ボルボ

偶然見つけた車の絵

ある日、いつものようにInstagramを眺めていると、なんとも柔らかい雰囲気の車のイラストがタイムラインに現れた。女性誌などを中心に活動している、箕輪麻紀子さんというイラストレーターが描いた絵のようだ。

どうやら車だけを題材にした『ESCAPE』という作品集を出していて、2019年に全国で巡回展を行っていたらしい。

ガーリーなタッチの彼女のイラストと、「車」というテーマが意外な組み合わせに思えたので、話を聞いてみることにした。
 

箕輪麻紀子

イラストレーター

箕輪麻紀子

東京都出身、在住。武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科卒業。 イラストレーション青山塾修了。広告、書籍、雑誌などの分野で活動中。 車を題材にした作品集『ESCAPE』(ELVIS PRESS)を上梓し、2019年に全国で巡回展を行った。

高橋亮介

インタビュアー

高橋亮介

カーセンサー編集部員。カーセンサーの営業を経て編集部へやってきた。MT車を動かす機会はやんわりと回避しているゆとり世代。カセットを流しながら90年代前後のネオクラシックカーを乗り回したいと妄想たくましくしている今日この頃。

車種をまず決めて、その車のある風景をイメージする

高橋
高橋亮介

箕輪さんの作品の雰囲気と、車というのがどこか意外な組み合わせに思えたのですが、どうして車のイラストを描くことになったのでしょうか?

箕輪
箕輪麻紀子

そうですね。たしかに女性をモチーフとして大きく使った絵を広告で使ってもらう機会もありますし、わりと女性的なイラストというイメージを持ってくださっている方も多いと思います。

車だけで作品集を作ることになったのは、編集者の方がたまたま自分の描いた絵の中で、車が出てくる絵を気に入ってくれたことがきっかけです。それで車を軸にして作品集を作らないかと話を持ち掛けていただいて。もともと車には疎いので、そのときの絵はどんな車種かまで意識していなかったのですが……。

▲こちらが『ESCAPE』出版のきっかけを作ったイラスト。たしかに車種までは判然としない
高橋
高橋亮介

なるほど、編集者の方の提案だったんですね。では制作はどのように進めていったのでしょうか?

箕輪
箕輪麻紀子

まず、いろんな車の資料を編集者さんに頂いて、そこから車種を相談しながら決めていきました。それから、その車に合う風景を私が想像して描いていくという手順です。出てくる車はすべて車種名もクレジットしていますし、描きながら少し車にも詳しくなりましたね。

高橋
高橋亮介

車種を決めてから「その車がある風景」をイメージして描いていったのですね。それって自然にできちゃうものなんですか?

箕輪
箕輪麻紀子

そうですね、何となくイメージできちゃってましたね。

あとは映画の中のシーンもいくつかあるんです。ウォルター・サレス監督の『オン・ザ・ロード』、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』、それからベン・スティラー監督の『リアリティ・バイツ』のシーンを描いています。

高橋
高橋亮介

もしかしたら「車とそれに合う風景」が自然にイメージできちゃうのも、そういうデザインフルだった時代の車が登場する映画をよく見ていたことが、引き出しになっているのかもしれないですね?

なので自分のいいと思っている情景にはめ込んでもしっくりくる車種というのを、無意識に選定できちゃっている。

箕輪
箕輪麻紀子

言われてみれば……、そうかもしれません。たしかに昔の映画は好きで、もともとよく見ています。

意識してなかったけど、映画とか普段触れている作品から「車のある風景」というのを吸収していたのかもしれないですね。

▲映画『オン・ザ・ロード』のワンシーン
▲映画『ファントム・スレッド』のワンシーン

展示会で車への愛情と熱量を感じた

高橋
高橋亮介

出版後の巡回展では車好きの方も多かったですか?

