モントレー・カーウィーク▲ついにその姿をお披露目したフェラーリの新型モデル「プロサングエ」。フェラーリとして初の4ドア4シーターモデルとなる。フェラーリはSUVではなくあくまでもGTモデルとして発表している

世界には販売価格や台数から考えて、なぜビジネスが成立するのかが不思議な自動車メーカーが存在している。今回は発表前から大きな話題になっていた、フェラーリ初のSUVプロサングエ登場に見るフェラーリビジネス。フェラーリはSUVであっても独自のビジネスを貫き通すという……。その中身とは?
 

世界の自動車ファンが待ち望んだフェラーリ製のSUV

ついに、フェラーリ プロサングエがデビューした。

マラネッロ本社のチェントロ・スティーレ(デザインセンター)で、筆者はメディア向けローンチに立ち会った。V12エンジンをフロントミッドに置く、ロングノーズのスタイリングはとても完成度が高く、SUVとしてはかなり低い全高が印象的であった。そんな感想を呟いた筆者に「ランボルギーニ ウルスより50mmほど低いからね」とデザインディレクターのフラビオ・マンゾーニは笑顔で説明してくれた。ちなみに、フェラーリは決してこの少し背の高い4ドア4シーターをSUVとは呼ばない。そう、これは他ブランドとは決して比較されることのない、“フェラーリ”というジャンルの車であるからだ。

スーパーカーというカテゴリーでSUV(ここでは他に表現の仕方がないのでそう呼ばせていただく)という存在が認められるか否か、というのはなんとも難しい問題である。

そもそもスーパーカーとは非日常性の塊であり、誤解を恐れずに言えば「不便であればあるほどエラい」という不思議なカテゴリーであるからだ。だから、これまでフェラーリはかたくなに2ドアスポーツカーにこだわった。しかし、時代の流れとともに、この考え方も変わってきている。ドライビングプレジャーを第一義にアピールしつつも、その快適性をうたうことはスーパーカーとしても当たり前なことになってきたわけだ。つまり、フェラーリとして4ドアSUVをラインナップする機が熟したということなのだ。

プロサングエのプレゼンテーションでは、「多くの検討を重ねた結果、まごうことなきフェラーリであると自信を持って語れる1台が仕上がった」という理論武装されたメッセージが語られた。
 

モントレー・カーウィーク▲フェラーリの創始者として現在のフェラーリビジネスの礎を作ったエンツォ・フェラーリ。彼が生み出したスーパーカービジネスは今もしっかりと継承されている
モントレー・カーウィーク▲セールスの成功を約束されたモデルであっても、大量生産をしないのがフェラーリ。そのため限定生産ではないのに、生産予定の台数分はすでに完売状態にあるのだとか……

コンセプトモデルでは存在していたフェラーリの4ドアGT

さて、ここで“4ドアフェラーリ”に関するエピソードを少し語らせていただきたい。実はフェラーリは2+2の400系シャシーをベースとした4ドアのコンセプトモデルを1980年に発表している。ピニンファリーナが手がけた「フェラーリ ピニン」である。当初はエンツォ御大も乗り気だったとされ、ルカ・ディ・モンテゼーモロもフィアット側からこのプロジェクトを大いにサポートしたようであった。しかし、結果的に“エンツォ・フェラーリの”フェラーリは2ドアであるべし”という一声でプロジェクトは終了したと語られているのだ。

ところがこのストーリーに関しては諸説あり、筆者も当時の関係者からいろいろなコメントを聞いている。それら証言から、「ピニン」は商品化に向けてかなり真剣に検討が進められたようなのだが、4ドアラグジュアリーサルーンにふさわしい快適性や信頼性が達成できなかったため、商品化を断念したという説が有力ではないか、と私は考えている。

スポーツカーとサルーンは、商品としての判断基準が異なることは言うまでもない。いかに動力性能が良かったとしても、乗り心地が悪く、故障ばかりで動かなかったら存在意義がない。当時、ヨーロッパ車の信頼性は地に落ちており、それ故、日本車があれだけもてはやされるようになっていたという時代背景がある。だから、モンテゼーモロはフェラーリが満足いくクオリティのピニンを製造することは不可能と考え、最終的に商品化を断念したというのだ。ちなみに、後に彼がフェラーリのトップに就任すると、まず車両の信頼性、快適性を徹底して見直した。

フェラーリという会社は、エンツォ・フェラーリの一声という理由ですべての顧客を納得させることができた希有な会社だ。ピニンの商品化中止に関しても、きっと彼の言葉を借りてプロジェクトの幕引きをしたということであって、エンツォ御大は絶対に4ドアを認めないとは考えていなかったのではないだろうか。
 

モントレー・カーウィーク▲こちらが1980年に発表されたコンセプトモデルのピニン。大御所レオナルド・フィラバンティがデザインを指揮して作られたといわれている。もし発売されていれば、フェラーリ史は大きく変わっていたかもしれない

SUVであってもフェラーリのビジネスは変わらない

フェラーリのマーケティングトップのエンリコ・ガリエラは「新採用のアクティブサスペンションが満足のいく結果をみせたことで、プロサングエのプロジェクトにGOがでた」と語っている。フェラーリは2ドアであるべし、SUVは作らないという過去の宣言も、顧客を満足するクオリティを備え、競合モデルとの差別化さえ完璧にできていれば、受け入れられる。フェラーリというスーパーカーブランドの毀損には決してならないという自信が、今のフェラーリにはあるということなのだ。

プロサングエが、スポーツカーブランドのSUVとしてユニークで類を見ない点はなんであろうか?

それは、ブランド内における立ち位置の問題だと筆者は考える。どのラグジュアリーカーブランドも、SUVを既存のモデルとはまったく異なった新しいカテゴリーと捉えている。そして、このカテゴリーのモデルは何より数を売り、経営に寄与することを最大の目的とする。例えば、それはポルシェにおけるカイエンであり、ランボルギーニにおけるウルスである。

ところがフェラーリは、プロサングエの生産数は全モデルを含んだ年間生産台数の2割は超えないと宣言しているし、プロサングエはフェラーリの言うところのGTカテゴリーの1モデルと説明している。つまり限られた台数しか販売しないし、あくまでも既存のカテゴリーにおける追加モデルという控え目な存在としてのデビューである。SUVといえども、フェラーリブランドとしての希少性を保つという点はこだわり続けるという宣言である。これはランボルギーニがウルスのために製造棟を新設し、全年間生産台数の6割を占めるというビジネスプランとは対照的だ。

市場を緻密に観察し、最後を狙って市場に投入されるプロサングエだが、すでにとんでもない台数の事前オーダーが優良顧客から入っているという。今から、注文したところでそのデリバリーはいつになることやら……。
 

モントレー・カーウィーク▲プロサングエのデリバリーは2023年にスタートされる予定。日本でのデリバリー時期、正式な価格は未定だが、約5500万円(約39万ユーロ)になると予想される
モントレー・カーウィーク▲プロサングエの搭載エンジンが何になるかは諸説あったが、いきなりV12エンジン搭載モデルから販売されることになった。排気量は6.5Lで最高出力725psと発表されている
モントレー・カーウィーク▲GTモデルであることが強調されているだけに4名乗りの車内は豪華。独立したスポーツシートが4席用意される

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文/越湖信一、写真/越湖信一
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

新型コロナがまん延する前は、年間の大半をイタリアで過ごしていた自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。