父親の車に憧れ、ついに手に入れた夢のメルセデス・ベンツ Sクラス W140
2023/05/09
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
子供ながらに感じた、メルセデス・ベンツの走りのすごさ
メルセデス・ベンツの最高級サルーンであるSクラスの3代目モデルとなるW140型。このモデルは「創始者であるゴットリープ・ダイムラーの『最善か無か』という信念が詰まった最後のSクラス」と評されることもある。
先代のW126からボディサイズを大幅に拡大。路上での存在感は圧倒的で、ルームミラー越しにこの車が近づいてくるのが見えてそそくさと道を譲ったとか、駐車場でW140の隣に入れなければならず、仕方なく間隔をかなり空けて止めたとか、50歳以上の方ならそんな経験を一度はしているだろう。
今回紹介する1994年式S320のオーナーである岡本裕也さんは37歳。W140が新車で販売されていた当時はまだ運転免許を取得できる年齢ではなかったが、幼少期の“ある体験”で、1980~90年代のメルセデス・ベンツに取りつかれたという。
「まだ僕が本当に小さい頃に父親がW201の190E 2.6スポーツラインを新車で買ったんです。休日にはその車でいろいろなところに連れて行ってくれました。190はとても乗り心地がよくて安定感もある。子供ながらに『ベンツってすごい!』という印象が鮮明に残りました。あとはスタイルですよね。メルセデス・ベンツはこの四角い形がカッコいいというのがインプットされました」
運転免許を取得後は数台の国産車やフォルクスワーゲンを乗り継いだ。そして父親が乗っていた憧れの190Eを手に入れる。その後はS210、S211と(岡本さん的には)比較的高年式のEクラスを乗り継ぐが、メルセデス・ベンツといえば四角い形という思いが心の中にあった。
2022年8月、岡本さんが友人の家に遊びに行ったときに、思いも寄らないことを言われた。
「親戚がW140を手放そうと考えている。よかったら、乗る?」
憧れの四角いメルセデス・ベンツ、しかも最高峰のSクラス。こんなチャンスは二度とないはずだ。買うためには乗っていたS211を売却した額に追い金が必要になるが、岡本さんは即決で購入を決めた。
「W126やW140のSクラスが好きで、Twitterで乗っている人と絡んだり、イベントなどに遊びに行ったりしていました。友人はそれを知っていたので僕に声をかけてくれたのでしょうね。好きであることを話していてよかったです(笑)」
憧れの車での夜活が、最高のストレス発散!
思わぬ形で憧れの1台を手に入れた岡本さん。実際にW140を手に入れて、どんなことを感じたのだろう。
「まず驚いたのは剛性感です。どんなときもブレることなくどっしりしているのはさすがですね。あとは現代の車のように電子制御がたくさん搭載されているわけではないのに、自分の思いどおりに動きやすいことに驚きました。内外装の質感の良さも魅力です。やっぱりこの時代のメルセデス・ベンツはすごい! あらためてそれを感じました」
全長は5mを軽く超え、全幅も1900mm近くある。数字だけ見ると扱うのが大変そうに感じるが、前輪が思い切り切れるので意外に小回りも利く。岡本さんは腰痛の癖があるのだが、W140だと腰痛が全然気にならず、どこまででも走っていけるような気になるという。
とはいえ、大切な愛車だから雑には扱いたくない。通勤ではスクーター、近所の買い物などでは軽トラに乗っているそうだ。W140を楽しむのはもっぱら夜。仕事が終わって自宅に戻った後に、W140で藤沢や横浜、千葉のラーメン屋、箱根などをぶらりとドライブしている。
「夜活はお気に入りの家系ラーメンに行ったりすることが多いです。あとは箱根の温泉まで走ってウナギを食べて帰ってきたりとか。とくに目的を決めずにぶらりとドライブすることも多いですね」
岡本さんにとってドライブとは、旅先で何かをするためのものではなく、大好きなW140を走らせることが目的。車を走らせること自体を楽しめるのも、この時代の車ならではの魅力だと感じているという。
「W140は対向車線の車のライトや道路の照明がボディを流れるのを視界に感じながら、高速道路の制限速度くらいでのんびりと走らせるのがいいんですよ。中でもボンネットのスリーポインテッドスターがキラキラと輝くのを見ながら走るのは最高に気持ちがいいです」
現在は安全性の観点から『歩行者などとの接触時に損害を与える恐れのある突起を有してはならない』とされ、メルセデス・ベンツもSクラスやマイバッハなど一部のモデルを除き、マスコットは付いていない(付いているものは接触時にマスコットが倒れる仕組みになっている)。岡本さんはこれまでスリーポインテッドスターのマスコットが付いているメルセデス・ベンツを選んできた。これもこだわりのひとつだ。
岡本さんの憧れの存在だったW140型Sクラス。一方で、30年も前の車ということもあり、正直いろいろな部分にヤレも出ていた。そこで今年の1月に、約100万円かけて車体や足回りをオーバーホールした。これにより車はまるで別物のようによみがえり、夜活で走る距離も延びたそうだ。
「オーバーホールしてから、路面から伝わってくる状況を的確につかめるようになりましたし、高速道路を走っているときや緩やかなカーブを曲がるときの安定感が格段に良くなりました。『ああ、これがこの車本来の実力なんだな』と感じています」
環境問題が取り沙汰されるようになってから、車も大排気量エンジンをダウンサイジングしたり、電動化の方向に進むのがスタンダードになっている。それを考えると、この時代の大排気量車は真逆の存在かもしれない。岡本さんのW140はS320で、Sクラスの中ではエンジンが小さい方だが、それでも3.2L直6という他モデルに比べたら大きなエンジンを搭載している。岡本さんにとって大きな車はどのような存在なのだろうか?
「一言で言うならロマンですよね。メルセデス・ベンツは世界で最初に自動車を作り上げたメーカーで、そこが『最善か無か』という哲学で作った最後のモデル。この車が生まれた90年代も環境問題は叫ばれていて、メルセデス・ベンツも時代にはあらがえなかったけれどもその中で最善を尽くした。そこに惹かれます」
この時代の高級車だからこそ味わえる優雅な乗り味。それを存分に堪能しながら夜活を楽しんでいるに違いない。本調子になったW140はそんな岡本さんの大切な時間をより豊かなものにしてくれるはずだ。
岡本裕也さんのマイカーレビュー
メルセデス・ベンツ Sクラス(W140)
●年間走行距離/1万km
●マイカーの好きなところ/幼少期に家にあったメルセデスと同年代、乗れば乗るほど心を通じ合わせられるところ
●マイカーの愛すべきダメなところ/ちょっと大きいので狭いところは気を使う
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/最善か無かという作り手の思いがこもった車を手にしたい人
自動車ライター
高橋満(BRIDGE MAN)
求人誌編集部、カーセンサー編集部を経てエディター/ライターとして1999年に独立。独立後は自動車の他、音楽、アウトドアなどをテーマに執筆。得意としているのは人物インタビュー。著名人から一般の方まで、心の中に深く潜り込んでその人自身も気づいていなかった本音を引き出すことを心がけている。愛車はフィアット500C by DIESEL