箕輪
箕輪麻紀子

はい。というか、私は東京に住んでいるので新鮮だったのですが、名古屋でも広島でも、20代の人が普通にみんな車に乗ってるんですよね。会場にも車で来られるのが当たり前で。

高橋
高橋亮介

たしかに、東京以外では普通にみんな車移動ですよね

箕輪
箕輪麻紀子

そこで、来場いただいた方向けにイベントを企画したんです。愛車の写真を見せてもらって、その場で絵を描いて差し上げるというものなんですが、描いている間の30分ぐらい、みなさんその車についていろいろなエピソードを話してくれるんです。

高橋
高橋亮介

ほう! どんな話がありましたか?

箕輪
箕輪麻紀子

例えば、故障寸前だからと買い替えに行ったディーラーで、やっぱり手放したくなくなってしまい悩んでいたら、ディーラーの営業マンに「もう廃車まで乗りなさい」と言われて乗り続けてるとか。壊れたらもう部品がないからっていうことで、壊れないように大切に乗っている人の話とか。

そういうエピソードを聞くと感動しますね。やっぱり古いものを大切にするって素敵だなぁと思いました。

▲イベントでドローイングした絵の一部。もともとある車のフレームに人を描き入れるパターンも選べた
▲最初は単色の予定だったのが、来場者の熱量を受けてカラーを切り替えるようになったそう
高橋
高橋亮介

そんな交流も含めて、『ESCAPE』の展覧会を通して箕輪さんの中で車に対する認識って変わりましたか?

箕輪
箕輪麻紀子

なにより、どんな車にも「物語」が詰まっているんだなぁと思いました。それで、乗っている年月が長いほど物語もより深くなるのかもしれないなと。

一見、街を走っている車を見ていてもそんなこと分からないじゃないですか? 家族で乗ってたり、仕事で乗ってたり、自分で買ったわけじゃない人もいましたが、みんなそれぞれの車に対する思い入れがありました。

私が普段、車に乗らないので、そういうのが特に新鮮だったのかもしれませんが……。

高橋
高橋亮介

だけど、同じように毎日使っている機械でも、例えばスマホではそういう愛着のあるエピソードって聞かないですもんね。

箕輪
箕輪麻紀子

たしかに! なんでだろう……。車って不思議ですね。

ボルボ▲巡回展で回るご当地の景色と車の絵も描いていたそう。こちらは名古屋にある「ボンボン」とBMW 420i

今でも車を描き続けている

高橋
高橋亮介

箕輪さんにとって、車って描いていて楽しいものでしたか?

箕輪
箕輪麻紀子

2019年に巡回展をやって、いったん『ESCAPE』についてはひと区切りついたんですが、実は、車の絵は個人の依頼を受けて描き続けているんです。作品集の延長という感じで。

展示のときから「自分の車だったら良かったのに」という要望が多かったんです。あとは、引っ越したから記念に家と車を一緒に描いてほしいとか。

車って自分にとっては飽きる題材ではないので、依頼がある限りこれはずっと続けていこうと思っています。あんまりSNSとかで告知してこなかったんですが……。

高橋
高橋亮介

まさか続いていたとは……。自分の愛車を作品にしてもらえるなんて絶対うれしいですね!

箕輪
箕輪麻紀子

クライアントワークはもちろん大事なんですけど、誰か個人の「物語」のある車や風景は、これからも描き続けていきたいです。喜びもダイレクトに伝わってきますからね。

ボルボ

「愛車」という言葉

箕輪さんの話を聞いて、車への思い入れは、なにも車に詳しくない人にだって伝わるし、感動させてしまうのだということがうれしかった。考えてみれば、工業製品に「愛」を付けた「愛車」なんて単語があるのも、なんだか不思議なことだ。

そしてサスティナブルが叫ばれている今、古いものを慈しみ大事に使っていく感性は、ますます大切で尊いものになっていくのかもしれない。

ちなみに箕輪さん、取材の最後に乗りたい車を聞いたら「ハコスカ!」とのこと。意外すぎる……! そんな箕輪さんの描いたハコスカがこちら↓

※2020年5月時点の取材を記事化しています

文/高橋亮介(編集部)、イラスト/箕輪麻紀子