、職人技が美しいシルエットを仕上げた。この作品においては、スクリーンに現れる車も大きな見どころであり、決してあなたを失望させることはないはずだ。
 

『フェラーリ』▲フェラーリ 335Sをはじめ、登場する1957年当時の名車たちにも注目してほしい
『フェラーリ』▲劇中に登場したフェラーリ 335Sは、こちらのシャシーナンバー0674をスキャンし職人技で仕立てた“クローン”となる

当作品は、ブロック・イェイツの著作「エンツォ・フェラーリ」を原作としたもので、エンツォのきわめてユニークなパーソナリティを多彩な取材から深掘りしている。筆者が何回も読み返したこの原作本は、エンツォを生涯にわたって描き、時にかなりアグレッシブに描写しているから、この映画を見た後に読まれることをぜひオススメしたい。原作の中から、1957年の夏に焦点を当ててトロイ・ケネディ・マーティンが脚本をしたため本映画は完成した。

この作品は決してエンツォの偉業を褒めたたえる薄っぺらな称賛映画でない。出演者たちの内面に深く切り込み、その人間模様を描いた作品だ。マイケル・マン監督は、フェラーリとエンツォというテーマに惚れ込み、長い年月をかけこの構想を映画化したと語っている。

1957年のフェラーリは、映画で描かれたミッレミリアにおける悲惨な大事故、経営不振、その前年にはエンツォが溺愛した子息アルフレッドが死去するなど、激動の時期であった。のみならずモータースポーツ史における大きな節目ともなった年でもある。そしてミッレミリアの悲劇から大排気量パワーウォーの潮流は大きく変わり、劇中で主役ともなったフェラーリ 335Sやマセラティ 450Sといったモンスターカーたちは表舞台を去ることになってしまった。

映画の中でエンツォがホテルのレセプションにてキーを受け取るシーンが見られるが、それは実在するホテルでの撮影であり、実は筆者がここ30年以上、寝床としているモデナの定宿だ。そして、そこは今もデ・トマソ ファミリーが所有しているということを知るなら、さらにこの映画は興味深くなる。モデナ市はロケに使用された場所を周遊できるマップも用意しているから、ぜひ訪れて(もしくはGoogle マップで)それを楽しむのも楽しい。ちなみにホンモノそのままに作られた劇中車は撮影後には破壊されたので、残念ながら見ることは叶わない。
 

『フェラーリ』▲エンツォ・フェラーリを演じたのはアメリカの俳優、アダム・ドライバー
文/越湖信一、写真/(C)2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.、フェラーリ・ジャパン、越湖信一