カヴァルケード▲今年の6月11日~16日に開催されたカヴァルケードIcona。参加できるのはSP1、SP2を所有するわずか80名のオーナーのみ

世界には販売価格や台数から考えて、なぜビジネスが成立するのかが不思議な自動車メーカーが存在している。中でもスーパーカーブランドの頂点に位置するフェラーリのビジネスは際立って異色である。今回は最新イベントからその豪華なビジネスの中身に迫ってみたい。
 

「限られた人だけ」が参加を認められる特殊なイベント

イタリアはモデナの旧市街にあるローマ広場。ドゥカーレ宮殿やパバロッティ劇場がまわりを囲む歴史的名所である。その広場に面するカフェにて打ち合わせをしていると、何やらいい音が聞こえてくる。官能的なエグゾーストサウンドだ。すると、その音が近づいてくる。どうやらかなりの台数のようだ。そして、ついに現われたのがフェラーリ SP1、と思えば続いてSP2。その何十台もの連隊が広場を覆い始めた。なんと総数80台にものぼるという。

この連隊はフェラーリ・カヴァルケードIconaという。限定車シリーズであるIconaであるSP1/SP2のオーナーだけが6日間にわたり、マラネッロをはじめとするフェラーリの聖地をツアーするという、甚だラグジュアリーなイベントだ。世界各国から集まったオーナーたちが至れり尽くせりのツーリングを楽しむのだが、同時にフェラーリブランドの強力なプロモーションの場でもある。

スーパーカーをはじめとするラグジュアリーマーケットにおいて、直接的な宣伝は御法度だ。量販モデルであれば「決算大セール」などというのぼりをショールームに掲げて、顧客を呼び込むのも手かもしれない。しかし、フェラーリのようなブランドに、それは許されない。希少性を売りにする以上「他の顧客と同様に貴方にご案内」という、横並び形態はあり得ないのだ。あくまでも「貴方一人だけ」というスタンスでなければならない。
 

カヴァルケード▲今年のカヴァルケードIconaには20ヵ国から参加者が集まった。カヴァルケードとは「騎馬行進」を意味しており、参加者だけでなくパレードを見る人たちにも楽しんでもらうことを目的としている
カヴァルケード▲Iconaシリーズの第1弾、第2弾であるシングルシーターのモンツァSP1と2シーターのSP2。812スーパーファストをベースにした限定モデルで、生産台数はSP1とSP2を合わせて500台以下とアナウンスされている。もちろん完売済みだ

今も受け継がれている創始者のビジネス戦略

そもそも、顧客の方から自発的に売ってほしいと思わせるためのブランディングを行ったのは創始者であるエンツォ・フェラーリだった。「想定される顧客の数より、1台少なく作れ。そうすれば手に入れることのできなかった顧客は、次のモデルをさらに欲しがる」。そんな顧客心理を突いた戦略がベースにある。平等どころかお客同士は敵であり、敵を蹴落として手に入れろ、という何とも過激なマーケティングだ。

ハナシを戻そう。カヴァルケードIconaも、SP1/SP2の美しいスタイルやほれぼれするエグゾーストサウンドで、連隊を見守る人々へ大きなアピールをするのだ。そして参加しているオーナーの満足げな様子、フェラーリが用意する高レベルのホスピタリティをも見せつけてくれる。

「ああ、こんなフェラーリのオーナーになりたい」と思わせる仕掛けが満載なのである。そんなライフスタイルから攻め込むことができるフェラーリは、やはりキング・オブ・スーパーカーなのだと実感した。
 

カヴァルケード▲ミラノをスタート地点とするツアーは、モンツァサーキットや美しい風景が眺められるクレモナ、マッジョーレ湖などを経て、フィオラーノを目指す
カヴァルケード▲日本のフェラーリイベントとして有名なのが「フェラーリ・レーシング・デイズ」。サーキットを使い、F1マシンから歴代モデルのパレードランなど、フェラーリオーナーのための祭典として広く認知されている。今年は6月に鈴鹿サーキットにて、4年振りに開催された

今後も続々と用意されている周年記念イベント

そんな”宣伝してはいけない”スーパーカーにとって頼りになるツールがもう1つある。それはアニバーサリー・イヤーだ。車にまつわる記事を読んでいる人は「マセラティ ブーメラン生誕50周年」とか「フェラーリ 456GT生誕30周年」などといった記事を目にしたことがあるだろう。このような区切りのよい年数などをベースとした「口実」を設け、ブランドへの関心をさりげなくあおったり、そのレガシーが現行モデルに生きていることなどをアピールしたりすることで、顧客の関心を集めるのだ。

このアニバーサリー・イヤーの頂点にあるのが会社創立にまつわる年数だ。例えば、1963年設立のランボルギーニは来年が創立60周年となる。その記念イヤーに向けて準備は抜かりない。彼らは「コル・タウリ(Cor Tauri)」という未来に向けた戦略を打ち出しているが、2023年にはそのハイライトの1つとして初のハイブリッド、それも伝統のV12エンジンを搭載した次期アヴェンタドールを発表するはずだ。創立60周年というお祭りムードと相まって、次期アヴェンタドールというフラッグシップへの注目は否が応でも高まるであろう。

また、1914年創立のマセラティは再来年が110周年。フォルゴーレと称す電動化を掲げ、モデナのスーパーカー・メーカーではいち早くBEV化を宣言している。MC20のBEVモデルや次期クアトロポルテなどがこのアニバーサリー・イヤーに向けてスタンバイしている。

さて、フェラーリはといえば、1947年創立であり今年が創立75周年だ。5年周期という細かい刻みながら、売り上げ規模も前述したブランドの2倍以上ある、キング・オブ・スーパーカーの力の入れようは徹底している。冒頭にレポートしたカヴァルケードもその一環であり、世界各国でイベントが開催されている。6月にフェラーリ・レーシング・デイズ 2022が鈴鹿サーキットで行われたのも記憶に新しい。

ニューモデル「プロサングエ」という大型爆弾級モデルの発表も9月に控えている。”実用性”というキーワードから最も遠いところにあるべき夢の車がフェラーリだ。だから今までSUVはおろか、4ドアモデルさえラインナップしなかったというこだわりのメーカーとしては、この75周年という非日常の空間の中で初の4ドアモデルをアンベールするというのも一つの戦略であろう。
 

カヴァルケード▲フェラーリは今年が創立75年にあたる。今年の9月に発表するとされ、フェラーリファンならずとも注目を集めている初のSUV「プロサングエ」が、この記念すべき年を飾る1台となる予定だ

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文/越湖信一、写真/越湖信一
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

新型コロナがまん延する前は、年間の大半をイタリアで過ごしていた自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。